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285 ベストフレッド、強い(人間族side)

 事態は、リトゲスのまったく意図しない向かい方をしているのは間違いない。


 彼は本質的に商人で、脅し騙しを駆使して相手を追い詰め、何人も破滅させてきた。

 しかし直接手を下したことなどただの一度もない。


 みずからの手を血で汚し、比喩や誇大表現ではなく真実人の息の根を止めたことなどない。

 そんな場面に自分が遭遇するなど考えたこともない人種であった。


 だからこそ今、引き起こされた事態を想像だにできなかった。


 数の上では圧倒的に劣るベストフレッドたちが、向こうから襲い掛かってくるなど。


「蹴散らせえッ!!」


 ベストフレッドの怒号は、彼が率いるキャンベル冒険者たちを竦ませるには充分であった。

 本来、ミスリル鉱山の管理責任者として裏方にあるはずの彼が先陣切って戦うなど誰が想像できよう。


 ベストフレッドの繰り出す拳が、地面を叩く。

 一体何事かと知らぬものは戸惑う。しかしそれも強烈な範囲攻撃の前段階に過ぎなかった。


「『土流破裂勢』ッ!!」


 オーラを濃厚に込めた拳で地面を叩く。

 衝撃と共に浸透したオーラが地中を砕き、土や石の粒が無数に飛び散って前方へ雪崩れ込む。

 対峙していた商会とキャンベル勢はまともに土砂を浴びることになった。


「うわああああッ!? うぺぺぺぺぺッ!?」

「気をつけろ! この土砂オーラが移っているぞ! まともに浴びたらダメージを食らう」


 ベストフレッドは、ガード(守)とヒット(打)の二タイプに適性を持ったゼネラリストオーラ使いだった。

 その適性をもっとも生かす小盾は、拳の前方に装着することによって拳打用のナックルガードにもなる。


「ベストフレッド……!? 貴様ただの事務官ではなかったのか!?」

「事前調査が足りませんなあ商会長殿。交渉相手のことは気持ち悪いまでにしつこく調べるのがアンタたちの取り柄でしょうに」


 皮肉一杯のベストフレッド。

 右拳にセットされた小盾と、左拳にもセットされた小盾とでぶつけ合うと甲高い金属音が鳴り響いた。


「かつてはセンターギルド理事も務めた私だが、理事全員がいいとこのお坊ちゃま育ちで、金と人脈で上り詰めたと思ったら大間違いですぞ? 中にはガチガチの叩き上げで、現役の冒険者を経験して理事会入りする者だっていないことはないのだ。この私のようにな」

「なあああ……!?」


 迂闊にも今この時、リトゲスは昔小耳にはさんだある噂を思い出した


 現役冒険者から理事会入りしたという珍しい経歴の持ち主が、ある時いかなる理由か激怒して同格のセンターギルド理事三人を殴り飛ばしたとか。

 被害を受けた三人はいずれも顎が砕けるか内臓が破裂するなどの重傷を負い、辞任を余儀なくされた。


 加害者である元冒険者の理事は、一時収監されたものの、センターギルド理事長の特別な計らいによって理事の辞任だけで済み、どこぞの僻地へと赴任させられたという。


「それが、まさか……!?」

「あの頃はまだ私も若かった……! お坊ちゃん理事の安い挑発も受け流せないほどだったからな……!」


 ファイティングポーズをとって闘志を示すベストフレッド。


「あれ以来封じていた拳を今、呼び覚まそう。これでも引退前はA級冒険者だ。C級程度の有象無象でどうにかできると思うなよ?」


 その宣言と共にキャンベル勢側に緊張が走る。


「知っているぞ? 今、キャンベル街のギルドにはA級冒険者が一人もいないのだろう? 人材がラクス村へ流れているのを勘案しても、情けない状況だ。人の育て方がなってないからじゃないか」


