48 サカイくん、やり遂げる
しまったーーーーーーーーーーーッ!?
喫緊の問題を忘れていた!
レーディとゼビアンテスが遭遇したら必ず戦いになる。
それを避けるために俺は今日一日右往左往していたんじゃないか!
思い出話に花を咲かせて、それで終了となるわけない。
「魔王軍四天王の一人『華風』のゼビアンテス。思えばアナタとは一度、刃を合わせました」
らしいですね……。
「あの時は撃退したのみで決着つきませんでしたが、こうして会った今こそ好機。アナタの息の根を止め、四天王の一角を崩します!」
「うふふふ、威勢のいい雌犬なのだわキャンキャン吠えるのだわ」
ゼビアンテスが、最近とみに忘れがちな強者の貫禄を漂わせる。
「お前こそ大事なことを忘れてるのだわ。前の戦いで後れを取ったのは、あの槍使いが目障りだったせい。その邪魔者も今は姿が見えないようだわ?」
そうだ!
勇者パーティの槍使いセッシャさんは、村ギルドのクエストを請け負ってお出かけ中、数日は帰ってこない!
「アイツさえいなければ勝つのはわたくしだと決まりきっているのだわ。それでもなお、みずから死を選ぶのだわ?」
「私は負けない。種族の希望が勇者の名に宿る限り! 我が挑戦を受けなさい風の四天王!」
「ふっ、ここでは嫌なのだわ!」
「なんですって?」
何その歯切れの悪い返事は?
「……だってママさんが、『ここで暴れたら殺すぞ?』みたいな目で見ているのだわ……!」
それはマリーカのことだった。
たしかに夕食の団欒をぶち壊すような狼藉は彼女の逆鱗に触れる。
「……そ、そうですね。場所と時間を変えた方がいいでしょう」
レーディもビビッていた。
「では翌朝に、周辺に迷惑のかからない村外れの平原で戦いましょう。正々堂々示し合わせて」
「えー? またあそこで戦うのだわ?」
ゼビアンテスにとっては、俺に惨敗を喫した戦いの舞台もあの場所だった。
「ま、いいのだわ、不快な思い出を塗り替えるにはちょうどいい勝利となりそうだわ」
あれよという間に全部決まった。
勇者と四天王による堂々たる決闘!?
「そうと決まったら……!」
「今日は早く寝る!」
くっちゃべりながら二人ともごはんはしっかり食べていた。
パンくず一つ残さず綺麗に食べて、夕飯終了。
「寝る前にはお風呂に入らなければ! そうでなければぐっすりと寝られない!」
「それはこっちのセリフなのだわ! お風呂にはわたくしが先に入るのだわ!」
「先にお風呂に入った方が充分な睡眠時間を確保できて、優位に立てる! 戦いは既に始まってると言うことですね!」
「負けないのだわー!!」
レーディとゼビアンテスは、互いを押しのけながら外へ出ていった。
村備え付けの共有浴場へ行くつもりなのだろう。
「自分の食った皿ぐらい片付けて行けよ……」
二人の分の皿は、マリーカが仕方ないとばかりに重ねて洗い場へと持っていく。
「マリーカも、どうせ止めてくれるならもっと強く止めてくれればいいのに」
ここでの戦闘開始だけじゃなく、戦闘自体を。
「無理ですよ。あの子たち二人とも本当はとても偉いんでしょう? 本気になったらアタシのような田舎人妻が止められるわけありませんって」
そうかもだが……!
「それにね、こういうのは案外力いっぱいぶつかり合った方が丸く収まるものなのよ」
「そういうもの?」
「アナタだって、どちらの敵にもなりたくないから仲良くしてほしいんでしょう? なら、ひとまずやりたいようにやらせてごらんなさい。アナタが傍で見てたら万一のこともないでしょうし」
マリーカは母親になって益々貫禄がついてきたんじゃない?
