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32 勇者レーディ、一年を過ごした(勇者side)

 勇者レーディは攻めあぐねていた。


 勇者として選抜され、魔王討伐のために出発した最初こそ快進撃であった。

 一人目の四天王、二人目の四天王を撃退し、このままの勢いで魔王城まですぐかと思えた。


 しかし勇者の進軍は案外早く止まった。


 三人目の四天王ドロイエ登場。


 これまでとは明らかに違う、沈着で堅実な戦いをする土の四天王に勇者パーティは苦戦。


 彼女が立てこもる重要拠点を前に足止めを余儀なくされていた。


「……ラスパーダ要塞……!」


 今日もそこを落とせず、勇者レーディは撤退を強いられた。

 もはや数十回目の攻略失敗である。


「……あの要塞がどうしても落とせない……! ここから先の魔族領に侵入するには、あそこを押さえておかないといけないのに……!」


 守将として立てこもる四天王『沃地』のドロイエは、要塞の重要性を熟知しているのか、けっして軽はずみに応戦しない。


 要塞の防御施設を最大限利用し、多勢の勇者パーティに対し一人だけで互角の戦いを展開する。

 挑発して要塞外へ誘い出そうにも、けっして乗ってこず、もはやドロイエ攻略の策は尽きたかに思えた。


 四天王の一番手ベゼリア、二番手ゼビアンテスに勝利したのは一、二週間のうちだというのに。

 三番手ドロイエの攻略にはなんと一年を空費してしまったのである。


「やはり、厳しいですな土魔法」


 勇者パーティのメンバー、槍使いのセッシャが言う。


「魔族の使う魔法の中で、土魔法はもっとも防御に秀でた属性。拙者の槍も勇者様の剣も、ヤツの岩石障壁を突破できません」

「それもありますが、一番厄介なのは敵の性格です」


 レーディは疲れ切った声で言う。

 度重なる失敗が、彼女の精神を確実に蝕んでいた。


「『沃地』のドロイエは、今まで戦ってきた四天王とはまったく違う。先に戦った二人には、どこか軽妙というか浮ついたところがあった」


 だから心に隙があり、戦えば隙をついて簡単に勝利することができた。


「でもドロイエは違う。ひたすら堅実です。あのラスパーダ要塞を落とさないと私たちが進めないと知って守備に徹している」

「ホント嫌なヤツですよね! 四天王なら堂々と挑んでくればいいのに!!」


 盾使いサトメが苛立たしげに言う。

 やはり停滞が、勇者パーティを蝕みつつあった。


「勇者様、このままじゃダメですよ!」


 サトメが進言する。


「ラスパーダ要塞攻略にも、四天王ドロイエ打倒にも、新たな力が必要です!」

「新しいパーティメンバーのこと?」


 撤退後にはいつもその話となり、勇者レーディはげんなりする。


「ドロイエの岩石障壁を打ち砕くには、強力なハンマー使いが不可欠です。ヒット(打)適性をもったメンバーを加えましょう!」


 この話は何度も繰り返されてきたこと。


 本来四人が定員のパーティで、勇者パーティの構成はまだ三人。

 戦力強化のためにももう一人のメンバーを迎えることはもっとも順当であり、むしろ『何故しないのか?』と問いただされるレベルであった。


 勇者がスラッシュ(斬)、サトメがガード(守)、セッシャがスティング(突)を受け持つからには、最後の四人目はヒット(打)のオーラ性質に秀でた者が望ましい。


 当面の宿敵ドロイエに有効な性質もまたヒット(打)である以上、打撃武器の扱いに秀でた新メンバーの参加は急務であった。


 しかし、話はいつもそこで終わってしまう。


 魔王討伐の旅を始めて一年経った今も、勇者パーティは四人目の仲間を見つけだせずにいた。


 何もしていなかったわけではない。


 勇者たちは行き詰った状況打開のため、要塞攻略を中断し六ヶ月かけて人間領を巡り、仲間探しに注力した期間もあった。

 しかし、既存メンバー全員が『これは』と思う逸材に出会うことはついになかった。


「成果なしで要塞に戻ってきて、そのままぶつかっても勝てるわけないですよねー……」

「各地を行脚して、私たち自身もレベルアップしたけど、それでもドロイエを攻略するには足りなかった……!」


 要害に君臨する土の魔女ドロイエ。


 それを攻略するにはやはり新しい仲間が必要不可欠だった。


 しかし、どんなに窮していても安易にメンバーを増やしたくないという思いが勇者レーディにはあった。


 勇者とは選ばれし者である。

 その勇者と共に旅するパーティメンバーも同様。


 勇者の仲間は、共に行動する限り勇者同様の待遇を得る。宿願遂げて魔王を倒せれば英雄として末代まで名を残すこともできる。


