29 マリーカ、ダリエルと一緒に入浴する
「本当にすまなかった」
頭を下げてきたのはギルド幹部の人だった。
どうやらキャンベル勢の狼藉を止められなかった謝罪らしい。
「彼らを呼び込んだのは我々だというのに、制御が足りなかった。我々の目の届かぬところで、こんな勝手なことをしていたなんて……!」
と言うことを謝ってくるのだ。
小さく貧しいラクス村の、一冒険者に過ぎない俺に向かって。
「当事者である冒険者たちはもちろん、キャンベル街のギルド支部にも責任を取ってもらうつもりだ、厳しい処分が下るだろう。それをもって今回の手打ちとしてくれないか?」
「いやいや、そんな……!」
ギルド幹部さんの態度があまりにも仰々しいので、逆に俺が恐れ多くなった。
「別にこちらのことを気遣ってくれなくていいですよ。そちらの方が偉いんですから、そちらの規則にのっとって処理してくれれば……!」
「そういうわけにはいかない」
ギルド幹部さんはいまだ畏まっていた。
「これからの事業に、ラクス村の協力は必要不可欠だ。つまらんことで信頼を失うわけにはいかない」
偉いわりに気配りを大切にする人のようだ。
「特にキミからの信頼をな」
「は?」
「こちらに赴任してまだ短い間だが、それでも充分にわかった。キミが事業の要だ。ミスリル鉱山を取り戻したのも、亜人種の信頼を得るのも、魔族との小競り合いまで解決したのも皆キミの手腕だ」
改めて頭を下げる、俺に。
「キミが大切にしているラクス村に最大限敬意を払おう。だからキミも我々に協力してくれまいか? 共に栄える未来を……!」
なんかビックリするほどの持ち上げっぷりだが……。
……そんなに?
「ダリエルくんが、すっかり村の代表だな……!」
横から声をかけてくるのは、真に代表たるべき村長さん。
「すっ、すみません! 下っ端の俺が出過ぎたマネをして……!」
「いいのだ、どっちにしろキミに動いてもらわないと。ワシじゃどうにもならんからね。ダリエルくんこそ、新たなる村の代表かもしれんな」
いや、そんな持ち上げられても……!
「街の生意気野郎どもを打ちのめしたのもアニキだからな! アニキは村の守り神だぜ!!」
と言ったのはガシタだった。
コイツもしっかり俺に従順な舎弟に!
「ダリエルくん! これからも頼むよ!」
「ダリエルくん、村のためにもどうか!」
「アニキ! 尊敬してますぜ!」
皆で寄ってたかって俺を持ち上げるのだった。
違和感とむず痒さが半端ではない。
『何故よりにもよって俺なのか?』と。
俺は本来見下される側の人間だった。
魔王軍では魔法の使えない魔族として、常に最下位であり、誰もが俺を見下したものだった。
最終的には追放された。
その末にたどり着いたラクス村で、俺は真逆の扱いを受けている。
皆が俺を必要としてくれる。
それが嬉しいことではあるが、同時に意外で、困惑することでもあった。
◆
「はあああ……!」
とにかく一件落着したその日の夜。
俺は風呂に入った。
たくさん働いた日には風呂に入って疲れを洗い流すのだ。
ラクス村の風呂は蒸し風呂。
蒸気の充満した部屋に入ってたっぷり汗を出したあと、垢を掻き落として水を浴びる。
すると物凄くさっぱりする。
温熱によって疲労した体をそのままベッドにもぐりこませれば、ぐっすり眠れて翌朝には元気いっぱいに目覚めることができる。
サウナ風呂は、ラクス村に来て衝撃を受けた体験の一つだった。
しかし今、そのサウナ風呂に入って俺はさらに衝撃的な体験をしている。
同席の人がいる。
サウナは村共同の施設で、場合によっては居合わせた何人かと一緒に使うことがあるが、今日は俺とあと一人だけ。
その一人が問題だった。
大いに問題だった。
何故なら、俺と一緒にサウナに入って二人きりなのは、マリーカだったからだ。
「はー、暑い……!」
村長の娘。
森で初めて出会い、俺を村に連れて来てくれた彼女。
「アタシってサウナ苦手で……。我慢できずにすぐ出ちゃうんです。こんなのに長いこと入る人って相当痩せ我慢なんだなー、って思ってるんですけど、そうでしょう? 先に出た方が負けとか思ってるんでしょう?」
「ははは、どうかな?」
俺は今大いに当惑している。
サウナ風呂に、異性と一緒に入っていることを。
大事なことだから改めて断言しておく。
俺は男。
マリーカは女。
異性が一つの風呂場に二人きり。
当然服は着ていない。
互いにタオルで、頼りなく体を隠すのみだ。
これまでこんなことなかった。
一緒に風呂に入るのは常に同性のみ。時間を決めて、交代して男女別々に利用する。
それなのに何故今日に限って!?
「今日は、是非お礼をしたくて……」
「お礼?」
「ダリエルさんは、村のためにたくさん頑張って、働いて、戦いもして……。だから少しでも労ってあげたいと、背中を流しに……」
「そうですか……!?」
えええええ……!?
蒸し風呂なのに!?
「ご迷惑でしたか?」
「いえいえいえいえいえッ!? とんでもないッ!?」
そこまで好意を示されて拒絶するわけにはいかない。
「……本当は、不安だったんです」
「え?」
「ダリエルさんは、本当に凄い人です。出会った時からそう感じていたけれど。実際に活躍して、皆もどんどん認めている……。だからアタシ、心配になって……」
そういえば、村長さんにも言われたことがある。
『キミほどの実力があれば、もっと大きな街のギルドで伸し上がることもできる』と。
その時マリーカも同じ場所にいて、同じセリフを聞いていたはずだ。
彼女は、あれからずっと不安がっていたのか?
俺が評価されて別の場所へ羽ばたいていくのを。
「すみません。ただのアタシの我がままですよね? ダリエルさんは、自分の実力に見合った場所へ登っていけるっていうのに。ここにいてほしいというのはアタシの我がまま……」
「そんなことはない」
俺は、力強く言った。
「俺はどこにも行かないよ。出世なんか興味ないし、何より俺はこの村が好きだ。どこにも行き場がなかった俺を受け入れてくれたこの村が……」
生涯この村で過ごすことができれば、どんなにいいかと思う。
今さら別の場所で自分自身を試す気にもならない。
「嬉しい……。でもダリエルさんは優しいから、アタシを傷つけないために優しいことを言ってくれているのかもしれない。不安なんです。アタシの勝手な思い込みだけど、不安で……!」
頭がくらくらする。
体中が熱く感じるのは、サウナの高温のせいだけではない。
マリーカは立ち上がった。
素裸にタオルを巻いただけの、頼りない格好で。
「だから、証が欲しいんです」
「証?」
「言葉だけじゃなく、ダリエルさんがどこにも行かないって言う、たしかな証拠が……」
パサリと、何かが床に落ちた。
それはタオルだった。
マリーカの体に巻かれたタオル。
それが床に落ちたということは……。
今のマリーカは……!?
「ダリエルさん。証をくれませんか? アタシの、この体に……!」
一糸まとわぬ裸体のマリーカが、俺の目の前に立っていた。
◆
そのあとのことを詳らかに語るのは野暮だろう。
俺はまた一つ、ラクス村にい続ける理由を得たということだけ言っておく。
そして俺はさらに時間を掛けていくことで。
益々ラクス村の住人となっていくのだった。






