301 四天王ベゼリア、追い求める
四天王ベゼリア。
コイツが、このような構想を抱いていたとは。
人間族と魔族の和解。
そんなことを目指す四天王が、これまでいたかどうか。
「一体いつから……!?」
「考え自体は割と最初からだよ? ただしこの不才の身。理想を現実に移すにどうすればいいかもわからず、徒に時を過ごしていた」
その間に発生した勇者レーディによる魔王襲撃。
「あの事件を機に、我が同期たちは一斉に四天王の座を追われたが、私自身もまた本当は職を辞すはずだった。魔王様の御前に呼ばれてね。『申し開きはあるか』と問われたよ」
それは実質上の罷免勧告。
上手い言い逃れができなければ即座に今の座から叩き落とされる。
攻めくる勇者から魔王様を守ることこそが四天王の責務だから、それを果たせなかった人材に四天王でい続ける謂れはない。
ということで当時のベゼリアは崖っぷちにいたことは察するに余りある。
「言い訳のしようもない。私は失職を覚悟したよ。ならばどうせと思って魔王様の前で披露したのさ。私がかねてから抱えていた構想をね」
人間族を魔族と和解させ、それをもって勇者の襲来を未来永劫なくす。
「この構想を実行しえないまま四天王から去ることが残念だ。そして実行の糸口すら見出せなかった我が身の無能が呪わしいと……。私としてもヤケであることに変わりなかったが、奇跡は起きたよ」
ベゼリアのバカげているともいう構想に、魔王様は興味を示したという。
――『ふ~ん、ならやってみたら?』
それが魔王様のお言葉だったという。
「その一言で私が四天王の座に留まり続けることが決定した。それだけでなく四天王筆頭という過分の地位もいただき、手にする権力も格段に増した。力が増すということは、できることも増えるということだ」
そしてそれだけでなく、魔王様はベゼリアに重大なヒントすら与える。
――『キミの夢は、キミの独力じゃ到底叶えられないでしょう? 実際今まで手をこまねいていたわけだからね』
――『だから強力な協力者を紹介してあげるよ。……いやシャレじゃないよ?』
――『ここ最近起きた出来事を、丹念に洗い直してみな? きっと一人の人物が浮かび上がってくる』
――『彼を見つけ出して共感させるぐらいできなければ。とてもそれだけの大事は成せないよ?』
と。
「魔王様から与えられたヒントを受けて、私は八方手を尽くして調べ上げた。その結果わかったことは、ここ数年に起こった重大事の多くが、このミスリル鉱山を起点にしていること。それからキミの存在だダリエルくん」
と俺へ視線を向けてくる。
「キミの影は随分前から察知していたよ。ゼビアンテスに入れ知恵してラスパーダ要塞の警備を強化していたのはキミだろう? キミのやり口を覚えている古参兵士は多くいてね。噂話はよくこの耳に入ってきていた」
「それで、俺とミスリル鉱山を繋げたと?」
「縋るような一縷の望みさ。それを手繰り寄せんと、手に入れたばかりの四天王筆頭の権力を総動員し、今回の出兵を実現させた」
もはや執念めいた話だな。
彼の話を総合すれば、結果、彼は見事賭けに勝ったということになる。
この俺を引っ張り出すことに大成功したのだから。
「ここまで大騒ぎしてまですることかね? ネズミ一匹を追い立てるのに山を鳴動させるようなものだ」
「それは謙遜というものかな? 自分をネズミに見立てるなど」
いやいやマジで。
魔王軍を動員し、あわや魔族と人間族の全面衝突に至りかねない今回の挙は、根源的な目標を台無しにしかねないものだ。
ベゼリアは間違いなく通常の四天王にはない視点と抗争の持ち主ではあるが、どうにもすることが危なっかしい。
「それだけキミの助けを欲しているということだよ。熱意の表れと受け取ってほしい」
「暴走する熱意ほど怖いものはないぞ?」
「しかしリスクを冒した甲斐はあったというものだ。ダリエルくん、キミは私が想定するより遥かに有用な人材だった」
ベゼリア、熱に浮かされるように言う。
「四天王補佐として培った有能さは言うに及ばず。人間族という真の出自は、二種族の懸け橋となるに相応しい。さらにミスリル鉱山という、人間双方にとって掛け替えのない重要拠点を抑える。これでもうキミの一挙手一投足は誰も無視できないものとなる」
