311 フェンリル、暴れる
戦いが始まって、数時間は経過しただろうか?
その戦いは俺たちから見て次元違いだった。
嵐に荒れ狂う海原や、噴火する火山を見ている気分だろうか?
とにかくそういうレベルと同位置にあるのが魔獣同士の争いだった。
かつて炎魔獣サラマンドラと正面から対決した時ですら感じられなかった威圧感が、周囲見境なく振り撒かれる。
『けぇやぁあああああああああッッ!!』
ミスリルの輝きをまといながら巨人たちが魔狼に飛び掛かる。
それも一体ならず何体も。
それは俺たち矮小な人間サイズから見れば山が崩れて押し寄せるかのようだが、魔狼フェンリルはそれすらものともせず、身を震わせるだけで弾き返すのだ。
双方の基本能力が違いすぎる。
地魔獣ギガントマキアは今のところ無限に補充される数の暴力で均衡を保っているに過ぎない。
しかし、その均衡も……、やがて破れる。
『なッ!?』
魔獣フェンリルは思ってもみない挙に出た。
群がる無数の土巨人、その一体に噛みついたかと思ったら、そのまま口の中に収めてしまった。
凶悪に並ぶ牙の隙間から、ガリガリと噛み砕く音が聞こえてくる。
この音、まさか……!?
「土巨人を咀嚼している?」
武装されたミスリルごと……!?
エビとか貝を殻ごと食う大型肉食魚みたいな……!?
『く……ッ!?』
ヤバい。
大狼の、巨人たちを見る目の色が変わった。
これまでは曲がりなりにも敵対者を鬱陶しがる視線だったのが……。
今では完全にエサを見る目に。
魔狼は『グバアアアアアッ!』と咆哮を上げると、次々巨人に噛みつき食らい始めた。
ミスリルで武装されていようと関係ない。
ヤツにとって最高級鉱物は、腹を下す元にすらならないのか。
しかしヤバいのはそれだけじゃない。
『取り込まれる……! 我が霊体が……!』
土巨人たちはただの土くれではない。
地魔獣という超越存在が宿る疑似生命体なのだ。
普通ならば物理的に土巨人を破壊されても霊体が離れ、新たな土くれに宿って新しい土巨人を構成すれば、軍勢は無限に尽きることはない。
しかしフェンリルに食われた土巨人は、それに宿る霊体すら消化吸収されて復活できなくなる。
このまま食われ続けたら……。
「文字通りギガントマキアは餌食に……!?」
当人もその危機を察しとったのだろう。
ギガントマキア(指揮官機)は戦慄に震える。
本来なら誰も侵しようのない絶対者。その大魔獣が被食者の側に回るとは、それだけでも恐ろしいことだ。
『このまま小出しにして食われ続けては、いずれジリ貧に……! それならば今、勝負を懸けるしか……!』
無数にいた土巨人たちが次々と、ボロボロ崩れて土くれに還っていく。
それと呼応するようにたった一体の、指揮官タイプの土巨人が巨大さを増す。
身にまとうミスリルの輝きも……!
『我が理力を全力集中し、魔狼を貫くことに懸ける! 四魔獣最強の力を見よ!』
たしかにジリ貧を避けることはできるが、明らかに悪手だった。
極魔獣であるフェンリルの基本能力は、他の四魔獣を凌いでいることはわかりきったこと。
そんな相手に純粋な力比べを挑むことは自殺行為に等しい。
フェンリルにとっても今まで小皿に分けて出されていたものを大盛で食べられるだけのことに過ぎなかった。
ぶつかり合う魔狼と、超土巨人。
しかしその激突は最初から明暗が分かれていて、ギガントマキアは劣勢を強いられていた。
『ぐおおおおおおおッ!? があああああああッ!?』
元から最強存在であるがゆえに、弱者が強者に立ち向かうための戦いなど心得がない。
それゆえの脆さだった。
「なんて冷静に分析している場合じゃない……!?」
手出し無用と言われていたがゆえに動けなかったが……。いやそれ以前にこんな超次元的なバトルを前にして足がすくんで動けないが!
