303 ダリエル、またしても四天王と戦う
「……無理強いはしないんじゃなかったのか?」
申し出を拒否されたから戦いで決めようとか。
アレか?
勝ったら何でも言うこと聞けと言うヤツか?
そんなこと男とやっても何も楽しくねえ。
「力づくで従わせようというのではない。どうせキミに勝つなど無理だろう?」
「自分の実力は弁えているというのか?」
「私が意図するのは、私の覚悟、私の決意を戦い通じてキミに知ってもらいたいということだ。人の偽ることのできない真情を伝えるに、命を懸けた戦いほど効率的なものはないだろう」
和解を目指している割に、高度に戦闘民族的な理屈だった。
「……俺はかつて、ゼビアンテスやバシュバーザとも戦ったことがある」
今、目の前にいるベゼリアを含めて一時期を風靡した四天王の面々だ。
「どっちにも圧勝したがな。ヤツらと同格であるお前が俺に挑んでも万に一つも勝ち目はない」
「いちいちわたくしを引き合いに出さなくてもいいのだわーッ!!」
上空でゼビアンテス当人が抗議してきた。
いついかなる時も黙っていられない女だ。
「無論承知の上だよ。なにより勝って当然の戦いでは私の決意を伝えることはできない。困難な障害は叶ったりだ」
そしてこっちも引き下がらないなあ。
情熱に燃えるのはいいことだが、オッサンがそれに付き合わされるとなると堪らない。
「仕方ないなあ、どうしてもっつーならやるけど……?」
周囲からも、侮蔑というか嘲笑の声が聞こえてくる。
「村長に挑むなんて……、本気かあのブサイク?」
「リゼート将軍ですらまったく歯が立たなかったのに……」
「四天王とは言えベゼリア風情が敵う相手じゃないだろ? 何しろアランツィル様の息子だぞ!?」
「ダリエルはもうオレたちの理解できる領域にはいないんだよ。本当に魔王様にもっとも近いところにいるんだよ」
ともう俺の圧勝ムード。
かつて落ちこぼれ下級兵だのオッサン村長だの蔑んでくれた過去はどこへやら。
誰もベゼリアが俺に勝つなんて夢想だにしていない。
善戦するとすら思ってない。
……まあ実は俺自身もそう思っているんだが。
四天王ベゼリアの戦闘スタイルは既に割れている。
『濁水』の称号に相応しい、不動と粘縛を主体にした水の力。
みずから果敢に攻めるのではなく相手が向こうから押し寄せてきたところで足元を掬い、底なし沼へとはめ込んでいく。
いわゆる罠を張ってハメていくタイプの戦法だ。
その恐ろしさはついさっき商会長のリトゲスがその命をもって教えてくれた。
一度ハメれば実力的に格上だろうと仕留めうる、非常に恐ろしい戦法ではあるが、だからこそキッチリとした対処ができれば脅威ではないという反面もある。
どちらにしろ正面から正々堂々という戦い方には不向きな流儀だが今、俺とベゼリアが正面から向かい合っている以上そういう戦いになるしかない。
実力的にもこっちが大きく上回っているのに加え、相性の面から見ても俺が断然有利ということだ。
こんなに有利な戦いをしていいものかな? と申し訳ない気持ちになってしまうが、挑まれたからには受けなくてはならない。
彼が戦って満足するというのなら、受けてやるのが年長者の度量というものだろう。
そういやベゼリアって俺より年下なのか?
たしかグランバーザ様引退直後の四天王の中では最年長だったはずだが……。
……などと考え事をしていたのが俺の何よりの油断だったであろう。
気づいた時には、目前まで距離を詰められていた。
直前にベゼリアの暑苦しい顔が。
「不意打ちで卑怯などとは言うまいよね?」
「くッ!?」
振り下ろされる手。
ベゼリアの五指が鉤を作り、熊手のようになって俺を斬り裂かんとするが、すんでのところで後ろへ飛び下がってかわす。
体に傷はつかなかったが、ギリギリのところで衣服の布一枚斬りられた。
あの指……いや爪か?
魔力を込めていたか。
「曲がりなりにも真剣勝負だ。付け入る隙があれば即刻攻め入るのが常道。まさか『よーいドン』で始めるつもりではなかったよね?」
「……ああ、お前が正しい」
しかしなんだ今の踏み込みの速さは?
アランツィルさんか……そこまで行かずとも一流冒険者並みの動きだ。
白兵戦が得意でない魔導士がここまでの動きを!?
「ならばこちらからだ!」
俺もまたヘルメス刀を展開させて斬りかかる。
ヤツら水の魔導士に有効なオーラ特製はスラッシュ(斬)。
瞬速と鋭利さによって不定形の水を斬り裂くのが必勝法だ。
ベゼリアがどんな水魔法で対抗してきたとしても、諸共斬り裂く!
