33 勇者、乳を揉まれる
「勇者が来る?」
ギルド幹部さんからの報せに俺、当惑。
腕の中では愛息グランが元気に暴れておる。
「そうだ! そうなんだ! ついに勇者様がこの村にご降臨あそばされる!!」
ギルド幹部さん超興奮。
現在ではこの人、ミスリル鉱山の最高責任者であっちを本拠にかまえているが、ラクス村との連絡を密にするため互いに行き来している。
で、今日来た用件は何かと訝っているうちにこの狂態ぶり。
ギルド幹部さんともそろそろ長い付き合いだが、こんなに度を越えて浮かれる姿は初めて見る。
「勇者! 勇者! 勇者なのだよダリエル村長!!」
「落ち着いて、勇者なのはわかりました。……勇者ですね?」
そろそろ勇者がゲシュタルト崩壊し始めた。
勇者といえばアレである。
魔王様を付け狙う殺し屋。
「勇者といえば、英雄だよ!」
微妙に認識が違う。
「人間族の悲願、魔王討伐のために選び出される英雄候補だ! ギルド所属の冒険者からもっとも有望な者が選ばれ、魔王を倒す使命と、それに関わるあらゆる便宜が与えられる」
「知ってます」
「だろうなあ! 勇者のことを知らない人間族なんているわけないもんなあ!!」
いや。
俺が知っているのは、勇者と戦う魔王軍から見てですけど。
……俺が魔王軍に所属していたのも一年以上前のことだ。
何もかも懐かしい。
そこで俺は四天王(先代)を補佐し、魔族領に攻め込む勇者と何度となく戦った。
まあ所詮補佐だから。
真正面からぶつかるのは四天王に任せて、俺は陰から応援するだけだったけど。
それでも実際戦場で、勇者の姿を目撃したことがあるぞ。
たしか髭を生やしたダンディなオッサンだった。
当時は先代四天王の時代だったけど、グランバーザ様と他の四天王相手に刃物振り回すその形相は悪鬼のようであった。
超怖かった。
あの人が、ここ来るのかあ……!
怖いなあ、やだなあ……!
俺は矢面に出ることはなかったけど、戦場でウロチョロすることがあったんで、もしかしたら俺の顔覚えられているかも?
そしたら会った瞬間殺されかねんなあ……!
「俺、欠席していいですか?」
「何を言ってるんだいダリエル村長!? キミがこの村の代表だろう!?」
そうですが。
今やそうなんだなあ……。
「キミが勇者様を出迎えないなんて不敬もいいところではないか! 私はキミのことを買ってるんだ! その英才ぶりを是非とも勇者様の前でも発揮してほしい!!」
そんな風に期待されてもなあ。
「勇者様は、昨年代替わりされたばかりの新鋭だが、それだけにまだまだ世間知らずな面がおありだそうだ。キミのように気が利く人材にエスコートしてもらえると、私も安心なのだ」
「え? 代替わりしたんですか?」
「そうだよ、先代勇者アランツィル様は、魔族との戦いで重傷を負ってね、あえなく引退なされた。そのあとを担うのが当代レーディ様というわけだ」
引退したのかあのオッサン。
そりゃそうだな。
あのオッサンと相討ちになったグランバーザ様も大怪我で引退に追い込まれたんだから、あのオッサンだけ現役に留まって堪るかよ。
「はー」
じゃあ俺の顔バレ問題とか気にしなくていいわけか。
「わかりました、やりましょう」
「さすがダリエル村長!!」
このラクス村のためにできることがあれば何でもやる。
それがラクス村の一員であり、今や村の代表者である俺の義務。
怠る気はない。
あと、まだ赤ん坊である我が息子よ。ギルド幹部さんにガンつけるのはやめなさい。
「で、その勇者様ってのは具体的に何しに来やがられるんでしょうかね?」
「そりゃあ、我らが自慢のミスリル武器を見分なさるために決まっているよ!」
でしょうね。
この田舎村で余所の人が興味引かれることといったら、それくらいだし。
聞くだけ愚かなことだったか。
「勇者様は、魔王を倒す使命を帯びた者。強力なミスリル武器をもっとも必要とする御方だと言える! 勇者様に最上のミスリル武器を提供してさしあげることが、我々の種族としての義務と言える!」
「はあ……」
俺が無気力なのは、間違いなく前職のせい。
「勇者様が、我々の生産するミスリル武器を愛用してくだされば評判は天下に轟く! ミスリル武器は完全復活したと宣言していいだろう! これは我々にとっても至上のことなのだよ!」
「はあ……」
「招待の打診は随分前からお送りしていたはずなのに一向に返事がないから、もしや無視されているのではないかとヒヤヒヤしてたんだ! だがついに、ついにチャンスは巡ってきた! 自分たちのため種族全体のために気張ろうではないか!!」
興奮するギルド幹部さんを、なおも我が愛息がガンつけている。
どうしたのグラン?
