02 ダリエル、人間の村に着く
俺が救った女性は、推測通り人間族だった。
拾ったナイフもやっぱり彼女の持ちものらしい。
「本当にありがとうございます!」
女性、全力で俺に迫ってくる。
「恩人です! アナタが来てくださらなかったらどうなっていたか! きっとアタシは猿にゲヘへなことをされていたに違いありません!!」
何を想像しているの?
さすがに猿だよ?
「どうかアタシの村に来てください! ちゃんとしたお礼がしたいので!!」
しかし俺は無職となって絶賛放浪中の身。
しかも敵である人間族の住み処に行くのはどう考えても危険すぎる。
「さあどうぞ! 一緒に来て!」
「うごごごごごご……! 引っ張らない! 引っ張らない!?」
凄い力だった彼女。
なんでこんなに力強くて猿に負けそうになってたのか? ってぐらい。
俺も放浪で体力消耗していたので抗いきれず、ついに彼女の思うがままとなってしまった。
そして移動。
到着。
◆
村があった。
言うまでもなく人間族の村。
「ここがキミの住んでる村?」
「そうです! ラクス村です!!」
彼女は元気溌剌に言った。
本当にここ、人間族の勢力圏だったのか。
絶望に駆られていたとはいえ、よく遠くまで歩いてきたもんだ。
故郷、魔族領は過去と共に遥か彼方か……。
「こっちに来てください! アタシの家があるので!!」
そして彼女はグイグイ来るなあ。
バイタリティの塊だ。
「両親に会わせたいので!」
何言ってんのかな、この娘。
俺はとんでもない流れに身を任せているのではなかろうか?
しかしここで慌てて逃げようとしても、ガッチリ手を掴まれて逃げられない。
俺はズルズルと引きずられて行き……。
「父です」
「母です」
なんか対面させられた。
抗いようのない運命のうねりを感じた。
「娘を助けてくれたそうで、本当に感謝いたします。こんなじゃじゃ馬でも、ワシらにとっては大事な娘ゆえ」
父、娘、母の並びでテーブルを挟んで向かい合う。
何だろう、この緊張感?
「あの……、名乗るのが遅れましたけど、マリーカと言います」
俺が森で助けた女性が、おずおず言った。
改めて見ると若くて美しい。
村娘らしく簡素な服装、日常やつれがところどころに見えているものの、それが家庭的な印象となってむしろ好ましい。
こんな女性に日々『おかえり』と言って貰えたらどれほど安らぎかという。
……ん?
いやいや……。
「それであの……、アナタのお名前も……?」
「ああ」
シラを切ってもアレなので答える。
「ダリエルです」
俺は何故あの場にいたのかも含めて一から説明することにした。
ここは人間族の村だ。
つまり俺が元いた魔王軍とは仇敵。
人間は、魔王様を殺すために勇者を送り込む。
魔族は、魔王様をお守りするため魔王軍を組織して勇者を迎え撃つ。
そんな関係だ。
言わば、ここは敵地。
俺にとって。
だからこそ『俺が魔族だ』という一点のみを隠し通すため、それ以外は包み隠さない作戦にした。
俺は上手いこと魔族と魔王軍のことはぼかして、『以前勤めていた仕事をクビになって路頭に迷っている』ということだけを伝えることに成功。
「それで森の中を彷徨って……。災難でしたなあ」
「なんて酷い! ダリエルさんは強くて凄いのに! きっと二代目のボンボンが、ダリエルさんの有能さに嫉妬して追いだしたに違いないわ!!」
何か知らんが我がことのように怒ってくれるマリーカさん。
「ダリエルさん! そう言うことなら、この村に住んでください!」
「ええッ!?」
「行く当てがないんでしょう!? 寝起きするのは私の家で! 無駄に広くて空き部屋はたくさんありますから! いいでしょうお父さん!?」
素晴らしく強引にことを進めるマリーカさん。
そのお父上は、娘の暴走を止めることなく……。
「そうだなあ、ウチの村も慢性的に人手不足だし……」
乗っかった。
「森の獣を倒せるほどの人が村に居着いてくれるなら大歓迎だ。娘の言う通り、ウチには使ってない空き部屋がたくさんあるから好きに使うといい」
いや、そうは申されましても。
難しい申し出だった。
そりゃあ、魔王軍を追放された俺としては定住地が与えられるのは有り難い。
こっちからお願いしたいくらい。
しかし提案された定住地は人間族の村なのだ。
魔族である俺にとって正体がバレたら即、死に繋がりかねない危険な場所。
せいぜい一泊だけして速やかに立ち去べきなのだが……。
「……わかりました。お世話になります」
考え直した。
今の俺に、命などどれほどの意味があろう。
魔王軍を追放され、何もかもどうでもいいと彷徨っていた俺じゃないか。
そんな俺を必要としてくれる場所がある。
全力で応えるべきだろう。
「ですが俺は、前の仕事一筋で他のことは何も知りません。役に立てることがあればいいのですが……?」
その質問にマリーカのお父さんが答える。
「ならばダリエルさん。アナタには冒険者をやっていただきたいのだが?」
「冒険者?」
魔族の俺には親しみのない単語。
「ギルドに登録し、様々な依頼をこなす職業でな。ウチのような田舎村では田舎ならではの簡単な仕事しかないが、それでも一人二人いれば重宝する」
「なるほど」
では、その冒険者になるためには……?
