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305 魔王、試練を送りつける

 謁見の際、ベゼリアは魔王からこんなことを聞かれた。


「『泥水』のベゼタンはキミの親戚だと聞いたが、本当かい?」

「は? ……たしか私の伯父にそのような名で四天王に抜擢された者がいたと聞きますが。……しかし私の生まれた頃かその前に戦死したとかで、直接的な面識などとても……?」

「ふぅん、皮肉なものだね。元も平和から遠い者の血族が、平和を口にしようというのか?」

「それは、いかなる……?」

「まあいいさ、ぼくちんからキミに贈り物をしてあげよう。こんなこともあるかと彼の魂だけ地獄から引き上げておいてよかった。ダリエルくんが頭角を現してから、きっと役立つだろうと思っていたのでね」



 ……そして今。

 俺の前に信じがたい光景が展開している。


「ぐおおおおお……!? やめろ! 鎮まれ! 勝負は終わったんだ! この上に荒ぶって何の意味が……!?」


 もだえ苦しむベゼリア。

 唐突に。

 まるで体内に巣食う寄生虫に苛まれているかのようだった。


 苦しみを紛らわすように衣服を寛げ、脱ぎ捨てる。

 上半身裸になったベゼリアの、その胸部に浮かぶのは……!?


「なんだそれは……!?」


 人の顔だった。


 人面瘡というヤツか。

 腫れ物が明らかに人の顔のような形をしていて、目鼻もあれば口もある。


 ギョロギョロと眼球を巡らせ、口でもって唾飛ばし喚きたてる。


『情けないぞベゼリア! 我が甥ともあろう者がこの程度で音を上げるか!? 諦めずに立って戦え! 人間族を皆殺しにしろ!』


 もはや『人の顔のような』などという次元ではない。

 人の顔そのものだった。


 ベゼリアの胸部に浮かぶ人の顔。

 一体何だこれは!?


「気持ち悪かろう? 私だってこんな伯父の姿には辟易するよ……」


 自嘲するように言うベゼリア。


「魔王様に謁見し、人魔和解の構想を語った時……。その構想を進める許可と共にいただいた。私の伯父に当たる人物らしい」

「伯父?」


 というか実在の人物なんですか!?


「ずっと昔に戦死した四天王だそうだ。私の体に憑りつく代わりに、私に力を提供する。そのお陰で私の力は随分増した。二人分となるから当たり前だが……」


 そうか。

 それでベゼリアは戦闘中あんなに凄まじい力を……。


 戦術や気迫もであったが、既存の四天王を遥かに超える膨大な魔力。

 あそこまでの魔力を行使できるなら悠々四天王最強を名乗れただろうに、しかしその超パワーにはカラクリがあったのか。


「ズリーのだわ! そんなんで最強になれるんならわたくしだって欲しいのだわ、その顔!」


 相変わらずゼビアンテスがアホなことを喚きたてるけど、本当にいいのか?


 体にあんな顔が引っ付くんだぞ。あのオッサン顔が。


「やっぱりいいのだわ! 強さより美しさが優先なのだわ!」


 ほうらね。

 アホのゼビアンテスはさておき……。


「強力ではあるが、奇怪極まりないな……!? 魔王様は何故お前にそんなものを……!?」

「私への餞別のつもりなのかもしれないが、本意は計り知れない。何しろ魔王様だからね……」


 たしかに。

 超越的な力を持ちながら、すべて享楽的でしかない御方。


 やることすべてに意味があるようでなかったりする。


「たしかに、この人面瘡を授かることで私の力は倍増した。しかしこの伯父は……死した四天王の魂は、私の想像を遥かに超えて凶悪だった。こんなものの力を借りて望みをかなえたところで何の意味が……!」

『おいおい、可愛い甥っ子を助けてやっているというのに随分な言い草だな?』


 喚き散らす人面瘡。

 たしかにその振舞いは、邪悪以外の何者でもない。


『勘違いするな? 迷惑なのは私だって同じことなんだぜ? いかに血を分けた甥とはいえ、人間族との和解を望むような甘ちゃんになんで力を貸してやらねばならん? 宿主にするならもっと骨のあるヤツがよかったわ』

「何を……ッ!?」


 歯に衣着せぬ人面瘡。


『魔王軍とはな、人間族どもを片っ端から殺してこそだ。殺戮こそが軍隊の本分ではないか。魔王様も、きっとその本質をお前にわからせるために私を付けてくださったのだろうよ。お前の夢など甘ったれた妄想でしかないとな!』

「黙れ! お前の考えなど聞いていない! お前は私に力だけを提供していればいいのだ! いやそもそも、お前を受け入れることが四天王残留の条件だと言われなければ誰がお前のような物の怪を……!」

『物の怪だと? 身の程を知れよ。お前ごとき、私のような真の四天王から見れば半端者にすぎない。……そう、私こそが正真正銘の四天王なのだ。敵を殺し、害虫のような人間族を殲滅することのみを追い求めるこの私のような……!』


 人面瘡は、邪悪さを振り撒くように言った。


『四天王の一人「泥水」のベゼタンこそが、真なる最高の魔族なのだ!!』


 ……!?