 ベストフレッドがその場で拳を素早く繰り出す。

 何もない空間を殴打するだけであったが、何故かずっと離れた位置にいるキャンベル冒険者が顎を舞い上げ、吹き飛ばされた。


「なッ!? は? え……ッ!?」

「……そうか!? ヤバいぞ皆、気をつけろ!!」


 キャンベル勢で多少経験を積んだ冒険者が叫ぶ。


「あのオッサン、猛スピードのパンチで空気を押し出しているんだ! それが投石みたいに当たって離れた相手を吹き飛ばしている! 間合いがあるからって油断できないぞ!」

「よく見抜いた。B級冒険者かな?」


 ベストフレッドが拳を突き出すほどにキャンベル冒険者が吹き飛ばされる。


「オーラを応用した小細工さ。ヒット(打)特性は本来遠当てには向かないが、空気を依り代にすることである程度飛距離を伸ばすことができる。さらに私はガード(守)にも多少適性があるんで、オーラを短時間固めておくこともできる」


 そうして固定された空気を拳速で投石のように飛ばす。

 当たれば痛いが、致命傷を負わせるほどではない。空気というあやふやなものを依り代とするためオーラの特性を発揮できず、『裂空』のような正規の遠距離攻撃技に比べれば格段に威力は劣る。


