302 ダリエル、秘密を明かす
「……ダリエル、お前は何を知っているんだ?」
我が親友リゼートがヨロヨロと立ち上がる。
俺との戦いで負ったダメージも段々回復してきているようだ。
「お前ができるヤツだってのは知っているが……、それでも今の物言いは、私たちの想像に収まる範囲のものじゃない。……一体お前は、どこまで先へ行ってしまっているんだ!?」
どこまで、と程度を問われれば……。
……世界の真実まで?
「魔族が持つ魔法の力は、魔王様が与えたものだという。だからこそ魔族は魔王様を敬愛し、神のように崇め奉る」
「それは、そうだが……!?」
「対して人間族の持つオーラの力は、闘神という超越的存在がもたらしたものだという。魔族に魔王様、人間族に闘神、二つの種族には二つの超越的存在が関わっているかのように見えるが……」
実は違う。
「それらは一つの存在だ」
「一つ……!?」
「魔族に魔法を与えたのも、人間族にオーラを与えたのもまったく同一の存在によって。つまり人間族が闘神と呼んで崇め奉る存在は、魔王様のことだ。呼び名が違うだけでまったく同じ方なのさ」
俺が告げた事実に、かつてない衝撃が巻き起こる。
それは大挙する魔王軍だけでなく、俺に引き連れられてきたラクス村の冒険者たちも同様だった。
「闘神が魔王……!?」
「何言ってるんだ村長? 頭のネジが飛んじまったか!?」
まあ予想していたリアクションだが、そこまで可哀想な子を見るような目で見られるとは。
それぐらい突拍子もないことなんだよな、俺の言っていることって。
受け入れられなくても仕方がない。
「ダリエル村長……!? キミは……! キミは何を言っているんだ……!?」
震える声で話に加わってきたのはベストフレッドさん。
彼も回復したか。
「冒険者ギルドにとって闘神とは侵しがたい神聖な存在。それを魔王などと同一視するなど、査問を受けてもおかしくない行為だぞ!?」
「俺ももう何年と人間族の社会で生きてきたから、そちらの常識もしっかり学んだつもりです」
人間族にとって闘神がいかなる存在かも充分弁えている。
まして真実が判明してからより一層闘神について調べあげもしたからな。
だからこそ言う。
「しかし事実です。闘神とは、魔王様の別の呼び名に過ぎない。いや『魔王』という呼称すらもあの方にとっては仮のもの。……あの方の真の名は主神オージン。この世界の創造主にして、あらゆる生命の生みの親」
辺りが沈黙に包まれた。
俺の提供した情報を飲み込み切れず、どう処理していいかわからないで思考停止していると言った雰囲気だった。
「オージンの目的は、自分自身が生み出したこの世界で自分を超える存在を作り上げることだ。だからこそ生命が互いを鍛え合うために争い合う状況を用意した。みずからが魔王として君臨し、それに敵対するグループと守護するグループとに分ければ、おのずと戦乱は出来上がる」
それが今ある世界の形。
微妙な変化はあるが、基本はその形から逸脱することなく数百年と続いてきた。
「戦いが続けば、双方の技と力は磨かれてより高まる。そしていつの日か自分自身の領域に達することを魔王様は……いやオージンは待ち望んでいるんだ。それがあの存在の在り方なんだ」
「ちょっと待て……! ではこういうことか……!?」
親友リゼートは、震える声で言う。
「この世界は、一切合切何から何まで……魔王様にとって仕立て上げられたものだと。魔族たちだけじゃない、人間族……魔王様を害そうとする勢力まで、筋書き通り……!?」
「筋書きどころか、丸ごとあの御方が用意したものだ。人間族と魔族という振り分け自体あの御方が勝手に決めたもの。元々二つの種族に違いなどないんだから」
人間族と魔族。
そもそもは同じ人類で違いなど何一つない。
その同一種族に魔力を与え、オーラを与え、明確たる違いを追加したのは神自身だ。
そのために魔族と人間族は元は同じであるにも拘らず別種に見えるほどまで枝分かれしてしまった。
すべて創造主の思いのまま。
まあ、あの御方が創った世界なのだから、自分が作り上げたものを思いのままにするのは当然なのかもしれないが。
「人間族の勇者が攻め、魔族の四天王が守る。その攻防によって争いが起き、争いが互いを鍛え合う。それがあの御方の狙い……!」
我ながらペラペラ喋っているなあとは思う。
今俺が、誰彼かまわず明かしている真実は、数百年……いや下手したら数千年と明かされなかった秘密。
それが世界に広く伝われば、この世界の在り方そのものが大きく変わりかねない。
しかし俺はかまうことなくありのままを告げる。
「そんな、そんなバカなことが……!?」
「おい間に受けてんじゃねえよ。全部アイツの出まかせかもしれないじゃねえか……!?」
「それでもダリエルが言うと、なんか説得力が……!?」
