294 ダリエルとリゼート、対決する
魔王軍の方から、さざ波のような動揺が発せられる。
「あれは、ダリエル……!?」
「四天王補佐だったダリエルか……!?」
「グランバーザ様の懐刀と謳われた奇才ダリエル……!?」
俺が魔王軍から追放されて六年といったところか……。
それなりに長い時間が経ったが、それでも世代が完全に入れ替わるほどの期間ではない。
経験豊かな古参兵の中には、まだまだ俺の顔や事績を覚えている者がいるだろう。
「バシュバーザの愚か者が追放してのち、杳として行方の知れなかったダリエルが何故今ここに……!?」
「え? なんです? 誰なんです、あの風采の上がらないオジサン?」
それでも比較的若い者たちは、ノリについていけてない感じで目をパチクリさせている。
「…………」
うん……。
もうオジサン呼ばわりされることには抵抗できなくなってきたな。
「どうしたダリエル! 答えられないのか!?」
そんな中、リゼートがさらに悲痛な声を継続中。
「お前は、魔王軍の仲間だ! 所属が代わり、真の種族がわかったとしても心は変わらず、共に歩んでいけると思っていた。……しかし!」
怒りのリゼートが奮う。
「魔王様を侵害せんとするなら話は別。我らの偉大なる支配者、魔王様をお守りすることこそ我ら魔王軍の役目だったはずだ! それこそ絶対に違えてはならないことだ!」
魔王軍人生三十年に迫るリゼートにとって、魔王様の存在こそ究極だろう。
魔王軍は魔王様を守るべし。
それを何十何百何千回と言い聞かされながら魔王軍人は出世していくのだ。
上位仕官ともなれば我が命を盾にしてでも魔王様を……。
そう考える者も少なくない。
「その魔王様を害さんとは、魔王軍人の魂を失ったと言っても過言ではない。ダリエルお前は、身も心も人間族になったというのか!?」
どよどよと周囲が騒めく。
全軍まで浸透する声だったが、その意味を理解できる者は誰もいない。
「ダリエルが人間族……? どういうことだ?」
「村長が魔王軍……? どういうことだ?」
人間族でありながら魔王軍の中で育った男。
これほど奇妙な経歴を持った者も俺の他にいるまい。
だからこそ、それぞれ一方の中にいるだけでは見えないものも見えるようになってしまった。
「…………もし、そうだとしたらどうする?」
探り返す俺。
煮え切らない俺に対しリゼートはどこまでも決然だった。
「その時は、お前を倒すまでだ。魔王様に仇なす魔王軍の敵として」
「……」
やはりそうなるか。
その答えは魔王軍の士官としてあまりにも模範的なものだった。
かつて魔王軍に所属していた頃の俺でも同じように言っただろう。
「……すまんなリゼート。お前に対する言葉が足りなかったようだ」
一緒に苦楽を共にした友人だとしても、生きる舞台が変わり、責任ができ家庭ができて、互いの仕事に精一杯で会う機会も少なくなった。
俺が俺の住むラクス村でどんな経験をしたか、お前には話すことができなかった。
機会があっても事態が大きすぎて気軽に話せないしな。
「結論から言う。お前の推察通り、勇者レーディを手助けしたのは俺だ」
「!?」
リゼートの表情が凍り付く。
「魔王様の下へ向かう道筋を整えてやった」
「やはり……! やはりか……!?」
事実を受け止めたリゼートの表情は悲痛に満ちていた。
そんなにも心を痛めるとはな。
「しかしリゼート、そのことは魔王様への忠誠心に何ら矛盾しない」
「ッ!? 何を言うのだ! 魔王様を殺すことが魔王様への忠誠を示すことだとでもいうのか!?」
図らずも正解を言い当てるリゼート。
そうあの御方は、自分を倒す者をこそ心待ちにしているのだ。
しかしそれを理解することは誰にでもできるわけではない。
「魔王様の……いやあの御方の真なる下僕となるには、相応の強さが求められるということだ。世界の真実を受け止められるだけの強さがな」
「詭弁などいらん! お前は結局、人間族だったということか! 魔王様に仇なさんとする心が血に刻まれていたということだな!」
そんなことはないよ。
魔族と人間族は同じものだし。
そもそも魔王様の望みを果たそうとする意志は双方の魂に刻まれているものだと思う。
しかし、そんな根源的指令もはねのけて、あの御方を倒すことを拒否した俺はやはり不忠者なのかもしれない。
「だとしたら、どうする?」
「断腸の思いだが、致し方ない。私も今では暗黒将軍、魔王軍を支える者の一人として、危険を見過ごすわけにはいかない」
え?