「そのため決め手にはならないが一打一打が素早く隙も少ないから牽制にはもってこいの技だ。覚えておくがいい」


 当人の説明通り、のべつ幕なしに繰り出される飛拳はキャンベル冒険者たちの誰それにめり込み、混乱させ陣形を掻き回す。

 空気を依り代とするため目に見えないのも問題だった。


 対応するにはベストフレッドの拳の動きから弾道を予測するしかなく、いやでも集中せざるを得ずに視野が狭まる。


「今だ『土流破裂勢』ッ!!」

「「「「うわあああああッ!?」」」」


 拳打からの遠当てを充分警戒させたところで、いきなり土砂攻撃の切り替え。


 キャンベル勢は、ベテラン冒険者であったベストフレッドの術中にまったくはまってしまった。


「今だ! 攻め立てろ!」

「「「「「よっしゃあ!!」」」」」


 ベストフレッドの号令の元、鉱山側の冒険者が各自の武器を振り回す。


 引っ掻き回された最中での突撃にキャンベル側はまったく対応できずに蹴散らされるばかり。


 振り下ろされる剣が、飛翔する矢が、旋回する鎖付き鉄球が、怯むばかりのキャンベル冒険者を薙ぎ倒して陣形を切り刻んでいく。


「なッ、何をしているバカ者どもが! それでもプロの冒険者か!? さっさと体勢を立て直して反撃せんかあ!」

「お前にもプレゼントだ」

「あぎゃあッ!?」


 ベストフレッドの放つ空圧拳がリトゲスの胸部に命中する。

 オーラで守られてもいない素人にその攻撃は重く、大きく吹っ飛び転げ回って、最後には胃の中のものを盛大に吐き散らす。


「おげええッ! ぶげえええええッ!?」

「しょッ!? 商会長が!? 全員集結! VIPを守れえええ!!」


 中央から来た大切な客をキャンベル冒険者たちも守らないわけにはいかない。

 反撃も後回しにしてリトゲスの前に居並び盾と化す。


 しかしそれもベテラン冒険者の計算通りだった。


「今だ! 敵が守勢に回っているうちに撤退!」

「「「「了解!!」」」」


 リトゲスを守るために攻勢を断ったタイミングを見事に突かれた。

 波が引くような速やかさでサッと後退するベストフレッドたち。


 キャンベル勢は『待て』という暇さえなかった。


 老練の玄人が指揮した上に、その指示を遅滞なく遂行する鉱山側冒険者たちのプロの様が見せつけられた形。


「ヤツらは……、鉱山の奥に逃げ込んだか……!?」

「立てこもられたら厄介だが……、大丈夫ですか商会長?」


 キャンベル冒険者たちから抱え上げられ、何とか立ち上がるリトゲス。

 しかしその表情には不快と苛立ちに満ちていた。


「何をしているバカ者! ヤツらを追え! 全員捕まえて私の前に連れてこい!!」

「そ、そう言われても……! ここはヤツらの本拠地です。地の利は向こうにある……!?」


 キャンベル冒険者たちの中でも経験豊かな気配を見せる者が言う。


「我々はここの地形をまったく知りませんし、待ち伏せでもされたら防ぎようがありません。慎重に進まないと……!」

「何を悠長な! 何のために貴様らを大勢引き連れてきたと思っているんだ! 一人や二人の犠牲などかまわず突き進んでいけばいいだけではないか!?」


 リトゲスはここに来てしくじりの気持ちを抑えることができなかった。


 彼の計算では、こんな事態には陥らないはずだった。

 相手とて考える人間である。

 圧倒的劣勢を示せば抵抗は無意味と悟り、みずから投降してくるはずではなかったのか。


 しかし予想は完璧に外れ、泥沼の乱戦へと突入してしまう。

 まさか相手が自分の死も厭わず徹底抗戦してくるとは。


 そのことをまったく予想できなかったリトゲス。

 彼は商人として一流の頭脳を持っていて、物価の変動や流行の移り変わりを先読みし、外したことはなかった。

 しかしそれらと修羅場をくぐった男たちの決意は別ものだった。


 彼には彼の知らない領域があり、それを日頃の銭勘定と同様に推測可能だと思ったのが間違いの始まりだった。


「どうする……!? どうすれば……!?」


 今更ながらに頭を回転させるリトゲス。


 とにかくこのまま全面衝突になってはならない。

 武力抗争になれば商会が冒険者ギルドに絶対勝てないのはわかりきっている。


 だから交渉の余地は絶対に残しておくべきだった。


 交渉でなし崩し的に商会のミスリル鉱山運営参画を認めさせること。

 それが今回の大目的なのだから。


 現場が先走って抵抗しても、上の者なら話のわかる者がいることだろう。

 そやつらが出てくるまでに、こちらで備えるべきことは……。


「よし、全員で敵を追え。数の上ではこちらが有利なんだ。広がりながら囲んでいけばいずれ必ず追いつめられる」

「……撤退はしないんですね?」

「当然だ! ……それからな、敵は殺さずに捕らえるんだ」

「ええッ!?」


 交渉を継続させるには不可欠な処置だった。

 たとえ上に、どれだけ話のわかる者がいたとしてもイザコザで死亡者を出してしまったら交渉決裂だ。

 もはや商会と冒険者ギルドの全面戦争しかなくなる。


 それぐらいはわかる商会長リトゲスだった。


「殺さないのは無論、できれば怪我もさせるな。無傷でとらえれば理想的だな」

「そんな無茶です! 相手はプロの冒険者で闘志メラメラなんですよ! 引退したとはいえA級冒険者までいる! そんなのを無傷なんて……!?」

「煩い命令に従え! 私はお前らのところの町長から指示権を預かっているんだ! 逆らうのは許さん!!」


 物事が失敗に終わる理由はいくつかある。

 そのうちの一つが政治的理由とやらで現場の行動を掻き回すことだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃ下手したら最下級クラスの冒険者でもオーラ特性が使えれば、簡単に一般人を殺せる攻撃が出来るようになるんやったら、冒険者を統括してるセンターギルドだけがオーラを発現させることができてもおか…
[良い点] おもしろい!! [気になる点] 特になし [一言] 幅が広く深いのがとてもおもしろいです。ここまでのものはなかなか他には見ることができないです。 作者さんがひとというものをよく見てきたから…
[一言] ベストフレッドさんの戦いぶりを読んでたら、ナゼかジャイ○ントロボの静かなるナントカさんを思い出した。
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