「何、ちょっとした登録を済ませるだけだ。ちょうどいいからここでやってしまおう」
「え?」
「言い遅れたが、ワシはこの村でギルドマスターをやってましてな。もっとも小さい村だからギルド自体はなくて、ワシ一人で登録や依頼の手続きをやっとるだけですが」
マジですか。
とすると、本当に来てしまうのか?
人間族のギルド登録の儀式。
もちろん魔族の俺は詳しく知らないけれど、概要程度は知っている。
人間族が構築したギルドというシステムは人間族にしかない。
魔族が使う魔法を、人間は使えないこととバランスをとるかのように。
人間族は、ギルドに所属することで力を得て、魔法に対抗することができる。
そして魔族と互角の戦いができる。
魔族にとって、ギルドが放つ冒険者、その頂点に立つ勇者がどれほど厄介な存在か。
「あー、えー、その……!」
だが今は、もっと緊急的な問題がある。
『ギルドのシステムは人間族にしかない』と言ったばかりだが、それはつまり『人間族しかギルドに加入できない』と言うことでもある。
言い換えれば『魔族はギルドに加入できない』のだ。
パッと見で人間族と魔族にはそう違いはない。
その人間族魔族を容易に見分ける方法が、ギルド登録の儀式なのだ。
四天王補佐だった時代、上司の助けになろうとして人間側にスパイを送ったことがあったが、大体失敗した。
多くの密偵が、このギルド登録で正体がバレてしまったからだ。
その恐るべきギルド登録の儀式が、目の前に。
「…………」
できるだけ正体は伏せておきたいなあと思ったのに、いきなりバレることになろうとは。
ええいままよ。
一度は死んだと思ったこの身。どうなろうとこれ以下はない!
「よろしくお願いします」
「うむ」
マリーカさんの父親――、この村のギルドマスターでもあったが。
早速登録の儀式を始めた。
俺の指先にチクリと針を刺し、浮かんでくる血を何やら契約用紙に押し付けた。
すると俺の体に、何か不思議な力が流れ込んでくるような感じがした。
力はやがて俺の肌から肉へと染み込み、呼応するように何やら紋章が浮かんだ。
俺の手の甲に。
「これで登録終了じゃ。お前さんにはギルドの加護が与えられ、様々な恩恵を受けられることじゃろう」
「えぇッッ!?!?」
「え?」
俺は驚いた。
その驚きの声にマリーカさんのお父さんが驚いた。
よくわからないやりとりだが、俺は大混乱だった。
俺は魔族なのに。
何故魔族が人間族のギルド登録の儀式にパスできた!?
なんで?
なんで!?
色々と混乱が脳内で錯綜したが……、この疑問に対する明確な答えは、一つしか浮かんでこなかった。
「俺は……、人間だった?」
魔族ではなく人間族だった。
だから魔族では弾かれてしまう人間のギルド登録を受け入れられた。
魔族のくせに魔法を使えなかった俺。
それもまた。
俺が人間族だったからと考えれば説明がつく……!?