いやいや、そんな。
俺などしがない村長にすぎませんよ。買い被らんでくれ。
「私一人ではどうしようもなかった人魔和解の大望も、キミの助けがあれば実現できる。……人間族は、魔王様を倒すなどというバカげた夢を捨て、共に偉大なる御方を崇め奉る側へと転向するのだ……!」
それがベゼリアの思い描く理想の世界。
「そして魔族人間族は共に魔王様の恩恵をいただき、争うことのない平和な世界を築き上げる。力を合わせて発展し、争いによって生み出すことのできない新世界を見出すのだ」
「……敗者のいない世界か」
「そう、誰もが勝者となる世界だ」
……。
周囲はただ静かだった。
ここには俺とベゼリアだけではなく、数千人という人員が取り囲んでいるというのに。
そのほとんどは『ミスリル鉱山奪回』という名目で出兵してきた魔王軍の兵士たちであったが、思いもよらない展開に皆考えが追い付かず呆然とする外ない。
それは階級による違いもなく、さっきまで俺と衝突していたリゼートや、新人四天王たちもただひたすら目を白黒させるばかりだった。
「ベゼリア、アンタ……!?」
さらにこの場に居合わせた一人で、彼の元同僚でもあるゼビアンテスが言う。
「アホみてーな面して、そんなこと考えてやがったのだわ!?」
「アホならキミの方が段違いだよね?」
たしかに。
「さあダリエルくん、改めてお願いしよう。ヒトと魔の新しい時代を築くため、私と手を取って、この難事業に挑んではくれまいか?」
「嫌だと言ったら、このまま兵を動員してミスリル鉱山を落とす?」
「そんなことはしないよ。酷い勘繰りだな?」
俺のぶつけてくる皮肉にベゼリアはタジタジとなって……。
「あくまで、この出兵はキミにお出ましいただくための呼び水に過ぎない。仮にキミと再会することが叶わなければ、寸前で馬首を返し撤兵していたさ。人魔種族単位での全面衝突なんて私のもっとも避けるべきところだ」
「掲げているお題目からすればな」
魔族と人間族の和解か……。
そんなことが実現したら本当にいいだろうなと思う。
俺だって二つに分かれた勢力が永年に反目し合う、今の状況が好ましいなんてまったく思わない。
争い合うよりは平和である方が絶対にいい。
と思うにしてもだ。
「キミがどのような返答をしたとしても、無理強いはしないと誓おうではないか。それで、キミの返答は?」
「悪いがノーだ」
という俺へ、あからさまな落胆の気配が押し寄せてきた。
しかもそれは明らかにベゼリア一人だけの発したものでなく、周囲数千人分の気配が落胆一色となっている。
なんだ? ここにいる全員が期待していたというのか!?
「いやいや待って待って。聞いて」
俺も別に意地悪で拒否したとかじゃないんだ。
深い事情があるんだ。
「たしかにベゼリアの掲げる理想は崇高だ。そんな世界が実現したらどんなによかろうかとも思う」
「では何故……?」
拒否するのか、というベゼリアの問いかけ。
「そんな世界をもっとも望まないのが魔王様だからだ。あの方こそが争いを望み、この世界に争いをもたらしている」
「断言するね、どうしてキミにそんなことがわかるんだい?」
「無論、ご本人から直接窺ったからだ」
俺のその言葉に周囲がドヨドヨ騒めく。
それもそうだろう。俺の魔王軍時代の役職は四天王補佐。階級に至っては最下の暗黒兵士に過ぎなかった。
とても魔王様への直言が許される立場じゃない。
そんな俺がどうして魔王様の胸中を推し量れるのか、と。
「ベゼリアよ。そしてこの場に集う魔王軍の兵士たちよ。お前たちは知っているはずだ。お前たちが崇め奉る魔王様の偉大さを」
しかし違う。
「魔王様は、お前たちが思い描くよりもずっと遥かに偉大なのだ。そして万能ですらある。その魔王様が争いを望むのだから、この世界に争いはなければならない」
俺はわけのわからないことを言っているだろう。
少なくとも周囲の連中にはそう聞こえるはずだった。
余人には理解しえないのが超越的存在。
つまりそれが魔王様だ。
俺の真意を伝えるためには、まずそこから語っていかなければならないってことだろうな。






