296 リゼート、奥義を得る
リゼートとも戦うことになるのか……。
……いや、避けられないことか。
「リゼート将軍!?」
悲痛な声を漏らすゲルズくん。
その喉笛にはまだヘルメス刀の切っ先が突き付けられている。
「下がりなさいゲルズくん。ここからは私に任せてもらう」
四天王に対してありえぬ口の利き方ではあるが、年齢差からこう言うしかない。
「キミはまだ若い。これから学んで補完していくことも多くある。より強い自分に成長するためにも今は生き延びねばならんのだ」
「リゼート殿……!」
俺が刃を引くと、特にグズグズせずゲルズくんは引き下がった。
こういう素直さは彼の美点だな。
「……さてリゼート」
そして向き直る。
かつて友であった男と。
「こうしてお前と手合わせするのも何年ぶりのことか。ずっと昔は毎日のように模擬戦していたものだがな」
「全試合、私の勝利だった。まさか魔法の使えないお前に敗けるはずがないからない」
「花を持たせてやったんだ。その証拠として全試合が際どい勝利だっただろう?」
かつて俺とリゼートは、互いに暗黒兵士の見習いとして厳しい訓練を生き抜いた。
魔法の訓練のため、互いに敵味方へ分かれての模擬戦も数え切れないほど繰り返した。
まあ、その全部魔法が使えない俺が一方的に撃ち込まれるだけの勝負だったんだが……。
しかし今は違う。
何よりの違いは、真の出自に気づいた俺がオーラを使うようになったことだ。
魔法が使えない暗黒兵士として、丸腰を強いられていた時ですら、まあ一方的にやられたことなどはなかった。
奇策を駆使したりしてな。
しかし今の俺は、正攻法でも充分戦える。
「今、思い出してもムカムカする……! 卑怯な手段ばかりで戦ってきおって……! コイツに戦闘者のプライドはないのかと憤慨したものだぞ!」
「弱い者なりの戦い方を実践しただけだ。正面から突破できる力がなければ回り道する知恵をつけなければな」
「昼飯に下剤を混ぜ込むことも知恵なのか!?」
「色々な戦い方を模索した時期だったんだよ」
顔を会わせるとくだらない思い出話が次々湧き出る。
俺と彼は即ちそういう間柄だった。
「しかし、そんなお前だからこそ言っておく。どんなに足掻こうと今の俺には敵わないぞ」
「自分が人間族であることを知り、オーラの力を扱えるようになったのが、そんなに嬉しいか? それでやっと私たちと同じ土俵に上がったつもりか?」
リゼートの言葉に、どよどよと反響が広まる。
「ダリエルが人間族……!?」
「おい知ってたか……!?」
「もしや魔法が使えないのは、そのせい……!?」
動揺は主に魔王軍の古参兵から上がってくる。
「自分が人間族であることを知らないまま魔王軍で出世する。……まったく奇妙な経歴だ。一体どう間違ったらそんな人生を送ることができるのやら」
「そう大したことじゃない。俺の血の繋がった父親が勇者で、彼を脅すためにまだ赤子だった俺が誘拐された。それが手違いで魔族として生きることになったというそれだけだ」
「父親が勇者……!? まさか……!?」
リゼートは勘がよい。
「アランツィルか!? 恐るべき悪鬼、異形の怪物!?」
……敵側から見たらアランツィルさんはそうなるよね。
俺も魔王軍時代あの人を見て鬼か羅刹としか感じられなかった。
それを聞いて今度は人間側が……。
「村長がアランツィル様の息子……!?」
「そういやなんか聞いた話が……!」
「知らんかったのか? それでよくアランツィル様が村に遊びに来るだろう!?」
また騒ぎ立てていた。
大勇者アランツィルの血統を継ぎ……。
最強四天王グランバーザの薫陶を受けて……。
「当代二人の英雄からの流れを汲むというわけか。道理でバケモノなはずだ」
「バケモノはあの二人であって、俺自身じゃない。俺はただ、自分の生活を支えることに精一杯な、どこにでもいる市井の人だ」
「戯言を。グランバーザ様の将器に、アランツィルの凶悪さ。この二つを兼ね備えた一人が凡俗であるものか!」
戦いのかまえを取るリゼート。
「お前の言いたいことはわかってきた! そこまでの才覚を持ったお前が、世界に何の影響も及ぼさないというのは土台無理な話。ならば私は、お前が世界にどのような影響を及ぼすか計るまでだ。この戦いを通じて!」
「好きにしろ」
それで気が済むのならば。
「私もまた以前と同じだと思うなよダリエル! 暗黒将軍へとのし上がるため、私だって血の滲む努力を重ねた! その結果がこれだ!!」
「おッ!?」
リゼートの周囲に発生する水。
アイツは元から水属性の魔法が得意。同期の中では一番だったな。
その水がリゼートの足元から湧き起こり。
そして……!?
