50 友情、芽生える
「はああッ!」
レーディが、刀身に込めたオーラを振り下ろすと共に解き放つ。
あの技は『裂空』。
オーラの塊を斬撃として飛ばすスラッシュ(斬)系の奥義。
しかしミスリルの翼を持つゼビアンテスは、空中にいながらも容易く遠距離攻撃を回避する。
「小さい飛爪なのだわ。ダリエルが撃ってきたものとは比べ物にならないのだわ」
余裕のゼビアンテスだが、やはり彼女は重要なことに気づいていない。
上空から篠突く雨のように降り注ぐ風刃を防ぎつつ、同時並行で『裂空』による反撃を試みた。
それは敵の猛攻を完全にシャットアウトしながらなおも別の行動ができる余裕ができたと言うことであり……。
……押し返し始めた、と言うことでもある。
「さらに『裂空』ッ!!」
ゼビアンテスが回避行動をとったことで風刃の雨が途切れた。
その隙を見逃すものかと、追撃を始めるレーディ。
「ひぃーッ!? ヤバいのだわーッ!?」
今度こそ危機を察知したゼビアンテス、さらに翼をはためかせて旋回。
オーラ斬撃を回避する。
そこへ……。
「『裂空』! 『裂空』『裂空』『裂空』『裂空』『裂空』『裂空』ッ!!」
「うひぃーーーーーーーーッ!?」
どうやら移動中からは風刃を出せないらしい。
このまま畳みかけんとレーディは猛烈な『裂空』連打を叩きつける。
「攻守が逆転した……!?」
凄まじい展開だった。
ゼビアンテスが翼から放つ風刃雨は、大抵の敵を押し流すことができるくらい猛烈だったはずだ。
レーディも一時は防戦一方だった。
それなのにレーディは、策を講じるわけでもなく純粋に押し返し、ついには自分が猛攻で押し潰さんとする側に回る。
「やっぱりおかしい……!?」
俺の隣で観戦するサトメのコメント。
「今の戦い方は、武器への負担が大きすぎます。防御用でもない剣で敵の飛び道具を捌き、攻勢に盛り返すなんて、どう見ても酷使しすぎている。普通なら途中で剣が折れます!」
盾使いで、パーティでは壁役を担うサトメだからこそ、その異常に納得できないんだろう。
冒険者が使うオーラには、ガード(守)というれっきとした防御専用のオーラ特性があり、それを使わずに魔族の魔法を防ぎ切ることはできない。
レーディは、剣にガード(守)のオーラを込めているのか?
それとも……!?
「秘密は、あの剣にあります」
というのは、鍛冶師サカイくんだった。
「あれも、キミが徹夜で作った新製品だったな?」
「そうです。ゼビ様の翼を作るのがいい刺激になりましてね。脳細胞が活性化してアイデアがザクザク湧いてくるんですよ!」
よくわからんがテンション高いことだけはわかった。
「あの新作剣も、アタノール炉で作った合金が使用されています」
「ほう?」
「名付けて、自己修復合金!!」
へー。
なんか凄そう。
「金属自体が元の形状を覚えて、破損したら自動的に修復するようにできている合金です! つまり刃毀れなんかも勝手に治っていくということです!」
「そうかッ!」
サトメが唸る。
「その自己修復能力で、あの剣は猛攻に耐えきったんですね! そして攻勢に転じられるまで支えてくれた!」
「戦いながら常に修復しているために、その強度は従来の十倍はあるものと期待されます! 元来は、ダリエル村長のヘルメス刀を作成する過程で生み出された副産物!」
そう。
「ヘルメス刀の素材となったヘルメス銀ほどの可変性はありませんが、戦いながら修復される剣の有用性は、計り知れません! 勇者様の専用武器に相応しい!」
魔族にまで魔導具作ってやってる鍛冶師の発言としてはなんだかなー。
「なるほど……、アナタもミスリルとサカイくんの恩恵を受けているわけね? 相手にとって不足はないのだわ」
ゼビアンテス。白銀に輝くミスリルの翼を大きく広げる。
「ならば、この翼の全性能を引き出して新魔法の実験台にしてやるのだわ! 『シンフォニック・レイザー』を受けてみるのだわ!」
「こっちこそ、アナタとの戦いを通じて『裂空』を超える『凄皇裂空』を修得してみせる!」
本気の乙女二人が、真正面からぶつかり合う。
◆
そして数時間ほど経過して……。
精も根も尽き果てたレーディとゼビアンテスが地面に転がっていた。
「も、もう無理……!」
「指一本動かす体力も残っていないのだわ……!」
戦いでオーラも魔力も使い果たして倒れ込んでいる。
互いの新兵器は、粉々になって全壊していた。
「うーん、ここまでバッキリ行くと自己修復は無理かー。やっぱり損壊にも許容範囲があるなー」
サカイくんが壊れた武器魔導具を検証している。
熱心なヤツだ。
「剣も翼もぶっ壊れちゃいましたけどいいんです?」
「いーのいーの試作品だから。検証して問題点を浮き彫りにするのが役目なんだからね!」
そのために超高級品のミスリルをふんだんに使ったと?
職人のすることは豪快だなあ。
村長としては一言言いたいところだが。
「ぐっふふふふふふ……!」
なんだこの不気味な笑い声は!?
と思ったらゼビアンテスが笑っていた。
疲労が極まって笑い声まで汚くなったか。
「いい勝負だったのだわ。あの槍使いさえいなければ楽勝だと思っていたのに、引き分けに持ち込まされるなんて……!」
「それはアナタが、新しい魔導具の性能をたしかめることに重点を置いていたから。最初から勝つことだけを狙ってたら、どうなっていたか……!」
「あれはまだ試作品……。わたくしの翼が完成した時こそ、アナタの最期なのだわ。覚えておくがいいのだわ……!」
「その時には私ももっと強くなっている。かんたんに負けやしません……!」
「ふふ……! いい張り合いなのだわ……! アナタに勝つためにもっと強くなれそうなのだわ……!」
「…………!」
ガッと。
二人は倒れたまま手を握り合った。
「なんか友情が芽生えとる……!?」
「本当になんとかなりましたね…!?」
俺とサトメちゃんが傍らで黄昏るのだった。
ホント見てる方だけが気苦労の多い一件だった。
「あらあら、もう終わってるー?」
なんか外から声がしてきた。
見るとマリーカが、息子グランをおぶさって来ているではないか。
「もうすぐお昼だから呼びに来たのよ。というか、お弁当を持ってきたから、ここで食べちゃいましょうか?」
と言って持参のバスケットを開ける。
中にはサンドイッチ等がてんこ盛りだった。
「わあ! 美味しそう!!」
「ちょうどお腹が減ってたところなのだわ! 食うのだわ! 食って体力を全快させるのだわ!!」
レーディとゼビアンテスのお騒がせ組が食欲によって再始動した。
「一体何だったんだ俺の気苦労は……!?」
「考えちゃダメですよ……!」
サトメと並んで一緒に黄昏た。
そしてサカイくんは、ついに徹夜明けのテンションが限界を迎えたのか、破損した作品を抱きかかえたまま寝落ちしていた。
あとは皆、痛ましい決闘場跡でシートを広げ、ピクニック気分で昼食を頬張るのだった。
何とも平和な時間だった。
…………。
これにて四天王ゼビアンテス襲来騒動は、事なきを得て円満終了。
……ということでいいのか!?






