41 四天王ドロイエ、一年を過ごした(四天王side)
魔王軍四天王の一人、『沃地』のドロイエ。
今となっては当代四天王最後の希望として注目が集まっている。
当代四天王は、先代四天王に比べれば弱くて頼りにならない、というのがもはや公式見解となっている。
育ちがいいだけのお坊ちゃまお嬢さまの集まりで、実戦ではとても役に立たないと。
その中で唯一ものの役に立つのがドロイエだとされていた。
彼女は、重要拠点ラスパーダ要塞に篭り、堅実に勇者を迎え撃った。
驕ることなく浮足立つことなく。
相性のよさも幸いし、要塞攻略に挑む勇者から防衛を果たすこと数回。
今のところ要塞は、魔族の所有権から動く様子はない。
当代四天王の面目は、今やドロイエ一人に支えられていると言ってよかった。
他はお飾りの役立たずだと。
そんなドロイエでも、いや彼女だからこそ不安を抱かずにはいられない。
◆
「攻勢がない……」
城壁の上に立って、ドロイエは遠い先を見渡さんとした。
しかしそれで地の果てまで見通せるわけではない。
遠くに広がる人間領のどこかで、今も要塞攻略の策を練っているだろう勇者が何をしているか。
見つけ出せるわけがなかった。
幾度となく要塞に攻め寄せてくる勇者が、ある日を境にぱったりと現れなくなった。
攻略を諦めたのか。
そう理解して勝利に浮かれることもできるだろうが、あいにくとドロイエは、そんな気楽な思考回路を持っていない。
むしろ一層警戒を強めた。
「勇者たちの攻勢がやむ時は、必ず何かしらの準備をしている時。再び現れるとさらに手強くなっている……!?」
不安で堪らなかった。
守るということは動かないことであり、それはつまり受け身に回るしかないということでもあった。
こちらには要塞がある分、守っている限り圧倒的優位が保証される。
しかし、こちらから行動しなければ先手は常に敵が打つ。
敵が、守城側の絶対防御を崩すほどの秘策を準備しているとも限らないのだ。
「時には、こちらから要塞を出て奇襲をかけてみるか……?」
と思わないでもないドロイエであった。
しかしそう思わせることこそ敵の策であったとしたら?
ドロイエを要塞外に誘い出し、待ち伏せして討つ。
それを目的としての静けさなら、うかうか行動するわけにはいかない。
ドロイエにはそれが歯痒かった。
「ここで有能な補佐がいたら、代わりに偵察に出して敵の内情を探ることだってできるのに……!?」
それができないことがひたすら歯痒かった。
ドロイエは魔王軍の頂点に立つ四天王だというのに、動かせる手駒が少ない。
これで本当に要塞を守りきれるのか。
人間側にとっては橋頭保となる重要拠点を。
ドロイエは日々の不安で、豊かな胸が縮んでいくかのようだった。
「まーた不安がっているのかい?」
そんなドロイエの背に、不躾な嫌味声が投げつけられた。
「今や四天王筆頭の呼び声高いキミが、悲観癖はどうにかならないもんかなあ? そんなに陰気じゃ部下もついてこないよ?」
「私が明るく振る舞えば指示を聞いてくれるのか? だったらいくらでもおのぼりさんになってやる」
幾分の怒りを込めて振り返ると、そこに立っていたのは、いかにも粘着質な笑顔を浮かべた醜男だった。
当代四天王の一人『濁水』のベゼリア。
ドロイエにとっては同格だが、共に戦いたいとは思えない嫌味男だった。
「しかしお前たちは勝手ばかりではないか。私がどう頼み込んでも、少しも要塞防衛のために動いてくれない。苦労は全部私一人に押し付けだ」
「ええ~? そんなことはないだろう? 少なくとも私は一緒に戦ってあげてるじゃないか?」
そうなのだった。
ベゼリアは唯一、ドロイエに共闘してくれる四天王だった。
既に無能であることが知れ渡っている当代四天王。
そんな中で魔王軍では早くも四天王交代論が持ち上がってきている。
このままいけば早晩今の四天王は引きずり降ろされ、新しい人材に入れ替わる。
そうした空気を敏感に察して動いたのはベゼリアだけだった。
今のところ活躍を見せ、当代四天王で唯一残留確定だろうとされているドロイエに加勢して要塞を守っている。
ドロイエとしてはこの嫌味な男を好きにはなれないが、しかし共闘者としては頼もしかった。
水魔法使いのベゼリアがもっとも得意とする『粘縛結界』は、一定範囲の空気を水のような粘度に変え、敵の素早さを減殺する。
これは質量が大きいものほど効果が高く、重量を武器にするハンマー使いに覿面の効き目があった。
魔法とオーラの相性関係において、土魔法に強いのはヒット(打)のオーラ。
つまりドロイエの苦手とするものをベゼリアが封じてくれるおかげで、勇者との戦いを有利にできていた。
「……お前がいるおかげで、勇者も生半可なハンマー使いをパーティに入れることができなくなった。その点は感謝している」
「ハイハイ、素直なのはとってもいいことだよ? いつも素直ならキミも多少は可愛いのに?」
「多少!?」