すべてを見通すような物言いに、俺は何も言い加えることができないのだった。
そして、ちょっと時間が経って……。
「「いいお風呂でしたー!!」」
レーディとゼビアンテスが、湯気をホカホカあげながら戻ってきた。
「ねーダリエル聞いて聞いて! この勇者、右のおっぱいにほくろがあったのだわ!!」
「なんでいちいち報告するんです!? アナタだってお尻に変な形のアザあるくせに!!」
もしかして一緒にお風呂に入ったの!?
あともう一つ重大なことに気づいた。
ゼビアンテス。
お前もウチに泊まる気か!?
◆
翌朝。
本当に二人は戦うことになった。
俺ん家でガツガツ朝食を掻き込んだ末、万全のコンディションで向かい合う。
「ここで四天王の一角を突き崩す!」
「勇者の首を持ち帰って、ドロイエたちに見せびらかしてやるのだわ!」
俺は傍らでオロオロするばかり。
「戦うの? 本当に戦うのおおお……!?」
「シャキッとしてくださいよダリエルさん、いい大人なんですから」
同じく傍らで観戦するサトメは冷静だった。
「キミは一緒に戦わないの? 勇者パーティなのに?」
「もちろんワタシだって勇者様の手助けをしようとしましたがダメでした。これは正当に定めた決闘なので、一対一が望ましいって」
レーディらしい生真面目な対応だなあ。
「では仕合うとしましょう」
「待ちなさい、ちょっと待つのだわ」
今にも火蓋を切りたくてウズウズしているレーディを、ゼビアンテスが押しとどめる。
「何です? 今さら怖気づいたんですか?」
「この戦いを彩る必要不可欠な衣装が到着していないのだわ」
ん?
わけのわからん主張に皆で首をかしげていると、何処からか足音が聞こえてくる。
バタバタと忙しない走り音。
「おーーーーい! おーーーーい!」
「サカイくん?」
鍛冶師のキミが何故ここに?
サカイくんは、ここまで全力疾走してきたらしく到着と同時に片膝をついた。
「よかった……! 間に合った……! せっかくの試用運転の機会を逃したとなったら、鍛冶師サカイ一生の不覚……!」
「?」
「出来ましたよゼビ様! アナタの構想を取り込んで形にした! 魔導具の試作品が!!」
サカイくんは、何かしら大きな行李を背負っていた。
何かを入れて運んで来たのか?
行李を下ろし、蓋を開け、出てきた中身は……!
「これだわ! これぞわたくしが構想した超絶華美なる魔導具なのだわ! サカイくん! よくぞ形にしてみせたのだわ!!」
「あざっす!」
作ったの!?
ゼビアンテスが、それこそラクス村へ侵入してきた目的であるミスリル製魔導具を!?
「話がスタートしたのつい昨日じゃない!?」
「だから試作品ですよ? かなり粗削りに作っちゃいました!」
だからって。
たった一昼夜のうちに。
「だってゼビ様の構想があまりに面白かったんで! 創作意欲を掻きたてられたから夢中で! もー夢中で作っちゃいましたよ!! ウォンチュウ!!」
ああ。
わかったこのテンションの高さ。
徹夜明けのテンションだ。
一晩中作業してやがったなコイツ!?
「サカイくん、アナタのモチベーションを褒めてあげるのだわ。では早速……」
ゼビアンテスは受け取った魔導具を装着していく。
カチャカチャ言わせながら……。
……え!?
魔導具着けるのに服脱がないといけないの!?
「ダリエルさん見ちゃダメです!」
「あがががががッ!? 目が、目がああああッ!?」
サトメの手で目を覆われるが力いっぱい塞ぐので潰されるかと思った。
そして魔導具を装着完了して「もう見ていいよ」となったゼビアンテスには……。
翼があった。
鳥のような、大きく広がる翼が背中から伸びていた。
「えええーッ!?」
何の魔法かと目を疑ったが、すぐに気づいた。
翼が白銀に輝いていることから、あれはミスリル製であることに。
ミスリルの翼。
それがゼビアンテスが発注し、サカイくんの職人気質を大いに燃え上がらせた最新魔導具のアイデアなのか!?