そのつもりで振り下ろしたが……。
「甘いよ」
袈裟懸けに斬り裂いたかと思ったベゼリアが唐突に輪郭を失い、ドロドロに崩れ落ちた。
「水で作った分身か……!?」
「粘性の高い液体は、こういう使い方もできるってことさ」
側面から襲い掛かる本物。
再び爪攻撃をすんででかわす。
「またよけたかい? 用心深いことだね、まあそれが正解なんだがね」
ヤツの言わんとする意味は理解できていた。
ヤツの爪攻撃を俺は紙一重でかわしている。おかげで着ている衣服が多少破れる程度の被害で済んでいるのだが……。
その破かれた衣服が、断面から少しずつ腐れ落ちている……!?
「魔力を腐毒に変える……。これも水の魔力の一種か……!?」
「濁った水は、すべてを土に還す腐食の源だからね。相手が生物であればなおのこと効果は絶大だ」
敵の体に引っかき傷でもつければ、そこからジワジワと腐食させて時を追うごとに有利になる。
まさに俺は、今のところ紙一重で助かっているというわけだ。
「しかし……、せっかくマリーカが縫ってくれた服が……!」
この野郎殺したい。
そう思いたくなるほどの、想像以上の難敵だった。
四天王『濁水』のベゼリア。
染み込む水のようにジワジワ浸食する従来のイメージそのままに、真正面からの肉弾戦でここまでの勇猛果敢さを発揮するとは。
すんなり終わると思っていた自分自身をこそぶん殴りたい。
村長生活で長く実戦から離れ、危機本能が鈍ったか?
「本当なら一瞬で終わっていたろうね。さすがオーラ使いの人間族だけあってキミの身体能力は私を遥かに上回る。それでもなんとか食い下がれているのは、既にキミが『囚牢粘縛』のただ中にいるおかげだ」
……。
そうか。
ついさっきから戦場となっている平地一帯を覆う水。
足首まで浸す程度の浅さでしかないが、それでも数千人といるこの場に集った全員を収めるほど広範囲に張った水は、ベゼリアが仕掛けた非常に厄介な魔法だった。
この水は一見澄んだ浄水のようでいて、その実は恐ろしい効果を含んだ魔法の液体だ。
激しく動かせばその分粘度を増して暴れる相手にまとわりつく。
最終的には四肢の自由を奪い、酷ければ口鼻を塞ぎ呼吸を封じて窒息死させる。
そこまで行き果てて天に召されたのがリトゲスだ。
俺もこの『囚牢粘縛』の中に入る以上、動けば動くほど足元を浸す水の粘度が上がって動きを阻害される。
方や、魔法の主であるベゼリアが自分の術で制限されるはずがない。
薄く張られた水の上を滑るように跳ね、むしろ通常より動きの機微さが上がっている!?
「『囚牢粘縛』によって動きを阻害され、『腐毒爪』でかすり傷も許されない。この状況をいつまで支え切れるかな!?」
息つく間も与えず猛攻を続けるベゼリア。
コイツはわかっている。
本来、敵と自分とに埋めがたい絶対的な実力差があることを。
だから一瞬も気を抜くことなく攻め続け、相手に攻勢に転じる隙を与えない。
一度でも攻守が逆転すれば、二度と挽回できないことをわかっている、この男は。
「『囚牢粘縛』も『腐毒爪』も、ギリギリのところでキミを封じる役目しか果たしていない。一瞬の気の緩みが即、死に繋がる。私はけっして油断はしない!」
そう、この男は油断していない。
これまで戦ってきた四天王の中でまったくいないタイプだった。
バシュバーザもゼビアンテスも、俺のことを無力な最下級兵士と思い込んで完全に舐め腐っていた。
だからこそ一気呵成に制圧し、圧勝できた。
ベゼリアに対してそれができないのは、ヤツこそ自他の戦力差を冷静に分析して、勝機を託せる唯一の経路を割り出しているからだ。
ここまで気の緩みなく、勝利に対して貪欲になれる四天王がかつていただろうか?
俺を魔王軍から追放した時期の四天王……。
バシュバーザ、ゼビアンテス、ドロイエ、そしてコイツ……ベゼリア。
彼だけが一等群を抜いて他とは違う。
まるで別種の生き物のようだ。
不覚にも俺自身、実際に手合わせしてみるまで気が付かなかった。
この『濁水』のベゼリアこそ四天王最強だ!!
「こらー! ダリエルのバカ何を手こずっているのだわ!? アンタが簡単に勝たなかったら、まるでベゼリアのヤツがわたくしより強いみてーなのだわ!!」
煩いゼビアンテス!
実際そうなんだよ!
少なくともベゼリアはお前より遥かに強いんだよ!!






