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30 四天王バシュバーザ、親に殴られる(四天王side)

 バシュバーザにとって、ここ最近は最悪の連続だった。


 四天王に就任し、華々しい功績を次々上げる予定であったのに、積み上がるのは失態ばかり。


 しかも失態の責任はすべて彼に押しつけられる。


 ミスリル鉱山が失われたのは、そこに住むノッカーたちが反乱したからだ。

 魔王軍に逆らうノッカーこそ邪悪だというのに、何故かバシュバーザの方が責められる。


 勇者との戦いに負けが込んでいるのも、先に派遣したベゼリア、ゼビアンテスが弱いだけだというのに、何故か『当代の四天王は弱い』という風潮が蔓延している。


「何故四天王全体で捉える……!? このリーダーであるボクが、他三人より遥かに強いと推測できないのか……!?」


 と腹立たしい。


 現状、勇者には三番手ドロイエが当たっている。

 バシュバーザはミスリル関連の失態を消し去るためにも、強引に交代してみずからが勇者を倒せるよう画策した。

 しかしドロイエも頑なに拒否し「どうしてもと言うなら魔王様に直接裁可を仰ぐ」とまで言う始末。


 これ以上魔王への心証を悪くしたくないバシュバーザは押し黙るしかなく、益々苛々が募る。


「クソッ、なんでだ……!? なんで誰も彼もボクの思い通りに動かない……!?」


 最初はこうではなかったはずだ。

 皆が四天王としての自分を敬い、命じたことを的確に遂行し、いつも必ず成功した。


 バシュバーザは現在と過去が何故こうも違うのか理解できなかった。


 ……。

 バシュバーザ当人には理解できようもないが、彼が四天王に就任した当初にはダリエルがいた。

 補佐として。


 ダリエルが上と下とを繋げ、命令の意図をわかりやすく伝達し、実行する現場へ最大限のバックアップを与えてきた。

 御曹司バシュバーザの出す無茶振りを受け止め、実行可能な程度にまでマイルド化するのもダリエルの功績だった。


 そのダリエルがいなくなれば、魔王軍の命令系統が崩壊するのは目に見えていた。

 見えていないのはバシュバーザだけ。


 バシュバーザの気まぐれに直接晒されるようになった魔王軍の精鋭たちは、ダリエルの重要性を改めて実感すると共に、それと同じぐらいバシュバーザへの憎しみを強めた。


 もはや上にも下にもバシュバーザの味方はいない。


 さすがにその程度は肌で感じることができるらしく、バシュバーザの苛立ちを強める要因の一つとなっていた。


 そんな彼に今日また面白くない出来事が起きた。


 呼び出しを受けたのである。


 四天王の一人、魔王軍の頂点に立つバシュバーザを呼びつけられる者など、魔王を除けば一人しかいない。


 先代四天王。


 当代よりも以前にその栄職を務め上げ、また最大限の功績を残した、いわば英雄であった。



 先代四天王『業火』のグランバーザと当代四天王『絢火』のバシュバーザは、実の親子である。


 双方、四元素のうち火属性を受け持ち、最高の攻撃力を誇る属性として四天王の牽引役を務めてきた。


 ……もっとも。

 名実ともに先代四天王のリーダー格であったグランバーザに比べ、その息子バシュバーザが四天王筆頭を名乗るのは七光りの要素が強い。


 先代リーダーと同属性であるから、より直接的に先代リーダーの息子だから、惰性的にリーダーの座を受け継いでいるに過ぎなかった。


 バシュバーザ自身に資質があれば、惰性で着せられたリーダーの称号もやがて馴染んだかもしれないが、事実は既に審判を下している。


 ……ともかく、先代四天王グランバーザは既にその座を息子に譲って引退していた。


 引退した直接の原因は、宿敵勇者との伝説的激闘。


 互いに死力を振り絞ってぶつかり合い、多大なダメージを受けて相討ちとなった。

 グランバーザも一時は生死の境を彷徨う深手を負い、今なお完治に至らず療養生活を続けている。

 そんな体調では四天王職を続けられないと、同志と計って一斉引退し次世代に譲った。


 グランバーザが療養地と兼ねた隠居屋敷を訪れて、バシュバーザは信じがたいものを見た。


 炎の渦だった。


 山一つ消し炭にしながら吹き飛ばすのではないかというほどの大きな炎の竜巻が、屋敷の庭でうねっているのだ。


「バシュバーザ。来たか」


 その炎渦の中心に立っている、偉丈夫。


 老いても筋骨衰えず、広い肩幅は城門が立ち塞がるようである。

 歴代最強と謳われた先代四天王の筆頭。

『業火』のグランバーザは、療養用のガウンを着てなおいくさに赴くかのような覇気だった。


「ち、父上? 庭先でなぜそのような大魔法を……!?」


 巨大な炎の渦を目の当たりにし、バシュバーザは心底震える。

 同じ火属性を得意とする魔導師ではあるが、だからこそ凄まじさがわかる。

 自分がこの規模の殲滅魔法を放つとすれば、どれほど寿命を削らねばならないか。

 想像するだけでバシュバーザは身がやせ細る思いだった。


「リハビリというヤツだ。療養とはいえ、ずっとベッドで寝たままでは体の肉が落ちてしまう。適度に動かす方が治りも早かろう」

「適度、ですか……? これが……?」


 威力だけでなく、並外れた規模の大炎を屋敷の小さな庭に押しとどめる魔力制御も桁外れ。


「よく来たな。四天王の仕事は捗っておるか?」

「は、はい……!」

「ダリエルの言うことはよく聞いているか?」

「……はい…………!」



 親子の会談は、屋敷内の一室で執り行われた。

