39 ダリエル、勇者の技を使う
「殺す！ お前は殺す!!」
ノルティヤが鞘から剣を抜き放つ。
「オレ様は勇者だ……！ 本当に勇者に選ばれるべき男がオレ様だったんだ！ レーディが選ばれたのは間違いだ！ 何かの偶然で起こった間違いだ！」
「だから？」
「今回オレ様が勇者の仲間に抜擢されたのは、間違いを修正するためだ！ 正式な勇者などどうでもいい！ オレ様が加わったパーティが魔王を倒せば、オレ様こそが英雄だ！ 真の功績が誰のものかは明らかだ!!」
「お前ごときに魔王様が倒せるか」
断言した。
「今の勇者パーティでは魔王様どころか、その前に立ちはだかる四天王も倒せない。レーディたちだけなら三割程度の可能性はあるが、お前が加わればゼロまで下がるだろう」
「バカにしてるのかオレ様を……!?」
「事実を述べただけだ。前の職場でも事実をハッキリ伝えすぎるというんで嫌われたがな」
「うるせえッ!?」
ノルティヤは、手にした剣を滅茶苦茶に振り回す。
もう動揺しているのか。精神の未成熟なヤツだ。
「田舎の三流冒険者風情が、英雄となるオレ様を侮辱して許されると思うな！ 殺してやる！ いや楽には殺さねえ！ 両手両足を斬り落として動けなくしたあと、目の前でお前の家族を一人ずつ殺してやる!!」
「ノルティヤ！ そんな非道が許されるわけが……！」
レーディが勇者としての使命感だろう、割って入ろうとしたが俺が制する。
「来るな」
「しかし、ノルティヤは明らかにセンターギルドが寄越した災厄。村に迷惑をかけるとなれば見過ごすわけには……！」
「俺はキミにも腹が立っている」
勇者レーディに言った。
「こんなヤツが村にやって来たのも、すべてキミが弱いせいだ。キミの弱さが隙を生み、その隙にこんなクズが付け入ってきた」
その弱さについても、あとでまとめてたっぷり文句を言ってやりたいが、今はこのクズを片付けることに集中だ。
「うげひゃあッ!!」
もう斬りかかってきた。
まだ武器もかまえていない俺目掛けて。
「丸腰の相手を攻撃とは、とても勇者の行いとは思えんな」
「オレ様のすることすべてが勇者の行為だ。オレ様が正義だ!!」
大柄なノルティヤが振り回す剣は、なるほど速く力強い。
当たれば体くらい容易に両断できるだろう。
当たればだが。
しかしヤツの剣筋はあまりにも稚拙で、予備動作から軌道を予測して回避するなど容易かった。
おかげで間違っても俺の体を掠めることすらない。
「クソお！ 逃げるなあ!! ちょこまかちょこまか！ いい加減斬られろ！ イライラするうッ!!」
「これが勇者候補だったとかレベルが低すぎないか？」
俺は改めて驚いている。
勇者候補とやらのレベルの低さに。
俺の知っている最強の勇者は、けっしてこんな腑抜けではなかった。
敵としての視点から見てなお、無限の恐怖と共に尊敬すら抱ける相手だった。
こんなクズとは比較にならない。
そのクズが振り回す白刃を見ているうちに、俺はあることに気づいた。
「……お？」
ヤツの刀身が、銀よりも白い輝きを放っていることに。
「その剣ミスリル製じゃないか」
この村で作られて、外に流通していった量産品か？
「どこぞで買い上げたか？ しかしさっき自分専用のミスリル武器を作れとか言ってたろう？ もう持ち合わせがあるのに何故それ以上求める？」
「バカ言うなあーーッ！ オレ様のような勇者で英雄が、既製品なんぞで満足するか！ オレ様にはオレ様専用の、世界で一振りだけの伝説の武器があるべきなんだああーッ！ こんな既製品なんぞそれまでの間に合わせよーッ!!」
「……」
胸が痛む。
たとえ既製品量産品でも、サカイたちが真心こめて鍛え上げた武器なのだ。
それをこんな資格もないクズのオモチャにされてしまうとは。
商売とはいえ心苦しい。
「せめて他の作品は、心ある者の手に渡ってほしいと祈るばかりだ」
ジャギン！
と音を立ててノルティヤの剣は砕け散った。
「ぎべえッ!? 何!? 何いいッ!?」
柄だけになった我が剣を見て当惑する相手。
「何が起こった!? 何故砕けた!? おのれ不良品だなああッ!?」
「バカを言うな」
ウチの鍛冶師たちが丹精込めて作り、チェックした作品だ。
不良品などあるはずがない。
「お前の剣が砕けたのは、それだけお前のオーラが弱かったと言うことだ」