なんだリゼート出世したの?
暗黒将軍といえば、もはや軍指導者の階級ではないか。
偉くなったな頑張った。
「ダリエル……、お前を魔王軍の敵として葬り去る。しかし、その前に聞きたい。以後、人間族の勇者と縁を切り、二度と魔王様に逆らわぬと誓えるか? 誓えばお前の命は助けよう……!」
それでも非情に徹しきれないのはリゼートならではだった。
彼の甘さは、それはそれで好ましい。
貴重なものだ。
「それはできない」
「ダリエル! そこまで堕ちたか!?」
そういうことではない。
が、しかし……。
「リゼートよ。俺はもう魔王軍の兵士ではない。魔王軍から離れ、色々なことを知り、背負うようになった」
元魔王軍であり、人間族でもある。
そんな俺は敵味方相応にしがらみを持ち、どちらも裏切れない代わりどちらかだけに与することもできなくなった。
そしてさらに……。
「俺は、魔王軍にいた頃とはまた違う形でこの世界に貢献しなければならない。人間族、魔族どちらかの世界でなく、そのすべてをひっくるめた世界に。どうやらそれが、俺の宿命らしい」
「何をわけのわからぬ……!? すべてを統括した世界だと? 神にでもなったつもりかダリエル!?」
「違う」
むしろ俺は神になることを拒否したのだ。
だからこそ人として、人らしく世界に役立たねばならないのだ。
人として。
それはつまり息子として、父親として、夫として、そしてあらゆる誰かの友としてだ。
「ダリエルよ……! お前はもう私の理解できないところに行ってしまったということか……! それならば私も魔王軍として、魔王様の敵を排除するまでのことだ!」
リゼートが片手を上げる。斬首の斧を振り上げるように。
「全軍突撃! 魔王様の敵を討ち滅ぼすのだ!」
しかし兵たちの動きは鈍い。
大軍を擁しながら敵はたった一人。しかも各人によっては昔馴染みなのだからやりにくいことこの上なかろう。
それが反応の鈍さに繋がっている。
「ええい! くそ……ッ!!」
リゼートも兵たちの気持ちがわかってか強く出ることができない。
「悪いな……、苦労を掛ける」
本当なら一から説明して理解を得るべきなんだろうが、そのためには世界の真実を晒さなければならない
大っぴらに振れ回ったらいけない気がする。
「……代わりに、別の理由を見せよう。俺と戦ってはいけない理由を……」
俺は懐からヘルメス刀を取り出し、剣形態に伸ばす。
凶器が現れたことで場の緊張が一気に高まった。
「バカな!? 戦う気か……? こちらは二千人いるんだぞ!?」
二千対一。
普通ならば話にもならない戦力差だ。
ラクス村から連れてきた冒険者たちがいるものの、せいぜい五十人程度。
焼石に水にもならない。
魔王軍側とて、そんな圧倒差で押し潰すことは『弱い者いじめ』として抵抗を持つことだろう。
彼らが踏み出せない理由の一つだ。
「しかし、それは見かけだけの戦力差でしかない……!」
数という見かけだけの。
「『凄皇裂空』」
ヘルメス刀から放たれる巨大オーラ斬刃が、魔王軍の軍勢に向かって放たれる。
「うわあああああああッ!?」
実際には狙いを少しずらしたために直撃することなく、オーラ斬刃は上空へ向けてすり抜けていった。
しかし、あれをちゃんと狙い定めていたら犠牲者は百人で済んでいたかな?
「これが魔王様の……、いや神の領域へ一歩だけ踏み込んだ者の力だ」
新たなる強さのステージに上がった者には、そのステージだけで共通する正しき理屈がある。
俺はそのことを、あの神なる者と対峙することで知った。
俺もまたそのステージに近づきつつある。
その力を実感することで、俺の言葉の説得力としてほしい。






