295 ゲルズ、ダリエルに挑戦する
戦闘では、時に場の空気が一色に支配されることがある。
あまりにも圧倒的な何かが現れた時、戦場にいる者の注意すべてが同じ方を向き、全員が同じことを思う。
奇しくも『心が一つになる』という状況だ。
本来互いを殺し合うという対極する意志を持つはずなのに、考えが揃うなんて皮肉な話だ。
そのために必要な強力なパワー。
今回は、それに充てはなるのが俺の存在らしい。
「今の『凄皇裂空』一撃につき、百人の敵を倒せるとしよう……」
目の前にいる魔王軍は、総勢二千人と言っていたな。
「つまり二十回で危機らを全滅させられるということだ」
ザザザザザザザザザザンッ!!
腕を忙しく動かし連発させる『凄皇裂空』。
そのすべては狙いをずらし上空へと消えていったが、勢い余って二十二発放ってしまった。
「うひえええええええッッ!?」
魂を吹き消されるような兵士たちの悲鳴。
紙一重で散り飛ばされる自分たちの命を実感しているのだろう。
「大技だからといって連発不能だなんて思わないでね」
最近は息子グランにつきあってスタミナもついてきている自覚がある。
……あの子、平気で『凄皇裂空』二百連発とかしてくるし。
「キミたちは、数の差で絶対的優勢を確信しているようだが、けっして正しくはない。一人で千人分以上の働きをすることだってあるだろう」
オーラや魔力を使えば。
「この俺の強さに恐れをなしてキミたちは逃げ帰ってもいい。軍隊として勝てない戦いを避けるのはけっして恥じゃない」
むしろリゼート以外は複雑な事情とかないから、速やかに撤退してくれた方がいい。
そのあとでリゼートとはじっくり話し合おうではないか。
「ひえええええ……!?」
「村長こんなに強かったの……!?」
「ガシタさん話盛ってたんじゃないのかよ……!?」
敵どころか味方の冒険者たちまで震えている。
ここ数年、村長業に専念して戦うこともなかったからな。
若者世代は俺が戦えることすら知らなくても仕方がない。
一方魔王軍も……。
「ダリエルがオーラを……!?」
「しかも滅茶苦茶強い……!?」
「有能なだけの最弱じゃないのかよ……!?」
当時の俺を知っている古参兵たちが困惑しまくっていた。
あっちじゃ魔法が使えない下級兵だったしなあ。
「俺一人でもキミたちと戦ってみせるぞ。そして勝つのは俺だ。無駄な犠牲を避けるために撤退することを勧めるが?」
「ダメだ!!」
すると一つ、若々しい声が。
しかも拒否の宣言だった。
一体誰だ?
「誇りある魔王軍が、敵を恐れておめおめ引き下がるなどあってはならない! たとえ敗れるとも、最後の一兵果てるまで突き進むのが魔王軍魂だ!!」
「そう言うキミはどなた?」
若者だなあ。
見た感じ少年と言っていいほどの年頃で、入軍したのも去年一昨年といったところか。
それでは俺のことを知らないのも仕方がない。
「我こそは、魔王軍四天王の一人! 魔王様から『弱火』の称号を与えられしゲルズ! 魔王様をお守りする新しい盾だ!」
「ほう、キミが……?」
やっと決まったんだな新しい火の四天王。
バシュバーザが死んでからもう五年近く。その間ずっと空席だったから俺も他人事ながら心配していたんだ。
ゼビアンテスやドロイエも四天王を退き、さすがに新人補充が不可欠になって一緒に選び出したか。
すると四天王は完全に再構成されたということか?
「ちなみに新メンバーはどんな感じ!?」
「敵が何故そんなことを気にする!? このオレ『弱火』のゲルズに『微風』シルトケ、それに『隘地』のメリスだ!」
なんでそんな微妙な称号ばっかなの?
四天王に与えられる称号って大体魔王様が決められるんだけど、何の意図があってこんな嫌がらせみたいな?