 今コイツ……、何と……!?


「ベゼリア……、この人面瘡の大元は……!?」

「ああ、そう。コイツもこんな姿に成り果てる前は、真っ当な魔族であったらしい。戦死し、魂だけを魔王様に拾い上げられて生き延びた。……いや、こんな状態を生きているといっていいのか……?」


 既に死した四天王。

 その情報は俺の心当たりとも合致する。


「魔王様は何故こんなものを私に取り憑けたのか……? いや、何となくわかっているのだ。この凶暴性の塊のような魂と融合させ、四六時中苛まれることによって私の和解への決意が揺るがないか試しているのだろう……!」

「いや、違う……!」

「え?」


 たしかに魔王様は試している。

 俺たちを試している。


 しかしそれはベゼリアが想定するような生温い、甘っちょろいものとは違う。

 もっと凄惨で、底意地悪いものだ。


「アランツィルさんから聞いた……、グランバーザ様からも……!」

「何……?」

「今から四十年近く前……、赤ん坊だった俺を連れ去った四天王……、それが……!」


『泥水』のベゼタン。


 たしかそんな名だったはずだ。

 産後で消耗しきっていた母を殺し、物心つかぬ赤子の俺を連れ去り、怒り狂ったアランツィルさんによってソイツ自身も殺された。


 ソイツの名が四天王『泥水』のベゼタン!!


「そのあと俺の身はグランバーザ様の手に渡り、俺は魔族として育てられることになった。俺のへんてこな人生のきっかけとなった男……、もう既にいないはずの男……」


 ソイツに、こんなところで出会うことになるとは。


 これは偶然ではない。

 そうなるように仕向けた運命の悪戯者がいる。


 魔王様という……。

 運命と同義にしてもいいほどの巨大なる存在。


 あの御方がこの状況を望んで作り上げているに違いない!


『ほう……、そうか、そうかそうか! お前があの時のガキか! ずいぶん大きくなったものだなあ!』


 邪悪なる人面瘡は、世界すべての悪意をそこから吐き出さんばかりに喚きたてる。


『あの時は泣き叫ぶばかりだったクソガキが、血まみれの肉塊になった母親の前でも泣き喚くだけだったのになあ! ナリだけ立派になりやがって! グランバーザのヤツはどうした!? 何故人間族のガキを大人になるまで生かしている!?』


 その言葉は、想像を超えるほどに邪悪。


『このガキを上手く使えと言ったはずだぞ! 勇者の息子だ! 父親こそが標的だ! ガキをエサにして東西と走り回せ、疲れ果てた末に目の前で八つ裂きにし、精神を突き崩せば容易に打ち取れたものを! 何故そうしていないグランバーザ!?』


 喚き散らす人面瘡。


『何故その程度のことがわからん! 何故そこまで無能なのだグランバーザ!? やはりアイツなど四天王には相応しくない! この私こそが! 「泥水」のベゼタンこそが真に優良なる四天王なのだああああ!!』


 なんと見苦しく、汚らわしい。


 肉体を失い、命すら失って。

 ただ顔の形をした腫れ物と化し、子孫の肉体にこびりつくような存在となってなお悪意と憎悪を振り撒く。


 たしかにこれは魔王様からの試練ではあろう、

 でもそれは余人が考えるより遥かに悪辣だった。


 人魔の和解を目指さんとするベゼリアの……、さらに俺まで巻き込んで……

 両族の間に横たわる隔たりをまざまざと見せつけるような。


 人間族と魔族。

 これだけ長く戦い合い、憎しみ合ってきたのだ。


 それを今さらどうやって取り繕うのだと。


 当事者として最前線にいる者たちへ、もっとも響く形で突きつけたのが、このベゼタンという物の怪だった。

 さすが魔王様と言うしかない所業の悪辣さ。


 俺はこの男のせいで人生を狂わされた。

 そして今、俺に手を差し伸べようとしてくるベゼリアは、この男の親族だ。


 そんなヤツとどうして手を結べようかと。


 魔王様は、そういうことを言おうとしているのだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・・・・一応言っておくと何もかも終わった話なんだよ? [一言] 結果的には色々な意味で切り札になったわけで
[良い点] ある意味元凶であり敵とも言える相手が見つかってよかったね。 [一言] オージンは意地でもダリエルを引っ張り出して力を使わせたいようだね。 邪悪な魂だけを浄化するような必殺技を編み出さないと…
[一言] グランバーザとアランツィルは今頃なにをしてるんだろう? ダリエルの息子のグランとでも遊んでるんだろうか?
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