308 フェンリル、解き放たれる
ベゼリアの大けがはとにかく深刻だ。
何せ必殺の腐食魔法を自分自身に仕掛けたのだから。
致命傷は避けられても一旦壊死した組織は、周囲の正常な組織に伝染して腐り死なせるかもしれないし、回復させる前にとにかく汚染された組織を取り除くことが必要だ。
丹念に。
「頼む……、絶対に死なせないでくれ……!」
「わかってるよ……!」
上位の水魔導士であるリゼートなら傷口を洗い流すことも容易だろう。
ベゼリアの容態は大変だが、それ以外に関しては一様に収まったように思える。
魔王軍はもはやこれ以上の侵攻をする気もないようだし、冒険者側も俺が制することで臨戦態勢を解く。
状況が二転三転して『一体何だったんだ……?』という気もするが、それももうこれ以上急転することはあるまい。
「キミらももう帰るのかね?」
「はい……、ベゼリア殿から『撤退』と言われていますので……!?」
新しい四天王のゲルズくんか。
就任したばかりだというのにちゃんと軍の指揮ができていて偉いなあ。
そういえば前任のバシュバーザは結局軍を率いて戦ったことって生涯のうちにあったんだろうか?
「ベゼリア殿の言うには、『出兵の真の目的は遂げたのだから、これ以上戦う必要はない』『むしろ同志となった相手に敵意を向けることは厳禁』と……」
幾多もの擬態で覆いながら、真意をしっかりと見失わず、それを遂げることに全力を傾ける。
ベゼリアが想像以上の事業家であることは驚くばかりだ。
それほどまでにアイツは執念を燃やしているってことか。
「魔族と人間族の和解か……」
……を託されたんだなあ、俺が。
現在のところ魔族と人間族は、大きな紛争こそないものの互いに反目し合い、敵対関係を保っている。
争いらしい争いは勇者と四天王の対決ぐらいだが、均等を保っているパワーバランスが崩れて全面的な大抗争へと突入しないって保証はない。
目見見える形で完全な和平を。
そう望むことは別に何もおかしいことではないはずだ。
「でもなー」
言うは易いが、それを成すことは非常に困難を伴うだろう。
何より何百年も続いてきたことだし、長く続いたことを変えるのはそれだけで至難の業。
冒険者の中には、勇者となって魔王様を倒すことに全身全霊を懸けているし、そのこと自体に利権まで発生している。
何より魔王様自身がよしとするまい。
「一体どうすればいいか……?」
どう始めたらいいか?
色々考えあぐねていたその時に……。
「……うおッ!?」
なんか今、地面が揺れた!?
グラグラと、まっすぐ立っていることすら覚束なくなるほど大きな揺れだ。
「地震!? おおい、皆大丈夫かー? 怪我してないー!?」
この場には魔王軍、冒険者含め多くの者たちが密集している。
密度が高いほど大きな被害に繋がりやすいのが地震だ。
しかし、これ……。
ただの地震じゃない?
いくら何でも揺れが長く続きすぎる……!?
しかも時間が経つごとに揺れが激しくなっている!?
「おい見ろ! あれ……!?」
最初に気づいたのは誰だったか?
次々集まる視線の先には聳え立つ山があった。
あれは……ミスリル鉱山直上にある山……。
あの山岳の真下、地下広くにミスリルの坑道が広がっている。
その山が……。
……崩れ去った。
「なあッ!?」
激しい揺れに耐えかねるように亀裂が入り、細かく砕け、それらの破片が地中深くへ吸い込まれていくように崩れ去っていくのを俺は遠景から見届けた。
「……いやッ?」
いや待て?
あの山の真下にはミスリル坑道が……!?
その中で働くノッカーたちや、周囲にもギルドの人々が……!?
あんなに急速に崩れたんじゃ避難する暇もないに違いない。
つまりあそこで働いていた全員、崩れた山の下敷きになって生き埋めに……!?
「おいウソだろおおおおおおおおおおおッ!?」
『落ち着け、心配ない』
またどっからか聞き覚えのない声がしてきた!?
今度は何!?
地中から!?
『鉱山にいた者たちは残らず助け出した。地上にいようと地中にいようと、土石に触れていさえすれば私の手に届く』
「なんだああああッ!?」
俺の目の前の土が、急激に盛り上がって……!?
表面がモコモコ蠢いたと思ったら、形を整えて……!?
これは……人型?
土で出来た巨人が現れた!?
しかも土巨人が大事そうに抱える腕の中には……!?
「ダリエル様ー!」
「ダリエル様お久しぶりですだー!」
ノッカーたち!
ギルド職員の人たちも!
よかった無事だったんだな! ここから山が崩れたのを見た時はもーダメかと!
「坑道の中でぶぁーっとなってな! げーってなってな!」
「あばばばばばー! だべー!」
ノッカーたちの説明じゃ要領を得ない!
何よりまず、この完全に正体不明な土巨人に……!?
「えーと、あの……? あ、ありがとうございます?」
まずは助けてくれたことのお礼を言わないと?
しかしあとに続く言葉が出ない。
『恐ろしいことが起こってしまった……!』
「え?」
しかし俺が言葉に詰まっているうちに巨人の方から語りだす。
……というかアレはやっぱりこの巨人が喋っていたのか?
見たところ魔法で動かしているゴーレムでもなさそうだし……。
マジで一体何者!?
『あの御方は何故このタイミングで力の供給を断ったのか……!? 所詮私は監視役……、ヤツの封印は九割あの御方の力で保たれていた。私だけでは到底抑えきれん!!』
「あの……、一体何事でしょう?」
『お前か! お前が何かしたのか!?』
「聞きたいのはこっちなんですけども!!」
事態は混乱するばかり。
地震だってまだ全然収まってないし、むしろ激しくなる一方。
このままじゃ山どころか地面全部が砕けるんじゃねえか!?
『来る……!?』
「何が……!?」
いや、俺にも何となくわかる。
足元から伝わってくる揺れ。
この揺れる感じが何と言うか……近くなってくる気がする。
隔てるものが多い時と、少ない時は、やはり揺れる感じが違ってくるものなのか?
「震源が……、近づいてくる……!?」
下から上へと……。
地下深くにいる者が、地上へと迫ってきて……。
「いや待てよ……!? 地中深くに何がいるっていうんだ……!?」
そして現れた。
蓋を蹴破るようにして地面を砕き散らし、太陽に食らいつかんばかりに飛び出してきたのは……。
「……犬!?」
いや狼か!?
しかし、なんて巨大な……!?
あの巨大さ、いつか見た魔獣並みに大きいじゃないか。
『ついにヤツが地上に出てきてしまった……! 創造主様が作られし餓鬼の檻は破られた』
と土巨人。
『ヤツこそこの世界すべてを食らい尽くすもの、極魔獣フェンリル。もうヤツを止めることはできない……!!』