「このオレ『弱火』のゲルズは、若輩ながらも四天王に抜擢され、その重責を全力で果たす所存! 初任務となるこの戦いでおめおめと逃げられん!」
「そんなに連呼するべきなの、その称号?」
「前任バシュバーザの汚名をそそぎ、最強グランバーザ様の時代の強き四天王を取り戻すのだ! そのためにもオレは退かない! たとえどんな敵が立ちはだかろうと!!」
「…………」
「何故泣く!?」
いや申し訳ない。
感涙してしまった。
新しく四天王になった子があまりに健気だったので。
彼のように直向きな子なら、きっと立派な四天王になれることだろう。
「しかしまだ若い。無謀と勇気をはき違えている」
先人としてここは、できる限りの助言をしておきたい。
「キミがどんなに頑張っても俺には勝てない。それはもうわかっているはずだ。負けると知っていて配慮なく挑み、予想通りに惨敗して見事な散り様でした……というのは何の自慢にもならないぞ」
「何をッ!?」
「戦いの目的をしっかりと見定め、それを遂行することのみに向かって進むのが真に優れた戦闘者だ」
それは魔族の魔王軍人も、人間族の冒険者も変わらない。
「勝つこととは相手を殺すことではなく、戦闘目的を達成することだ。意味もなく勝てない戦いに挑むのは愚か者だ。キミも四天王の重責を担うならただ直進するだけでなく、引いたり迂回することも覚えるべきだ」
「敵が偉そうに説教するか!?」
いや、まあ……。
そう言われればぐうの音も出ないんだけど……。
たしかに余計なお世話だよね……。
「戯言で惑わすのもこれまでだ! オレはお前を倒し、そのままミスリル鉱山を占拠して四天王としての初功績とする! そしてグランバーザ時代の輝かしい四天王を復活させるのだ!!」
ゲルズくんとやら、俺に向かって跳躍。
火炎魔法の爆発力を利用してか、かなりの高度まで飛ぶ。
「食らえ我が必殺魔法! 『ブレイズ・スローター』ッ!!」
ほう。
これは火炎魔法系の上位呪文。
広範囲に強烈な炎を浴びせかける殲滅魔法ではないか。
決戦用の大技を実戦で使えるまでに習熟しているとは。しかもその若さで。
なるほど四天王に選ばれるだけの才能は持ち合わせているようだ。
しかし。
「……なッ!?」
何かしら技を使うまでもない。
俺が手をかざしただけで凶悪な猛炎は散って、火の粉すら残らなかった。
「消えた!? オレの炎が!? そんなバカな! オレの最強呪文なのに、倒せないどころか敵に届くことすらないのか!?」
「すまんな、ハデに相殺もしてやれなくて」
しかしこうやって処理するのが一番安全なんだ。
今俺が使ったのはオーラによるものではない。
魔法だ。
かつてバシュバーザから譲り受けた魔法因子によって、魔力を操れるようになった俺は、ひそかにゲルズくんの魔法炎に作用して操作権を奪い、消滅を指示したのだった。
以前グランバーザ様もそうしてインフェルノと戦いを有利に運んだのだそうな。
有効な戦法ではある。俺も若い頃、必死に魔法が使えるように勉強して、それが今頃になって役立とうとは。
「くそッ! もう一度『ブレイズ・スロー……ッ!?」
「一度効かなかった魔法を、何の工夫もなく再び繰り返すのは悪手だ」
「あぐッ!?」
ヘルメス刀の切っ先がゲルズくんの喉笛に突き付けられる。
ここまでされては、さすがに血気盛んな彼も動けないだろう。
勝負ありだ。
「四天王が、敗けた……!?」
「しかもあんなに一方的に……!?」
「子ども扱い……!? いや実際子どもだけど……!?」
戦いの成り行きを見て震えあがる魔王軍兵士たち。
「この俺の強さを見て少しは感じ入ってほしいものだな」
「なッ!? どういう意味だ……!?」
ここまでの俺の戦いぶりを見て、多少戦闘経験のある者ならすぐ得心することだろう。
俺は勇者より強い、と。
……いや、全盛期のアランツィルさんに比べればまだまだかもしれんけど、そこに迫る域にはあるつもりだ。
そんな俺が本気で魔王様を倒したかったら、俺みずから出撃する。
勇者に丸任せなどしない。
「俺の望みは魔族人間族、その双方が平穏無事であること。その範囲内であの御方の望みも叶えて上げられればいいなと思うだけだ」
「本当にそう思うならば……!」
新たに進み出る戦いの意志。
リゼートが戦闘態勢で向かい合う。
「私とも戦えダリエル。お前の真意が戦うことでしか見通せないなら、私もまたお前との戦いでお前の腹を見通す……!」