 庭にもテーブルや椅子の一式は揃えてあるが、やはり外の空気は、完治していないグランバーザの傷に障るということで場所を移された。


 向かい合う父と子。

 その空気はどこかよそよそしい。


「我らが引退すると決めた時、周囲はそれなりに騒いだものだ」

「はい……」

「なまじ最強などと持てはやされていた反動かな? あとを継ぐお前たちの若年ぶりも不安の材料にされた。それを押しとどめたのがダリエルだ」


 先代四天王が一斉に引退しても、その下で完璧な補佐を務めたダリエルが残る。

 それが保証となって、代替わりに異論を唱える流れを封殺できた。


「我が生涯最高の巡り合わせは、ダリエルと出会えたことだ。その幸運をお前に継承させることこそ、お前への四天王就任祝いだと思っている」

「承知しております、父上……!」

「そうだな、お前に四天王の座を譲り渡す時にも同じことを言った。ダリエルの言うことを私の言うことと思って、よく従えとも……」


 父は、テーブルに置かれた茶を口に運ぶ。

 子は一切手を付けなかった。


「……ダリエルはどうしている? 一度こちらへ見舞に来たことがあったが叱って追い返したよ。今のアイツにはヒヨッコ四天王を助けるという大役があるのに、老いぼれを見舞う暇があるのか? とな……」

「はい……」

「まだまだお前たちは半人前。ダリエルがいなければ立ち行かぬ。ちゃんとダリエルを大切にしているか? ダリエルを困らせたりはしていないか?」

「滅相もありません父上!」


 バシュバーザは、その場凌ぎのウソをついた。


「ダリエルは四天王補佐として立派に働いています! 父上が心配することなど一片もありませぬので、どうかご安心して療養に専念されますよう!」

「…………」

「……父上?」

「クッ! ククククククククク……!!」


 グランバーザは唐突に笑いだした。

 奥底からこみあげてくる痛みとか、怒りを押しとどめているかのような笑い声だった。


 だがすぐにタガが外れた。


 巨大な拳がバシュバーザの顔面に飛んで、真正面から突き刺さった。

 テーブルやソファごと吹き飛ばされ、背後の壁まで転がって、ぶつかり止まる。


「ぐべッ……!? ち、父上……!?」


 バシュバーザが父親から殴られたのは、これが初めてのことだった。

 頬に残る熱さと痛みが、どこか現実でないもののようだった。


「我が下に陳情がやってくる。数多く……!」


 かつての最強四天王が、拳を震わせて言う。


「四天王補佐を解任された息子を、甥を、弟を、どうか許してやるようお前にとりなしてやってくれとな」


 バシュバーザは、ダリエルを追放したあとすぐ四天王補佐の後任を据えた。

 しかしダリエルの働きを超えられず、気に障ればすぐまた解任した。

 そんな目にあった者は一人ではなく、何度も新任と解任を繰り返し四天王補佐はめまぐるしく変わっている。


 とすれば一番最初に補佐を務めていたダリエルはどうなったか。

 明敏な先代が察していないわけがなかった。


「お前がここまでバカだとは思わなかったぞ……!」


 魔王から言われたのとそっくり同じ言葉を、父親からも言われた。


「ダリエルという宝をみずから投げ捨て、あまつさえその場凌ぎのウソで取り繕おうとは。何たる愚昧、何たる矮小。お前に四天王を名乗る資格はない……!」

「……お言葉ですが父上!」


 バシュバーザがすぐさま反論できたのは、彼が抱える根拠ないプライドだけが頼りだった。


「父上こそ心得違いをしております! ボクはグランバーザの息子です! 歴代最強四天王の息子です! ボクの才能をもってすれば、あんな無能者の助けなどなくとも立派に四天王を務め上げてみせます!!」

「その結果どうなっている? 魔王様から直接お叱りを受けるほど追い詰められているのではないか?」


 事実を指摘されてバシュバーザは怯んだ。


「私が療養にこもって何も知らないと思ったか? そんな甘い見通しで四天王が務まると思ったか!? お前には皆が失望している。上も、下も、私もだ」


 ここまではっきりと現実を告げられたのも、バシュバーザにとっては初めてだった。

 この時やっと、彼の心に本格的な危機感が芽生えた。


「お前がこの先も四天王を続けるには、方法は一つしかない。それを教えるために今日お前を呼んだ」

「な、何ですか?」

「ダリエルを探せ」


 自身のプライドがひび割れる音をバシュバーザは聞いた。


「ダリエルを見つけ出し、額を地面に擦りつけて許しを請うのだ。そして四天王補佐に復帰してもらい、以後二度と彼の言うことに逆らってはならん。……それができれば、お前は不名誉な形で四天王の座を退くことはない」

「……嫌です」


 バシュバーザは父親に逆らった。

 それもまた生涯初めてのことだった。


「あんなクズに頼って四天王でいることこそ何の意味もない! ボクはボクの実力で功績を上げ、後世に名を残すのです!!」

「お前……」

「父上もどうかご照覧ください! ボクは最強グランバーザの息子です! 獅子の子もまた獅子であると証明してみせましょう!!」


 言い捨ててバシュバーザは部屋から出た。


 彼にはプライドしかなかった。

 実力も、知恵も、人徳も伴わずともプライドだけは人一倍あった。


 そのプライドだけが今の彼を突き動かす。

 しかしプライドに突き動かされて向かう先は、何もない断崖絶壁なのかもしれない。

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