298 ベゼリア、現る
「食らえダリエル!『スプラッシュ・トルネード』!!」
急速なる水流の渦をまとってリゼートが迫る。
俺へ向かって。
『流水円環法』による最大攻撃技で、うねる水の中でそのものに敵を巻き込み、水中で窒息させながらもみくちゃに流され、最後には水圧と水流に全身千切られバラバラとなることだろう。
無論対処が必要だった。
そのために……。
「はあ……!」
「何ッ!」
結論から言ってリゼートの円水流が俺まで届くことはなかった。
俺自身も、自分を中心に渦巻く円の流れを作り出したのだった。
ただし俺の場合はオーラで。
噴出するオーラ作り出した還流に、リゼートの水の還流がぶつかって、互いに干渉しあう。
円と円。
上から見れば『∞』の図が出来上がっていることだろう。
そしてそれは俺自身の意図したことだった。
「これは……!?」
「そうだリゼート。俺の作り出した円流の回転方向は、お前の円流とまったく同じだ」
さすればどうなるか。
回転と回転は互いにぶつかり合うことなく、むしろ歯車のようにガッチリ噛み合って、互いの回転を加速させるのだ。
速い方が、遅い方を引っ張って。
「ぬああああああああッ!?」
「円流の回転速度は、術者の基礎力に影響される。オーラも魔力も、より強力な方が渦を速く回せるということだ」
それがどういうことかわかるか?
「ぐああああッ! おのれ! 渦を併せたからなんだとおおおおッ!?」
わからないか。
「回転は術者の力量によって限界速度がある、ということだ。別の誰かが作り出した渦と噛み合わされることで、限界速度以上に加速させられた渦はどうなると思う?」
「まさかッ!? うわあああああッ!?」
既に俺のオーラ円流の速度は、リゼートの水流を遥かに上回っていた。
俺の速度に引きずられる形で水流もどんどん速度を上げて、術者であるリゼートを翻弄する。
「渦が速まりすぎて……、制御できない!? 術が私の手から離れるううううッ!?」
後退して離れようにも、既にガッチリ噛み合った二つの渦はどうにも離れない。
より速い渦を持つ俺なら別だろうが、戦場では弱い方の思い通りになる状況はないのだ。
「ぐがはあああああッッ!?」
みずからの速度に耐え切れなくなった水流は最後には自壊し、その衝撃によってリゼートも弾き飛ばされた。
本来形のないオーラ流で、質量ある水流を吹き飛ばすにはより強力な噴出が必要であったが、力が足りてよかったな。
「くそ……ッ! くそ!」
吹き飛ばされたリゼートは地面に背中をつけ、倒れたまま苦しげな様子だった。
いや悔しいのか。
「結局私は、どうあってもダリエルには勝てないというのか? 水魔法最強の戦法を会得したというのに、それすらダリエルには届かないのか……!」
「リゼート、よく思い出せ」
倒れるリゼートに歩み寄りながら俺は言う。
「『流水円環法』は水魔法究極の戦闘手段。それを知ったのはいつどこでだ?」
「そんなのことを聞いて何になる? 決まっているだろう若い頃、仲間内で集まった飲み会でよく語り合った。歴代四天王の最強議論でレキメラル総帥の名が挙がった……、……あッ?」
「そう、それを言ったのは俺だ」
水四天王の最強議論で『霊水』コルデリーザ様や『渇水』アーゼロを推す者もいたが、その中で『順水』レキメラル総帥が最強だと強硬に主張したのは俺だ。
「お前も一緒に飲んでたよな? その時のお前のセリフを、俺は忘れていないぞ」
「……」
「『へー、そんな人がいるんだ』って言ったよな?」
要するにお前は、俺の話を聞くまでレキメラル総帥のことを知らなかったということだ。
当然、総帥が創始した『流水円環法』のことも。
「総帥と『流水円環法』がどれだけ凄いかってことを、俺はお前に熱く語って聞かせたよな? お前は酔っぱらってて聞いているのかどうか微妙だったけど」
しかし、そのコイツが今になって『流水円環法』を修得し、使ってきた。
もしあの日の飲み会が無駄でなかったとしたら……。
「究極奥義の情報元は俺ってことだ。俺が既に知っている魔法に、対策をこうじられないわけがないだろう」
「…………ッ!?」
迂闊だぞリゼート。
しかし、それを告げた途端リゼートの目から涙がこぼれた。
え? なんで?
