281 新ルート、開通する
道?
俺の前に道はない、俺の通ったあとに道はできる的なあれ?
「キャンベル街へ今、恐ろしい人数の工夫が送り込まれています。道路の開通工事に当たらせているようです」
「開通工事?」
「木々を伐り倒し、草を抜き、大小の石を取り除き、土を平面に均して、大きな荷車や馬車を通れる街道にしているんです。既に我が手の者を潜入させ、確証は得ています」
いつもながらセルメトの仕事が早いなあ。
まあ道を作るのはいいとして。
問題はその道がどことどこを繋いでいるかってことだよな。
「もう一度聞いていい?」
「キャンベル街と、ミスリル鉱山です」
「…………!」
なるほど、そういう手段で来たか。
今ラクス村が繁栄しているのはミスリル鉱山のおかげだ。
そしてミスリル鉱山が何故ラクス村の繁栄に繋がるかというと、採掘されたミスリルが全土へ行き渡るのに必ずラクス村を通過して運ばれるからだ。
いわばラクス村はミスリル流通ルートの大動脈。
それゆえに多くの人々で賑わい、ミスリル加工するための鍛冶場まで建造された。
それらの施設が与えてくれた利益は計り知れない。
それもこれもミスリルの通り道がラクス村経由を除いて一つも存在しないからだ。
「俺たちは今までその恩恵に与りまくってきたからなあ。ミスリル鉱山に足を向けて寝れないや」
「その道が一つでなくなれば村が蒙る損害は計り知れません!?」
ドロイエが慌てた口調で言う。
セルメトは報告しに来た側でまだ冷静さを保っているが……。
「ミスリル輸送経路は二つになり、単純計算でも半分の流入量になってしまいます。当然キャンベル街ルートには商会のバックアップがついているでしょうから、あの手この手でミスリルの在庫をあちらへ流そうとするでしょう」
「それらと張り合うだけでも、どれだけの負担になるかわからない! ラクス村の発展がストップしてしまう!?」
二人して話し合うほどに不安が募り、口調が慌ただしくなる。
俺自身の言った言葉だが、商会みたいな直接自分の手で戦おうとしないヤツらが表舞台に立つ時は、既に勝つ算段ができるいる時だ。
これがその算段なのだろう。
かねてよりラクス村を目の敵にしているものを引っ張り込んで協力体制をとり、最大限に利用したか。
街道を開通させるなどの大工事、商会からの出資で実現できたに違いない。
でなければキャンベル街がとっくに単独で着工していたことだろうから。
人足も商会が離れた場所で募集し、直接送り込めば俺たちに気づかれにくい。
ミスリルへの渇望と、ラクス村への怨念。
二つの執着を共有した者たちが引き起こした一大事業というべきだろう。
「工事はどの程度進んでいるのだろうな?」
「かなり急ピッチに進めているようでもうすぐ開通するようです。頓挫する望みは薄いかと。それどころか、もう既に完成しているかもしれません」
では今回商会長が直接乗り込んできたのは、一種の勝利宣言だったのかもしれないな。
『もう既にお前たちの優位性は崩れ去っている』『今からでも我々に従った方が損せずに済むぞ』と……。
「こうしてはいられない! 村長! 今すぐにでも工事を妨害に行きましょう! 私の土魔法をもってすれば道路ぐらいすぐさまグチャグチャにできる!」
ドロイエが案外過激なことを言うなあ。
さすが前職は魔王軍四天王というべきか。
「待ちなさい。そして落ち着きなさい」
「しかし!!」
「まあこれから俺の言うことをよく聞いてくださいよ」
そもそも俺は以前から、今のラクス村の大繁盛はどこか不自然ではないかと思っていた。
すべてがミスリルの上に成り立っている。
もし今またミスリル鉱山が消失したら、すべての産業商業が崩壊しラクス村は元の寒村に逆戻りしてしまうだろう。
それは既にこの村が、最低一度は経験したことだった。
これから先、同じような困難をこの村が経験しないとは限らない。
いや、いつか必ずやって来ると覚悟しておくべきだ。
その日のために、様々な案を出して備えておくことが村長である俺の仕事だと思っている。
……ということをドロイエたちに伝えて聞かせた。