武器が同じミスリル製なら、優劣の決め手は使い手自身の技量。
武器に通すオーラの強さと質で、どちらが強いかが決定される。
「お前のオーラは俺のオーラに圧倒的に劣っている。だから武器を砕かれたんだ」
「バカを言うな!? お前は武器すら持っていないではないか!? それでどうやってオレ様の武器を砕いたと……!?」
やれやれ。
お前の散漫な注意力では、俺が擦れ違いざまにしたことすら捉えきれなかったんだな。
こちらの動きが速すぎて。
俺はポケットからヘルメス刀を取り出した。
まだ基底状態の、ナイフ程度の刃渡りだ。
それが俺のオーラを吸って、伸びて、長刀へと変わっていく。
「な、なんだその武器は……！」
「コイツを一瞬のうちに伸ばして、お前の武器を砕き、また縮めた。その一連の動作が速かったのでお前は気づけなかったんだ」
仮にも勇者と名乗る者なら、気づいて当たり前の全然手抜きの速さだったが。
「改めて言っておく。お前は弱い」
「な、何いいいいッ!?」
余程プライドを傷つけたのだろう。
ノルティヤの顔が瞬時にして茹でたように赤くなり、額に無数の青筋が浮かんだ。
「お前ええッ!? オレ様を怒らせたぞ！ 絶対許さないぞおおおッ!?」
「お前だけじゃない。そっちのレーディもだ」
観戦する彼女に視線を送る。
ちゃんと聞いてるだろうな、と。
「お前も彼女も、勇者を名乗るにはあまりにも弱すぎる。俺の知っている勇者の強さにまったく達していない」
「え？」
と声を上げたのは勇者レーディだ。
「俺がこの目で見た勇者はそれこそ鬼神のごとき強さだった。怖くて腰が砕けるほどの気迫だった」
「それは、どういう……!?」
先代勇者アランツィル。
敵としてヤツの猛威を経験したことのある俺にとって、ノルティヤもレーディも勇者じゃない。
強さも怖さも全然足りない。
そんなヒヨッコが勇者を名乗ること自体に怒りを覚える。
あの憎しみと悲しみの勇者アランツィルに対する不敬として。
「お前たちに、真なる勇者の片鱗だけでも見せてやろう。それを見て、自分の未熟さを悟れ」
俺は、長剣モードにしたヘルメス刀を掲げる。
刀身にしっかりと通す。スラッシュ（斬）のオーラを。
「見様見真似だが、それでもお前らよりは上手くやれるぞ」
戦場で幾度も見た、先代勇者アランツィルの得意技。
「『凄皇裂空』」
刀身に宿ったオーラを、飛び道具として飛ばす。
斬撃の軌道そのものがオーラの塊となって、スラッシュ（斬）の性質を帯びているからあらゆる触れるものを斬り削ぎながら駆けていく。
斬撃の大きさは、家一軒丸ごと斬り倒していく程度かな。
それをやや上へ向けて放ったので、最終的には空へ向けて飛んで行った。
「あれは……!?」
「噂に聞く先代勇者アランツィル様の得意技、『凄皇裂空』!? オーラ消費量があまりに大きくて、編み出した当人以外誰も使いこなせなかったという……!!」
そんな凄い技だったのか？
でもあの先代勇者、グランバーザ様には一戦に何十と連発してきたぞ？
俺はそれを傍から見守るだけで、そのやり方を観察して真似してみただけだ。
それでも多少は上手くいった。
「あぎゃあああああッ!?」
肝心のノルティヤ、『凄皇裂空』の直撃を食らわなかった。
直撃したら間違いなく両断されて死ぬので、わざと外したのだ。
しかしそれでもオーラ飛斬撃の余波を食らい、高出力高圧縮のオーラを全身に浴びた。
それは熱湯を頭からかぶるようなものだった。
高出力オーラが発する高熱で焼かれ、もがき苦しみのたうち回る。
「あああああああ！ 熱い熱い熱いッ!? 死ぬ!? 死ぬうううううッ!?」
軽いやけどはしているのだろう。
苦しみ紛れに転げまわるソイツを踏みつける。
「何を遊んでいる？ 立ってかまえろ。戦いの続きだ」
「参った……！ 参った……！ 助けてくれ。全身やけどだ死んでしまう……！」
「甘ったれるな」
先代勇者アランツィルは、グランバーザ様の獄炎魔法で全身焼けただれるような酷いやけどを負いながら、それでも突き進んでグランバーザ様の腹に剣を突き立てた。
あの執念の欠片も真似できずに何が勇者だ。
「降参する……！ オレ様の負けだ……！ だから助けてくれええ……！ 熱い！ 熱い！ 死んでしまうううう……！」
本来斬断することが目的の技の、余波の熱だけで心折れてしまうとは。
やはり当代の勇者は弱い。
弱すぎる。
