37 ダリエル、立ち入った話を聞かされる
一夜明けて。
勇者をラクス村に迎えて二日目が始まった。
まあ勇者たちがここに来てすべきことは昨日のうちに終わったし。
あとは武器が完成するまでのんびりして下されればいいだろうとタカを括っていた。
しかし甘い認識だった。
「センターギルドへの書状をしたためました」
朝一で勇者が言ってきた。
手になんかそれらしい書状が握られている。
「アナタに対して強制徴集を発令すべしという要請の書状です。これが受理されれば、アナタは自分の意思に関係なく私のパーティに加わらなければなりません」
「また随分と強引だな」
で。
「そんな方法で得る仲間に何の意味がある?」
意思を蔑ろにされては、当人はそんな相手を二度と信頼できなくなるだろう。
生死を懸けた戦場で、命を預けられない仲間ほど無意味なものはない。
「……アナタの言う通りです。私はあくまでアナタ自身の意思で仲間に加わってほしい」
「俺の考えは変わらない。一番大事なものはここにある」
「わかっています。なので、今日は別の話をしようと思ってきました」
「別の話?」
「気軽に言い触らしていい話ではありません。ある人の内面に関わる話ですから。でも、アナタを説得するにはこれしかないと思ってお話します」
「ある人? 内面?」
「アランツィル。先代勇者のアランツィル様です」
レーディの前に勇者だった人。
歴代最強と謳われ、先代四天王と幾度も激闘を繰り広げてきたという伝説の人物。
「アランツィル様は、勇者を務めた期間においても歴代最長を誇ります。三十年以上だそうです。その長い期間にはもちろん多くのことがありました。嬉しいことも悲しいことも」
しかし、その中でももっとも悲しい出来事は……。
「家族を殺されたことなのだそうです」
「……!?」
穏やかでない話題を、勇者はとつとつと語る。
「それはアランツィル様が勇者に就任されたばかりのこと。あの御方は、共にパーティを組んでいた女性冒険者と結婚していました。子どもも一人。何も欠けるもののない幸せな家庭だったそうです」
しかしその幸せは壊された……?
「先代様が魔王討伐のために出撃していた留守を狙い、魔王軍が襲ってきたそうです。元冒険者であった奥さまは果敢に戦いましたが殺され、まだ赤子だったお子さんは連れ去られた」
「……」
「先代様は追跡し、ついに襲撃の主犯であった当時の四天王の一人を殺しました。しかし敵がかどわかしたはずの息子さんは見つからない。敵が逃亡の途中で殺し、死体はどこかに捨てたものと絶望したそうです」
胸が痛む。
俺も父親となった今だからなおさらだが。戦いを生業とする者が、そうでない者を手にかけるなど絶対にあってはならない。
戦う者同士で殺し合ってこそ闘者の誇りが成立するのではないか?
「『その時から自分は鬼となった』。そう先代様は言っていました。すべてを失い守るべきものがないからこそ、すべてを戦いに捧げた。魔王討伐に邁進できた。……でもそれはけして正しいことではなかったと」
勇者が俺に迫る。
「このまま魔族たちを放置すれば、また先代アランツィル様のような悲劇が起きます! それを防ぐためにもどうか力を貸してください!!」
俺は今、彼女の願いを受け止めるどころではなかった。
記憶から、恐ろしい勇者の形相が克明に甦っていたからだ。
先代勇者アランツィル。
俺は直に会ったことが何度もある。
魔王軍の四天王補佐として戦場で。
彼の鬼気迫る戦い方。鬼神のごとき強さには、そんな秘密があったのか。
大切なものを失った痛み、悲しみが生み出す強さ。
それは強さの理由には最たるものの一つだ。
様々なことに納得がいった。
しかし……。
「俺はその話が信じられない」
「えッ!?」
「魔族は誇り高い種族だ。その頂点たる四天王に選ばれる者たちは特に」
そんな誇り高い方々が、敵とはいえその家族を狙うなどと卑劣な手段をとるだろうか?
恐らくは俺が四天王補佐になるずっと前に起こった事件で、実行犯は俺が知らない、先代四天王よりさらに前の四天王だろうが。
しかし四天王の称号を得た者が、そんな醜行に走るなど信じたくないし考えたくもない。
「何故人間族であるアナタが魔族を庇うのです?」
「とにかく昔は知らないが、今の世代の魔王軍はそんな汚いことはしない」
……。
大丈夫。大丈夫だよな?
今の四天王の方々大丈夫だよな?
「だからキミの主張の根拠にはならない。俺は俺の大事なものを守るためにラクス村から離れないよ」
「……なら、仕方がありません」
勇者レーディは、手に持っている書状を掲げた。
「センターギルドに連絡して、アナタへ強制徴集状を発してもらいます。これを拒否することは不可能です!」
「本当にそうかな?」
「我々にはアナタが必要なんです! 私たちと共に旅するようになればきっとわかってくれます。私たちの戦いの意義を! 私たちは信頼し合える仲間になれると!!」
「今の調子じゃ到底無理だと思えるがね」
俺は背を向けて去る。
強制徴集状とやらが発行されれば、たしかに面倒なことになりそうだ。
それを阻止するには、今ここで彼女の持っている手紙を奪うか破くかするのが一番手間が少ない。
しかしやめておこう。
力づくはスマートではない。
「一つ言わせてくれ」
「何です?」
「キミは俺の力が必要だと言ったが、真実本当に必要なのは勇者であるキミの力じゃないのか?」
勇者と呼ばれた女の子が、一瞬カッと目を見開くのが確認できた。
「勇者こそ替えのきかない唯一の力。その周りの仲間などいくらでも替わりがいる。メンバーに拘ってもキミという芯がグラついていては目的は達成できないんじゃないか?」
「…………ッ!」
勇者は言い返さずに、その場から去っていった。
「まだまだあれじゃあ先代に届きそうにはないな」
本当は彼女に正面から言ってやりたかった。
『キミはまだ弱い』
と。
少なくとも先代勇者の猛威を直に見たことのある俺にとって、彼女の腕前はいささか物足りなく感じることも事実。
しかし言えない。
『お前先代より弱いな』なんてめんと向かって言ったら『アナタはどこで先代の戦いぶりを見たんですか?』って流れになるに違いないからだ。
俺の過去を明るみに出してまで指摘することじゃないので、黙っておくことにした。
噂によれば彼女は『先代を超える異才』などと言われているらしいが、誰が大袈裟に触れ回ったのだろう?
無論、勇者として三十年以上の月日を積み重ねてきた先代と、いまだヒヨッコの新人を比べても詮無いことだが。
彼女に必要なのは新しい武器よりも新しい仲間よりも。
もっと別のものであるのかもしれない。
◆
それからまた数日が経った。
武器の完成を待つという名目だが、明らかにセンターギルドへ要請したという俺への強制状が届くのをこそ待っている様子だった。
そしてついにセンターギルドからの便りが来た。
ただそれは、勇者が期待していたものとは随分違う様相の返事だった。
「随分と手こずっているようだなレーディ」
センターギルドから派遣されてきたのは、やけに体格のいい大男だった。
「仲間が欲しいのなら、オレがパーティに入ってやってもいいのだぞ? かつてお前と勇者の座を争った無敵の男。ノルティヤがな!」