「そんな俺たちがいざミスリル鉱山を失う機会に立って、慌てふためき、他人に妨害まで加えようとしたら、それは富に執着する見苦しい行為だとは言えまいか?」
「う……!?」
「それこそ他人の持ち物に嫉妬し、なだめすかして掠め取ろうとし、それで無理なら奪い取ろうとするような連中……、商会やキャンベル街のヤツらと同類にならないか?」
「そう、かもしれませんが……!?」
ドロイエの納得しがたい気持ちはわかる。
たしかに見苦しい生き方はしたくないが、潔すぎるのも考えものだろう。
生き汚いヤツらに利益を開け渡してしまうのも正しい世の中ではなかろう。
俺だって黙って連中に殴られてばかりでいる気はない。
要は、必死で生き抜くにしても高潔であろうということだ。
その理念の元、対策を考えてみるとしよう。
……まずキャンベル街から伸びようとしている新しい輸送ルートだが。
「具体的にどんな道筋なんだろう?」
「説明いたしますッ!」
セルメトが手際よく、周辺地図を出してきた。
「現場に潜入させている仲間からの伝達によると、こんな感じになりそうです」
インクの付いたペンを走らせ、地図に書き込み。
『キャンベル街』と書かれた点と『ミスリル鉱山』と書かれた点が一本の線で結ばれた。
「これは……!?」
大分遠回りでない?
二点は、最短距離の直線で結ばれるかと思いきや、むしろ大回りの曲線を描いていた。
これでは直線の二倍以上の距離がありそうだ。
「キャンベル街は単純距離でもラクス村より離れたところがあり、さらに地形が入り組んでいます。周辺に小高い山地があり、これのおかげでモンスターなどの侵入を防いでいる側面もあるのですが……」
ミスリル鉱山を結ぶルートを考えたら完全に障害になってるな。
これを迂回するから大回りになっているのか。
「しかも山地を迂回したからと言って完全に影響を免れたわけでもなく。道中は下り坂上り坂が続きます。平面の地図で見る以上に厳しい道のりです。ましてミスリルの大荷物を引いた行くには相当な困難が予想されますね……」
従来のラクス村ルートはほぼ直線で結ばれ、俺自身も実際歩いたことがあるのでわかるが最初から最後までほぼ平面だ。
途中には脇に外れて休憩できる広場もあり、大分に楽なルートだと思う。
「それに比べたら新しく開けたキャンベル街ルートはしんどそうだな」
「輸送用の荷駄や人足も余計にいるでしょうし、輸送時間も確実に伸びるでしょう。それにこの辺、冬になったら積雪するんじゃないですかね?」
それは問題だらけだった。
そもそも、これほど旨味のあるミスリル輸送に、地理的に近い位置にいながら乗ってこれなかったキャンベル街。
それに理由がないわけがなかったのだ。
理由は、どんなに模索しようと効率的な輸送ルートを見出せないこと。
看過しがたい非効率さばかりが浮き彫りになってしまう。
これまでもキャンベル街は何度となくルート開拓に挑戦しては挫折してきたのだろう。
その様子がありありと目に浮かぶようだった。
「それが今回は、商会の大資本で押し通せたって感じか……。しかし、あくまで形だけは出来上がったという感じで、実用化にはほど遠いな……?」
「安心した……!!」
ホッと息を吐くドロイエ。
たしかにこのような残念さでは自由競争の相手としては不足すぎる。
仮のこのルートが実用化されたとしても、誰も選ばずラクス村の運送ルートは安泰だろう。
「なーんだ心配して損した! 結局あんな連中に我々を脅かすことはできないってことだな!!」
「まったくですよ! 自分で報告して不安になりながら、自分で解説して安心しました!!」
ドロイエもセルメトもすっかり安心しきっているが、俺だけはどうにも腑に落ちない感覚に襲われていた。
今回のこの道路工事にはあの商会が関わっている。
仮にも人間族の商業を牛耳るあの組織が、この程度の不具合に気づけなかったのだろうか?
わざわざ商会長が勝ち誇りにやってきたのも筋が合わない。
不快な印象であったが、そこまで愚かだという感じもしなかった。
「……楽観はしない方がいいな」
何かしらの手は打っておくべきだろう。






