315 一剣、天に倚って両忘を截つ
「ダリエルさん、後ろを……!」
戦いのさなかに背後で変化が起き始めたようだ。
レーディが浮足立つのもわかる。
「ガシタやドロイエが到着したらしい」
ギガントマキアがフェンリルとの戦いで相当に時間を稼いでくれたからな。
援軍も到着するというものだ。
「冒険者の人員が増したことで接近戦闘能力が上がった。前衛を冒険者、後衛を魔王軍の魔導士で固めればこれ以上ない極厚の布陣になる」
「人間族と魔族が協力する戦い……! こんな光景が見られるなんて……!」
レーディが感動している。
それもわかるが気を抜いたら一気に突き崩されるぞ。
この戦いで何よりも恐ろしいのはやっぱり本体フェンリル。
いくら奇跡の末に出来上がった人魔混合の布陣でも、ヤツ自身が突っ込んだらアッという間に全滅させられてしまう。
この戦局は、相変わらず俺たち二人で支えられていると言っていい。
「しかし……!」
いつまで続くんだこの戦い?
さっきから渾身の一撃を何度も叩きこんでいるが、フェンリルには一つも致命傷となっている形跡が見当たらない。
魔力とオーラを複合させた攻撃でのみ手傷を与えられると判明したはいいが。
それすら刻める傷は浅く、しかも圧倒的な再生能力によって見る見る塞がっていく!
「クソッ、『是空』はまだ……!」
まだ使えない。
ヤツの天命が見えない。
ヤツは、何のために生まれてきたんだ!?
「くッ、まだこのくらいで……!?」
レーディもそろそろ体力的にきつそうだが、気力も充実してまだまだ粘れそうだ。
やはり修行の成果が出ている。
継戦能力も何年か前とは比べ物にならない。
しかし無限ということはあるまい。
このままの状況が続けば、スタミナ切れを起こすのはまず俺とレーディだ。
「俺も歳だからなー、どこまで持つか……!」
咆哮を上げる巨狼。
本当にこの世界すべてを食い尽くしてしまいそうだ。
こんな怪獣を野放しには絶対できない。
そこへ……。
「『真・凄皇豪烈』!!」
フェンリルの横っ面に叩き込まれる強烈なハンマーの一撃。
この技を使うのは……!?
「ゼスター!?」
「村長、助太刀に参りましたぞ!」
現れたのはハンマー使いのA級冒険者ゼスター!
今ではラクス村でガシタとツートップを張る最強冒険者だが、やはり彼も応援に駆けつけてくれたか!!
「いつも間が悪い! それがしがクエストで出かけているときに騒ぎが発生するのですから。しかし後発の援軍には間に合いましたぞ! 今こそ我が鉄槌を、村のために奮う時!」
意気込みはありがたいんだが、できれば下がって小フェンリルを相手にしてくれませんかね?
俺とレーディ以外に、フェンリル本体の相手は荷が勝ちすぎる……。
「助太刀は、それがしだけではありませんぞ!」
「は?」
天空から飛来する、鋭い切っ先。
「『竜牙隼爪・飛来撃』ッ!!」
真っ逆さまに突き下ろされる槍の一撃が、フェンリルを襲う。
槍といえば……!?
「セッシャさん!?」
「そしてワタシ!」
盾を携え出てきたサトメ。
「セッシャさんだけでなくサトメまで!? なんで!? キミは商会に潜りこんで別の土地にいるんじゃ!?」
「商会長リトゲスが、想像以上に滅茶苦茶しているのを察知して駆けつけてきたんですよ! ヤツはどこです!? できれば不正の動かぬ証拠と一緒に引きずって帰りたいんですが!」
「その辺で死んでる……」
「その辺で!?」
色々途轍もないことが起こりすぎて、アイツの死とかどうでもよくなっていた。
しょうがない、それがアイツの人徳なのだ。
些事は後回しにしておくとして。
「そうです! それよりもレーディ様! よくご無事で!」
「サトメ久しぶりー」
ずっと餓鬼界で修行していたレーディは、世間では消息不明……あるいはもう死んだものとして扱われていた。
しかし、彼女の生存を信じ続ける者たちがいた。
それが勇者と生死を共にして冒険してきたパーティメンバーだ。
「勇者殿……あの時は我が不甲斐なさゆえに同行できず、申し訳ござなんだ……!」
「セッシャさん……!」
仲間たちが再会を喜んでいる間は俺が余計に頑張っております。
「しかし、我々もアナタのおらぬ間に心を鍛え直したつもりにござる。今こそ……! 再び我らを勇者様の戦列に……!」
「もう二度とアナタを一人にはさせません!」
「さあ勇者殿号令を! 我ら再び、アナタの号令の下戦いましょうぞ!」
勇者パーティ再結成!
……おい待てそっち行くな犬! 今彼らは感動シーンなんだから!
もう少し俺と戦え!
「……いえ、けっこうです」
「「「えええええええッ!!」」」
仲間たちの献身を一蹴するレーディであった。
「皆と再会できたのは嬉しいけれど、アナタたちの攻撃手段じゃフェンリルちゃんに傷を負わせられません! ガシタさんやゼビちゃんたちと合流して小フェンリルちゃんの対処に当たってください!」
「しかし、こうしてまた合流できたのですから……!」
「戦いはもう私たちパーティ規模で収まらなくなってるんです! 人類の存亡を懸けた戦いです! それぞれが役立つために戦いましょう!」
レーディのヤツ、情に絆されず何と冷静な判断を……。
修行のおかげで精神的にもまったくタフになったようだな。
ここにいる人々それぞれが自分の役割をもって……。
自分のいるべき場所で踏ん張り続ける。
魔狼フェンリルよ。
お前の役目はなんだ?
どこで踏ん張り続ける?
それがわかればそれこそがお前の天命というものだろう。
お前もまた、魔王様を滅ぼすために生まれてきたのか?
それがお前の天命なのか?
いや、違う。
誰かが誰かを滅ぼすための天命などあるはずがない。
この世界に生まれてきた者は皆、新たに何かを生み出すために存在しているはずだから。
今、この戦場で繰り広げられている攻防で、多くの人々がそうであるように。
リゼートが。
ガシタが。
ゼビアンテスが。
ドロイエが。
ベストフレッドさんやノッカーたちが。
若い四天王たちが。
レーディとその仲間たち。
そして深手を負って今は生死の境を彷徨っているベゼリアも。
自分たちのするべきことを自覚し、精一杯に自分のすべきことを実行している。
この世界をよりよくするために。
それが天命と呼べるものならば。
あの魔獣にもあるはずだ。
この世界にいいていい理由が。
それが天命と呼ぶべきものならば。
『があああああああッ!』
土くれの巨人が飛び掛かり、巨大なフェンリルの本体を羽交い絞めにした。
『今だ、私がフェンリルを抑えている間にありったけの攻撃を叩きこめ!』
「ギガントマキアさん!!」
あの大地に属する魔獣もまた、この世界のためにするべきことをしようとしている。
何となくわかってきた。
俺がこの剣をもって斬るべき天命が、何を意味しているか。
スミスじいさん……。
このヘルメス刀を作り上げて、作り上げたらポックリと死んでしまった爺さんよ。
アナタの天命はこの剣を作り上げることだったのか。
アナタのようにやるべき仕事を満足して仕上げられたら、どんなに満足な人生であることか。
アナタの天命そのものである剣で……。
俺は俺の天の道を見極める。
「天による剣……『是空』」
俺はその剣を、魔狼に振り下ろした。