 そうした恩恵に惹かれ、勇者パーティ加入を夢見ぬ冒険者などいない。


 勇者は行く先々で売り込みを受け『我こそは勇者に必要な人材』という仲間希望者を審査しなければならなかった。


 それは三人のメンバー枠が埋まるまで続く。

 いや酷い時には埋まった枠を無理やり空けようと、既存メンバーに決闘を挑む者すら現れる。


 勇者の仲間の座は、そうして醜く奪い合われるものでもあった。


「…………」


 勇者レーディはそれをよしとしない。

 先代勇者から賜った助言『仲間は心から信頼できる者を』という鉄則に従って、メンバー選考には慎重を期してきた。


 勇者パーティへの参入を出世栄達の段階としか捉えず、自身の栄光しか考えない利己主義者は決して仲間に迎えたくなかった。


 だからこそ六ヶ月にも及ぶ仲間探しの行脚も徒労に終わった。


「……どうして、この世界には……」


 勇者レーディは弱音を吐いた。


「心から世界を救おうと望む人はいないのかしら? 各地のギルドにいる冒険者たちは、皆自分のことしか考えていない。勇者の仲間になって有名になってチヤホヤされることしか目当てがない」


 それこそ仲間探しが失敗に終わった一番の理由だった。


 実力が充分にあり、現パーティの欠落を埋める特性を持ち合わせていたとしても、勇者レーディが掲げる厳しい『心』の審査基準に不合格となる。


「この世界には、サトメやセッシャさんのような人が少なすぎる。これじゃあ魔王を倒したところで世界はよくなんかならないわ……!」

「レーディちゃん……、弱気にならないで……」


 幼い頃からの親友でもあるサトメが勇者を宥める。


「大丈夫だよ。きっとレーディちゃんを助けてくれる心清い人がいるよ。その人は世界のどこかでレーディちゃんが来るのを待っている」

「そうかな……?」

「そうだよ」


 盾使いサトメの存在は、こうした意味でも大きい。

 パーティ最年少ながらも勇者の心を支えるムードメーカー。


「拙者、思うのでござるが……」


 さらに槍使いセッシャが言う。


「別の方法でパーティを強化してみるのはどうでござろう?」

「別の方法?」

「仲間探し行脚の途中耳にしたのでござるが、長らく魔族側の手にあったミスリル鉱山が故あって人間族に戻ったとか。それで今ミスリル製の武器が流通しているのでござる」


 セッシャが、みずからの持つ槍の穂先を見せる。銀よりも白く輝く槍の刃だった。


「あッ!? これセッシャさんがどっかの街で買い替えていた!?」

「拙者の槍は、穂先だけ簡単に交換できますので……。威力も使い心地も、それまでの鉄製とは比べようもござらん……!」


 仲間を迎えられないなら、武器を替えることで戦力アップを計ってみては。

 レーディやサトメが使っているのは、いまだ鉄製の剣や盾だった。


「そういえば、センターギルドから連絡が来てたような……。新しい武器の開発に成功したとかなんとか……?」

「えッ? 初耳だよ!? それでどうしたの? まさか無視!?」

「新しい仲間を見つける方が重要だと思ったから……!」


 勇者レーディは時々こうして抜けることがあり、そういう時サトメは幼馴染モードに戻って困惑するのであった。


「と、ともかく……! ワタシの盾も古くて傷だらけだから替えたいと思ってたんですよ! 可愛いデザインが欲しいです!」

「勇者様の剣もミスリル製に改めれば、相性を超えてドロイエの岩石障壁を破れるかもしれませぬ。これからの戦いを考えても是非検討してみるべきかと!」


 サトメ、セッシャに迫られて、勇者レーディもそれが順当だと思えてきた。


 仲間が得られないならせめて武器を。


 最上のものに揃えて四天王を倒す。


「わかった……! ええとねサトメ、道具袋貸して?」

「がってんです!」


 勇者レーディは、道具袋の中から紙の束を取り出す。その中から一枚選んで取り出す。


「これこれ。……この手紙によると、ミスリル武器の生産を一手に引き受けている村があるから、そこに行けばオーダーメイドでミスリル武器を作ってくれるって。私だけでなくパーティメンバーの分も」

「おおッ!?」

「凄い好待遇じゃないですか! さすが勇者パーティ!!」


 困難に遭っても腐ることなく、復活する。

 それもまた当代の勇者パーティの強みだった。


「早速行きましょうよ、その村に! 何処なんです!?」

「ええと……、この手紙に書いてあるには……!」


 ラクス村。


 勇者がラクス村へと向かう。

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