こういうところがベゼリアの嫌われるべきところだった。
とどのつまり要衝、ラスパーダ要塞は土と水の四天王共同戦線で支えられていた。
「おかげで私の評価もだんだん改まってきて、マジで四天王解体とかになっても残留組に滑り込めそうだよ?」
「そうか、よかったな」
「問題は、他の二人かなあ?」
そのことを思い出すだけで、ドロイエは胸が痩せ細りそうだった。
四天王のうちできっちり戦っている二人。それ以外の戦っていない二人のことだ。
「アイツらはどうしている?」
「バシュバーザは自室に閉じこもっているよ? あれじゃあまだまだ出てきそうにないかな?」
四天王のリーダーを自称していた『絢火』のバシュバーザ。
その無能認定が明らかになったのは昨年のミスリル鉱山喪失の一件からである。
魔王軍にとっての最重要施設を失った。
しかも敵の策謀によってでなく自分自身のミスによって。
それがバシュバーザの評価を確定的なものにした。
『二代目はボンクラである』と。
「そうした視線が耐えられないのかねえ引きこもっちゃったのは? 才能がない上にメンタルも弱いとあっちゃ、どうしようもないかな?」
「ゼビアンテスの方は?」
「知らないよ? あちこち遊び歩いてる?」
四天王で風属性を担当するゼビアンテスは奔放なお嬢様だった。
そもそも四天王に抜擢されたのも強大な風魔法を見込まれたからで、みずから望んで伸し上がったわけではない。
「四天王をクビになったらただの上級魔族に戻り、富豪と結婚して一生安穏と暮らせばいいとでも考えてるんじゃない? 彼女にとって四天王を下ろされても痛くも痒くもないかな?」
ベゼリアは推測するが、ドロイエは堪ったものではないと思った。
四天王の座に執着がないとしても、せめて実際四天王でいる間はその責務を果たすべきではないか。
それが責任ある立場に身を置く者の振る舞いではないか。
「四天王はもはやガタガタだ」
オブラートに包むことなくドロイエは言った。
「我々が責任とって地位を追われるだけならば別にいい。だが、その間隙をついて勇者が魔王様の下に到達する。それだけはあってはならない」
「じゃあ、どうするんだい?」
「方法は一つしかない。ダリエルに戻ってきてもらうしか」
四天王補佐ダリエル。
かつて四天王が寄ってたかってクビにした逸材の価値が、実戦経験を重ねるごとに痛感される。
「我々は間違っていた。ダリエルこそ魔王軍に必要不可欠な人材だった……!」
「あの無能が? 弱気になりすぎじゃないキミ?」
「そんなことはない! たしかに彼は魔法が使えなかったが、それを補って余りある多くの能力を持っていた!」
実際に戦ってみて、初めて必要とわかる地味だが有用な諸能力を。
「偵察、分析、補給、作戦立案。それらを一手に賄っていたのはダリエルだった。先代四天王の頃から。魔王軍はヤツなしでは回らない状態だったのだ!」
「それは大袈裟すぎじゃない? 今もほら、キミが陣頭に立ってちゃんと勇者を防げてるわけだし……?」
「この要塞の重要性を教えてくれたのはダリエルだ」
「……マジで?」
ダリエルがまだ四天王補佐として魔王軍にあった頃。
ラスパーダ要塞がいかに重要な拠点であるか、口を酸っぱくして説明していた。
人間族にとっては橋頭保。魔族にとっては最終防壁。
勇者が魔族領奥深くへ攻め込むには必ずラスパーダ要塞を手に入れておかねばならず、魔族側が守るのにここまで都合のいい要衝はない、と。
当代四天王のほとんどはその助言を聞き流したが、ドロイエだけがまともに聞いていた。
それが今彼女の命運を崖っぷちで繋ぎ止めている。
「……あの時のダリエルのアドバイスを覚えていたから、私は勇者の進軍を留め置けている。そうでなかったら、どこで勇者を迎え撃っていいかわからなかった」
しかしドロイエにできるのはそれまでだった。
ダリエルに示されたラスパーダ要塞を死守するだけ。
それだけでは勇者を撃退することはできず、ずっと現状維持するだけだ。
「これ以上の成果を得るにはやはりダリエルがいなければ。勇者を完全粉砕する指針を彼に示してもらわなければ!!」
そのためにドロイエは、随分前からダリエルの行方を捜していたが見つからない。
魔王軍から追放されたダリエルは完全に消息を絶っていた。
元から人探しの伝手などない上に、勇者対策に力を注がねばならないドロイエの探索は少しも捗らない。
「ああもうッ! ベゼリア! お前の方で何とかならないのか!? ダリエルを見つけ出す人員を割けないのか!?」
「私がそんな気の利いたことすると思う?」
「そうだったな!! ああああああああッ!!」
苦労の絶えない四天王ドロイエだった。
◆
無論彼女は知る由もない。
その問題のダリエルが、直々に勇者に修行をつけてやっていることも。
そのために勇者もしばらくは要塞攻略に舞い戻ってくることもない。
ドロイエは、その諜報能力の欠如ゆえにしばらく誰も攻めてこない要塞を守り続けなければならなかった。