回転しだした……!? 術者であるリゼートを中心に……!?
「この術式は、まさか……!?」
「さすがダリエル一目見ただけで気づいたか。そうこれこそ水魔法最強の闘法と謳われる『流水円環法』だ!!」
水魔法の要諦は、形なき水がいかなる姿にも変えることができること。
風ほど軽々しくはなく。
大地ほど凝り固まってもおらず。
適度な重さ、適度の流動性でいかなる状況にも対応できる。
水がもっとも威力を発揮させるには『流れ』を作ってやらなければならない。
流れることで速度がつき、速度がつくことで衝撃を増す。
ならば『流れ』の始点と終点を繋ぎ、円としてグルグル回すことができれば、流れは終わることなく止まることなくドンドン加速して、手に負えない力となる。
勢いを伴った水は岩石すら打ち砕く。凶悪な循環流を自分の周りに敷くことで、水魔法使いは究極の暴力を手元に置くことができる。
「行くぞダリエル! 荒れ狂う水の恐ろしさを味わえ!」
循環水流をみずからの周囲に展開させながらリゼートが突進してくる。
「あれに触れるとヤバいな……!」
飛びずさってかわした俺の、元いた場所が超速水流にえぐり取られて大きな穴が空いた。
回転によって際限なく速度を上げれば、水もあれだけの破壊力を持つ。
「それが同じく無色無形でも、重さを持たない風にはできないことだ」
「まだまだ終わりではないぞ!」
リゼートから放たれる水弾は、循環水流に乗せて加速させているから普通に放たれるよりずっと速いし威力も高い。
「くッ!?」
しかも水流に乗って連続で放たれてくるから雨霰のようだった。
最初は回避に専念していたものの、途中で避け切れなくなりヘルメス刀で叩き落とす。
「これは防ぐばかりじゃジリ貧だな……!」
そう判断して、俺はやむなく反撃に出た。
「『凄皇裂空』ッ!」
殺すわけにはいかないので充分威力を絞ったオーラ斬刃。
もはや『裂空』と変わらないかもしれない。
そのオーラ斬刃と正面からぶつかり合ったリゼートは……!
「こおおおおおおおおッ!!」
荒ぶる水流でオーラ斬刃を揉み消した。
これもまたヤツを中心にして高速回転する水流のなした技だった。
「おおッ!?」
「リゼート将軍強い!」
意外な奮戦に、魔王軍兵士たちからも驚きの声が上がった。
「リゼート将軍……、ここまで強いなんて……! もはや四天王級じゃないか……!?」
現四天王のゲルズくんまで衝撃に声を枯らすのだった。
しかし……。
「それはそうだろう」
俺は彼の勉強不足を嗜めなければならない。
「『流水円環法』……。この奥義を極めた時点でその者には四天王級の能力があると言って間違いはない。何故なら……」
「これこそ歴代最強の水四天王が創始した究極奥義だから、だろう?」
リゼートよ。
お前とは幼い頃からよく語り合ったものだったな。
成長し、酒の味を覚えてからは仕事のあとの大衆酒場で。
そこで話題になる愚にもつかない与太話の一つは『歴代四天王の中でもっとも強いのは誰だ?』という話だろう。
若僧どもにとって最強議論なんて格好のネタだったし。
とりあえず属性別に分けるとして、地属性の最強はなんと言っても『天地』のイダ。火属性なら直接の上司ながらもグランバーザ様を最強とすることに誰も異論はなかった。
そして水属性の最強には……。
『順水』のレキメラル総帥の名が挙がるものだった。
その強さと佇まいから非公式に『総帥』の称号を奉られた人物。
今から百年ほど前に活躍した四天王で、間違いなくイダやグランバーザ様に並ぶ傑人であったろう。
「そのレキメラル総帥が編み出したのが『流水円環法』。水属性で最強になりたければ、それを修得するしかないというほどの完成された究極奥義」
その究極奥義を……、ものにしたかリゼート……!?
「口にするほど簡単なことじゃない。超高速回転の水流を自分の下に留め置くには、膨大な魔力はもちろん、精密な魔力制御も必要だ。それを千変万化に応用していくならさらに緻密な制御を要求される」
それを臆することなく使いこなすリゼート……。
そうか、お前もまだまだ頑張っているんだな。