そんなこと言ってる場合じゃない。
「ダリエルさん! このままではギガントマキアさんが食べ尽くされてしまいます!」
隣に並ぶレーディが言う。
数年ぶりの再会とかを気にする暇も与えてもらえない。
「ギガントマキアさんは他の魔獣とは違います! ウィンドラさんと同じ……、人類に寄り添うことを選んでくれた魔獣です。危機を見過ごすことはできません!」
それって魔獣の中で邪悪で有害なのはサラマンドラだけってことなのでは?
などと疑問を呈している場合ではなかった。
既に巨人は、魔狼の前足によって組み伏せられ、その牙を防ぐ手立てがない。
『ぐおおおおおおおッ!?』
このまま喉笛に牙を突き立てられるのを待つばかり、という状況で……!
「『凄皇裂空』ッ!」
放たれた巨大オーラ斬刃が狼の顔面に命中する。
その勢いにさすがに面食らったのか、ヨロヨロとふらつく巨狼。
「『凄皇裂空』の直撃を受けて、ふらつく程度で済むのかよ……!?」
改めてなんてバケモノだ……!?
『……下がっていろと言ったはずだぞ。魔獣のメンツに懸けて、矮小なお前たちから犠牲を出すわけにはいかん……!』
こっちもヨロヨロ立ち上がる土巨人。
「そうは言ってもお前だって単体じゃあの狼を倒せないだろう。逆に食われて養分になるのがオチだ」
『ぐぅ……ッ!?』
それがわかっているのか、大地の魔獣は悔しげに言葉を詰まらせる。
「それがあの狼の特性らしいな。尽きることなき食欲。目の前にあるものは何でも……生物無生物に関わらず噛み砕いて食らい尽くす。恐らく神すらも」
だからあれは神殺しの狼……。
世界すべてを食らい尽くす。その中に神も含まれているというだけのこと。
「それなら俺たちにも無関係な話じゃない。どうせアンタが食い殺されたら、次の標的は俺たちだ。だったらバラバラに戦ってないで一丸となってぶつかった方が効率的だろう」
『…………』
狼の方も、いつまでもふらつくばかりではいない。
『凄皇裂空』を叩きつけても面食らうだけの怪物。しかしもうすぐ態勢を整えて襲い掛かってくるだろう。
「私だって……!」
剣をかまえるレーディ。
「世界を守るのも勇者の務め。それに闘神様が私に課した修行もまだ生きているはずです。フェンリルちゃんを倒し、あの御方を倒す力を養う。これはその最終段階と受け取りました!!」
やっぱりレーディは、消息不明となる以前よりたくましくなっている。
みずから危険に飛び込む向こう見ずさは相変わらずだが、その時必ず伴っていた儚さが今は微塵もない。
「レーディちゃんが戦うなら、わたくしもやったるのだわー」
空中から降りてくるゼビアンテス。
「ちょうど毛皮のマフラーが欲しいと思っていたところなのだわ上質の。あの犬っころの皮を剥いでなめして、高級品に仕立ててやるのだわ。世界を守るついでに!」
『お前たち……!』
地の魔獣が声を震わせる。
「わかっているさ。これもまたあの御方の与えた試練なんだ」
あのまったく性格の悪い超越者の。
「自分の思惑を超えて、この世界を思うままに築き直したければ、その資格を示せと言うことなんだろう? 自分たちの決めた方向へ進む意志を、力で示せと言うことなんだろう?」
あの御方の性格の悪さは俺も身に沁みてきたところだ。
だったら示してやろうじゃないか。
人間が、神なしでもやっていけるってところを。
人は生きるためなら世界を破滅させる主ですらぶちのめしてでも生きようとすることを。
神の前に示してやる!!






