40 ダリエル、勇者を鍛えることにした
結局ノルティヤは全身やけどのまま戦意喪失し、動かなくなった。
村の者に頼んで最低限の手当てをしたあと、ミスリル武器を運ぶ荷駄に乗せてセンターギルドへ送りつけることにする。
「ダリエルさん、アナタは一体何者なのです……!?」
ずっと観戦に徹していた勇者レーディが尋ねる。
「今の技は、先代勇者アランツィル様のオリジナル奥義。しかもそれを使えるだけでなくアランツィル様について多くのことを知っている様子。アナタは本当に一体……!?」
「ノルティヤだけじゃない」
俺は厳しい視線を勇者レーディに送った。
「キミも弱い、先代勇者に比べれば遥かに、そんな戦力で魔王様に挑もうなど片腹痛い」
「え? 魔王、様……!?」
「キミの問題は、武器とか仲間とかいう以前にキミ自身が弱いことだ」
俺は決めた。
決意した。
「キミを鍛える」
「ええッ!?」
「最低限、四天王と互角に戦えるぐらい強くなってもらわなければギルドの横やりはなくならんだろうしウチにも迷惑がかかるかもしれない」
仲間も武器も二の次だ。
「ここで、キミ自身が、みっちりと強くなれ!」
◆
こうして勇者レーディ修行編がラクス村で始まった。
意外にもレーディは、素直に従って日々のトレーニングに従事する。
修行すると、それだけ魔王討伐が遅れてそれはそれで問題になるのではないか? という意見も出てきそうだが。
先代勇者だって結局引退するまで三十年間ダラダラと攻防を繰り広げてきたのだ。
当代が一年二年修行に費やしたところで文句は言わせない。
物言いの使者ノルティヤをボコボコにしたことでセンターギルドも大人しくなり、余計なことも言ってこないだろう。
こうしてラクス村にまた一人、変な住人が増えた。
「……はッ!」
実際の修行の最中、勇者レーディは練習用の鉄剣を振り下ろす。
すると斬撃の軌道から生み出されたオーラの塊が、飛刃となって駆けていく。
「今のは『凄皇裂空』じゃないか」
驚いたな、彼女も使えるのか。
そりゃそうだな現役勇者だもん。
俺も、「誰にも使えない技が使える!」とか自慢しない方がいいな。
「……いえ、今のは『凄皇裂空』ではありません」
「え?」
いやでも、ちゃんとオーラの刃が飛んで行ったよ?
「今のはただの『裂空』です。オーラの刃を飛ばす技は、高難易度ながらも多くの冒険者が修得しています。その中でただ一人、桁違いの規模と威力の『裂空』を放つ者が、先代勇者であったアランツィル様なのです」
……。
……へえ。
「元の数倍。もはやただの『裂空』とは呼び難いその技を、畏敬込めて『凄皇裂空』と呼びます。アランツィル様の放つ『裂空』だけが『凄皇裂空』なのです」
「そうなんだ……!?」
「ダリエルさん。アナタは本当に不思議な方です。ただの『裂空』を知らずに『凄皇裂空』だけを知っている。そしてアナタの放つ『裂空』もまた『凄皇裂空』と呼ばれるに相応しい規模と威力を持っている……!」
迂闊なことをしたかな?
元魔王軍に所属し、敵としてしか人間族の冒険者のことを知らなかった俺である。
冒険者の使う技にそんな細かい呼びわけがあるなんて知らんよ……!
「私は勇者なのに、先代の『凄皇裂空』をマスターできません。注ぎ込むオーラ量が少なすぎる。先代の切り札を扱えない後継者など、情けなさすぎて……!」
「え? 切り札!?」
「何か?」
「ああ、いや……!」
『切り札』という呼び方に若干違和感が……。
切り札って言うと、最後の最後まで使わないもののように聞こえるから。ここぞという時に使ってこその切り札。
でも、俺が戦場で見た先代勇者アランツィルは、戦いが始まると即『凄皇裂空』を使ってきたぞ。
そしてジャブのように連発する。
対抗する四天王グランバーザ様も、押し返すために超上級の火炎魔法を乱発するので、彼らが戦うと最低限地形が変わったものだ。
「ただ『凄皇裂空』を修得するだけでなく、それを十二分に活用する強さがいる、というわけですね……! 道は遠い……!」
俺の表情を読み取ったのか、レーディは何かしら聞かされるわけでもなく一人で納得するのだった。
「それにしてもダリエルさんは、本当に凄い方です。先代しか扱えないはずの『凄皇裂空』を完全に自分のものにしている。強さだけでなく見識もある……」
レーディはそこまで言うと、暗い表情でうつむく。
「……まるでアナタの方が勇者に相応しいというぐらいに……」
「?」
うつむく言葉は小声すぎて、俺の耳には入らなかった。
しかしレーディはすぐさま顔を上げてハッキリ言った。
「……でも、だからこそアナタの下で修業することに意義がある! アナタの教えを受けてからメキメキ力が上がっている実感が持てます……!」
「そう……!?」
「たしかにアナタの言う通り、私は弱い。アナタと出会って、そのことを痛感しました。だからこそアナタの下で鍛え、強くなって見せる。先代勇者様やアナタのいる領域に迫ってみせる……!」
俺と先代勇者を一緒くたにするのもどうかと思うんだけども?
「どうか、よろしくお願いします!」
「うん、ああ……」
勇者に力を与えるのは、元魔王軍の仁義としてどうなの? と思うところがないではないが……。
ま、大丈夫だろう。
むしろ敵方に骨がなければ、後々語り継がれる武勇伝も味気ないものになってしまう。
勇者が強くなって互角の戦いを演じられる方が、当代四天王の皆さんもやり甲斐ができて嬉しいはず。
はず。
「やはり不思議です。これほどの力を持った方が、何故地方に埋もれているのか……」
レーディの鋭い視線がギュンギュン俺に突き刺さってくる。
「……やはり私は諦めきれません。アナタが私たちの仲間になってくれることを」
「またその話かー」
俺にとっては、この村と家族こそが一番大事だ。世界は他の誰かに任せたい。
「今は無理だとわかっています。でも、ここで修業し、私がアナタを超える強さを手に入れた時、改めてお願いします。勇者と共に魔王討伐の旅に加わってくださいと……!」
「時間が経っても答えは変わらないけどねー」
「いいえ! 勇者の最後の仲間に相応しいのはアナタ以外にいません! アナタの下で修業して、強くなった私を必ず認めさせてみせます!!」
認めたら仲間になるというロジックはないんだがな……。
よくわからんうちに勇者娘に気に入られてしまった俺。
妻子ある身じゃなかったらヤバかったなあと思うのだった。