魔王軍、冒険者に関わらず動揺が収まらない。
戦乱の熱狂よりもなお鳴動する混乱と騒めき。
「他の者の言葉ならここまで大きな反響にはならなかっただろう。キミが言うから誰もが真剣に受け止める」
状況を総括するかのように口を開いたのは、色々な元凶というべき『濁水』のベゼリアだった。
「キミは本当に、我々の想像を超える遥か先まで進んでいるのだな。そこまで世界の真実に迫るとは。そしてもう一つわかったことは『世界の真実』と『魔王』は同義だということ」
「そうかもしれない」
この世界の中心に、核心に近づけば近づくほど……。
魔王……闘神……主神オージンという存在に近づくことになる。
「そしてそのことを知るキミこそ、もっとも魔王様に近いところにいる男なのかもしれないな。ますますキミへの畏敬が強くなったよ」
「…………チッ」
「え? なんで舌打ち?」
『もっとも魔王に近い男』。
かつての地獄の主ドリスメギアンが冠していた称号を俺が引き継ぐことになろうとは。
まあ、アイツ亡き今、たしかにこの世界でもっともあの御方のことを知るのは俺なのかもしれないが……。
「俺の言いたいことはそういうことじゃない。ただお前たちに対して知識自慢したいわけじゃないんだ」
つまり何が重要なのかというと……。
「この世界から争いがなくなって一番困るのは魔王様なんだ。この世界で自分を超える存在を作り上げるという目的が頓挫する」
そして名実ともにこの世界の主であるあの御方の意に染まぬということは、この世界でもっとも許されないことでもある。
……ってことだ。
「魔王様は、心底ではお前の計画に賛同していないということだ。ベゼリア。俺はそのことを納得してもらうために言わんでいいことをわざわざ説明した」
「……」
告げられたベゼリアの表情は、それこそ濁った水の奥底のように読みがたい。
「お前の構想がまだ夢物語である段階じゃ、あの方も強いて横槍は入れてこないだろう。何のかんの言って俺たち人類に期待を寄せている御方だ。その人類が萌芽させようとするあらゆる可能性に期待し、愛でんとするのがあの御方だ」
しかし夢物語がいよいよ実現する兆しを見せれば、超越者と同じ土俵に立ったと判断されて敵対の対象となる。
きっと容赦なく潰されることになるだろう。
「だからお前の夢が叶うことなどないんだ。この世界は争い合うためにあるのだと創造主が決めている。それに逆らうことは、あの御方を敵に回すことだ」
俺はそんな世界の在り方に対して達観する立場をとった。
この世界の主に率先して従順になることもなければ、反逆することもない。
幸い神は、この世界に生きるすべての者たちに戦いを強いていない。あくまで戦いを望む者だけに戦いを求める。
そういう風にこの世界はできている。
俺はそんな緩さに全力で乗っかって、順風満帆で穏やかな一生を過ごしたい。ただそれだけだ。
同じ『魔王にもっとも近い男』でも、反逆しているように見せかけてもっとも世界の主に従順であったドリスメギアンと対極と言うべき。
それが俺の生き方だ。
「お前も、大それた夢を見るよりは足元を固めて、自分に与えられた役目をまっとうするのがいいだろう」
四天王の職に忠勤し、最後まで勤め上げればそれ相応の後継に相続させられる財産と、死後にも遺る名誉が与えられる。
それに満足する一生も充分ありだと思うけど?
「…………きっとダリエルくんは、魔王様の恐ろしさが身に沁みているのだろう」
ベゼリア、独り言ともつかない語気で呟く。
「この私などよりずっとね。多くの者が想像で察するしかない、いや想像ですら賄いきれないほど凄まじい魔王様の真の力をキミは知っている。そんなキミからの忠告だから従うべきなのだろう、……しかし」
しかし?
「私にだって意地がある。一度掲げた理想を、戦いもしないまま引っ込めるなど男のすることではない。とは思わないかね?」
「意外と泥臭いことを言うんだな」
「それはそうさ、何しろ私の称号は『濁水』だからね。泥臭くもあろう」
上手いことを言ったつもりか。
「何と言われようと俺はお前に付き合って魔王様に挑戦する気はない。俺は静かに穏やかに、家族だけを大事に一生を過ごしたいんだ。大望なんて抱くにはオッサンになりすぎたのさ」
俺の三十代ももうすぐ終わる。
夢見る時期はもう終わって、あとは家族のために使う残り時間だ。
益々ベゼリアの大勝負に付き合う謂れはない。
「かといって私も『はい、そうですか』と引き下がれる立場ではないのでね。ここは何としてもキミに翻意してもらうため、私も全力を尽くすとしよう」
「何をすると言うんですか?」
ややウンザリしがちに俺は問う。
こっちも生活が懸かっている以上何されても動じる気はないんだが。
さっさと諦めてお帰りになりませんかね?
「こちらの覚悟を示すに、もっとも効果的な手法はただ一つ。戦いさ」