ああ、眠いんだ?
あのオジサンが煩くて眠れないんだね?
◆
そんなこんなで、勇者様を迎えることになったラクス村。
「勇者のレーディです」
「ラクス村村長のダリエルです。ようこそおいで下さいました」
初対面の新勇者は、溌剌とした可愛い女の子だった。
……。
また先代とはあからさまに印象違うな。
「……何か?」
「いいえいいえ!」
危ない。
迂闊に凝視してはいかんな。ただでさえ俺のようなオッサンが若い少女を見詰めるだけで事案になるような世の中なのに。
「……勇者様! ……挨拶、挨拶!」
「うん」
背後に控える、さらに若い女の子が何やら耳打ちしている。
さらに背後にくたびれた印象の男性一人。
計三人が当代の勇者パーティか。
「……このたびは急な訪問を受け入れてくださり感謝に堪えません。勇者として、貴村の協力を深く心に刻みます」
「……して、今回の御用向きは?」
「貴村で製造されているというミスリル製の武器に興味があって来ました。魔王討伐の助けになってくれるかもしれないと」
やっぱりそう来たか……。
元魔王軍としては、彼女に魔王様を倒されるのは面白くないんだが、村のためには一番いい武器を持ってって貰った方がいい。
どうせ何やっても魔王様が負けるわけないんだから、別にいーや。
「なんでも、私たちに合った武器をオーダーメイドで作り上げてくれるとのこと。武器の性能強化で戦力が上がれば、魔王討伐の大きな助けになります」
誰だよ、そんなこと提案したの?
聞いてないんだけど。
村長の俺が聞いてないんだけど!?
『知りません』とは言えないし、このままの流れを維持するしかないのか?
「とにかく長旅でお疲れでしょうから、まずは宿所にご案内しましょう。そこで一休みしてからゆっくり本題に入っては?」
「痛み入ります」
勇者たちも遠くから来られたからには何日か泊まる予定だろう。
賓客たる勇者様ご一行に、何処で寝起きしてもらうかは村を挙げて話し合ったが、結局村長宅に泊まってもらうことにした。
今でもそこが村で一番豪華な建物だから。
空き部屋も多く、人が住んでいるので手入れも行き届いている。
今では俺が家長となって久しい村長宅。俺がホストとして常に付いているという意味でもよいだろう。
「田舎屋敷で恐縮ですが、我が家と思っておくつろぎください」
「わざわざ村長さんのお宅に泊めていただけるなんて恐縮です」
家の者――、今では姑となった前村長夫妻と、我が妻マリーカ、その間に生まれた息子グランと家族総出でお出迎え。
「まあ、赤ちゃん!?」
その中で勇者さんは、生まれたばかりの我が息子に注目した。
さすが女の子だけあって可愛い物好き?
「可愛い! 凄く可愛い!? ……あの、抱かせてもらっていいですか?」
「ええ? はい……!?」
なんか勇者様が、初めて年相応の女の子に見えてきた。
可愛いものは女の子の地を出させる?
「では、もう首はすわってるんで、そこまで気をつけなくていいですよ」
「ありがとうございます……!」
母親のマリーカも、恐る恐る息子を勇者さんに預ける。
「わあ、可愛い……! 可愛い……! ……ひゃんッ!?」
そこで事件が起きた。
まだ物心もついてない我が息子。
自分を抱き上げる見知らぬお姉さんのおっぱいを鷲掴み。
「すす、すみません! ウチの息子がとんだご無礼を……!?」
「い、いいです。赤ちゃんのすることですから……! ひゃんッ!?」
執拗にモミモミするな!?
こうしてウチの息子は『勇者のおっぱいを揉んだ赤子』の称号を得たのだった。
将来大物にでもなる気なのか?