「そうか……、私が最強の力を得たきっかけはダリエル、お前だったんだな」
「ん? そうかな?」
「いつもそうだ。私が壁にぶち当たって、止まりそうになった時、いつも後ろから押してくれたのがお前だった。……つまり私がここまで強くなれたのはダリエルあってのこと」
「そんなことないかもよ?」
キミが強くなれたのはあくまでキミ自身の結果でしょう?
俺のアドバイスがあったところで本人の努力がなきゃどうにもならん。
「結局私が出世したのもダリエルあってのことというわけか……! 私は何から何までダリエルに組み立てられた人生だったということか……! 私は……ッ!!」
リゼートが何やらわけわからんショックの受け方をして、扱いに困った。
どういえば無難に慰められることやら。
「えーと、まあ気にするなって! どんな形であれここまで出世できたのはお前自身の功績だって!」
「実際に戦って益々、思い知った。お前は我々凡人には踏み込めない。より高い領域にいるのだと。そんなお前の視点からなら、我々とは違う魔王様の像が見えるということなのか……?」
高みにいるという点で、魔王様以上の存在はない。
高みにいる者をある程度理解するためには、自分も高い場所に上らなければならない。
しかし人それぞれの上る山の高さは決まっていて、しかもそのいずれも点まで届くわけではないのだ。
「教えてくれダリエル……! お前ほどの天才から見た魔王様は、どのように映っているんだ?」
「…………」
それはちょっと返答に困った。
説明しにくくて。
「私には見えないものがお前には見えている。だから考えも行動も違ってくる。ならばお前に見えている魔王様とはどんな存在なんだ?」
「…………」
「私は、結局のところ魔王様が何なのかまったくわからない。暗黒将軍まで上り詰めてもまったくわからない! 魔王様が何者で、何を求めているか、魔王軍にいながら理解できたことなんて一度もない!」
それが今回、リゼートが混乱した理由ということか。
魔王軍は魔王様を守るための軍隊。
それが第一義。
しかし、ここにいるリゼートと同じように魔王様のことを正確に理解できている者など有史以来一人としていただろうか?
ドリスメギアン。
アイツはナシで。
「私のような凡人には魔王様のことは理解できない! お前のことも! 教えてくれダリエル! お前たちは、お前たちは一体何なんだ!?」
悔し涙に濡れるリゼート。
彼の懊悩にどれだけ心を痛めても、俺は答える術をもたない。
「私も知りたいね? キミが思っていることを」
「ッ!? 誰だ!?」
戦場に響き渡る声。
なんだこのネットリした、粘着質っぽい声は。
「いやこの声……、どこかで聞いたような?」
記憶の奥底をこそぐるような、思い出せそうで思い出せない微妙さ!
そしてより記憶を呼び起こそうとするより先に、新たな事態でそれどころじゃなくなる!
「ひぃッ!? なんだ!?」
気づいたら足元が水浸しに!?
くるぶしを浸す程度の浅さだが、それでも地面一面が水に覆われている。
「なッ!? この水は……!?」
「リゼートお前の仕業じゃないの!?」
リゼートも驚きながら上体を起こす。
気づけば魔王軍側も、冒険者側も、ごく浅い深度で水浸しだった。
こんな広範囲に水を行き渡らせるとは……。
「いつの間にこんな……!?」
まったく気づかなかった。どこからか流れ込んできたなら音なり感覚なりでわかったはず。
それなのに何も感じなかった。
まるで何の流れもない水が、その場から滲み出てきたかのような……!?
「……流れのない淀んだ水……、これはまさか……!?」
「どうしたリゼート!? 心当たりか!?」
「あそこだ!」
え? どこ?
リゼートが指さした先、魔王軍と冒険者が睨み合う戦場の脇に、一段小高い丘があった。
高所なだけにそこだけには水は届いておらず、その上に立っている……。
「アイツは……!?」
さすがに姿を見て思い出した。
アイツは四天王の一人……。
『濁水』のベゼリア……!!






