280 ダリエル、最初から話し合う気なかった
「お茶を入れましょう」
「お願いします」
商会長リトゲスが肩を怒らせて帰ったあと、俺は秘書であるドロイエと共に今後の対策を話し合うことにした。
いかに商会の連中が見下げ果てた利己主義者だとしても、何もせず打ち捨てておくのはリスクが高い。
リトゲスを招いていた時にはなかったお茶を、ドロイエと二人ですする。
「それでよかったのですか? あのようにけんもほろろに追い返して?」
「ああいうタイプは少しでも望みありな素振りを見せたらそこしか見ないからな。どこまでも自分の都合のいいようにしか解釈しない」
押しに弱い人だとそこで押し切られる。
「俺もけっこう押しに弱い方だから最初の入り口でしっかり拒否しておかないとな。あれがベストの対応だったと信じるところだ」
「押しに弱い……?」
いやドロイエさんよ、そんな嘘つきを見るような目で見なくても……!?
俺は本当に押しに弱い人なんですよ。
さもなければ結婚していない。
「あのアホをこれ以上ないくらい明確に拒絶したわけだが、当然それで終わりではない。むしろ戦いはこれから始まると言っていいだろう」
前にも言ったが、ああいう陰謀でしか物事を運べないヤツが正面切って現れる時は、勝つための道筋が完全に定まった時だ。
「ヤツの口吻にもそんなところを匂わせる感じがあったな。あれは結局のところ降伏勧告だったんだろう」
「降伏勧告?」
――『オレたちはもう、お前らの喉元に刃を突き付けているぞ』『抵抗は無意味だ。今なら命だけは助けてやろう』『だから大人しく従え』。
という感じの。
「とてもそうは聞こえませんでしたが? 私には、いつも通りすり寄って甘い汁を吸おうとしている風にしか……?」
「アイツらは、話術というか、謀というか。そういうののスペシャリストなんだよ。というかそれ以外できない。えてしてそういう手合いは隠された意図も難解にしてくるもんだ」
あたかも偉い学者さんが難解な専門用語を使いたがるように。
あるいはそうすることで相手の知力を試しているのかもな。
自分たちに利用されるだけの能力がちゃんとあるか、と。
「アイツらにあるのは小賢しさと資本だけ。直接相手をどうこうする類の力はない」
武力とか暴力とかな。
「そういうヤツらはできる限り相手を取り込もうとするんだ。直接戦えない分数そのものを力と捉えるからな。また同時に相手を戦うことなく屈服させたという優越感もある」
「屈折していますね……」
そらそうよ。
戦わずに強さを示そうとしたら、屈折しないわけにはいかない。
「しかし今日アイツらは、俺たちのことを戦わず屈させることに失敗した。するとまあ衝突するしかないわな」
アイツらのする衝突と言えば、血を流さない、それだけに陰険でねちっこい衝突だ。
俺も人生の大半を軍人として過ごしてきただけに、そんな衝突は好みではない。
その場で白黒ハッキリつく戦いの方がいい。
「まあ戦場でもキッチリクッキリ勝ち負けが決まることなんて稀だが……」
「それで村長は、相手は次にどう出ると思いますか?」
ドロイエが食い入るように尋ねてくる。
……彼女は何故かこういう政治向き(?)な話になると食いつきがいい。
勉強熱心なのかな?
まあ、商会が何を企んでいるかは俺も大いに興味のあるところだが……。
「わからない」
「えー?」
仕方あるまい。
俺とて、この目で千里を見通せるわけじゃないのだ魔王様じゃあるまいし。
俺ごときの視野はたかが知れているし、俺がこの世のすべてを把握するなどおこがましい。
しかし俺の家族や故郷の安全にかかわることとなれば知らずにいるわけにもいかない。
「ということで、俺の目の届かないところを代わりに見に行ってくれる人材が必要となるわけだ」
俺がパンパンと手を打つと、扉を開けて何者かが入室してくる。
「お前は……!」
来訪者に見覚えがあってドロイエは顔色を変えた。
「そう、密偵のセルメトだよ」
元魔王軍の諜報部隊だったのが解雇され、同じように解雇された俺が乞うて、俺の下で働いてくれるようになった。
「ダリエル様のご命令通り、商会周辺の様々な情報を収集してまいりました。これらを吟味すれば相手の目論見も判明するかと」
「いつもながらご苦労様」
何をするにしても情報は命だ。
戦うにしても、経営するにしても、ただ生きるだけにしても。
そうしたときセルメトが率いる諜報部隊は本当に頼りになるものだ。
何しろ元々魔王軍の一機関だったからな。
正規軍の諜報部なんて働きがたしかすぎて安心すること山のごとし。
「というか、魔王軍に戻ったりしないのか? キミたちをクビにしたバシュバーザもいないのだし、向こうの体制も随分改まっていると思うが?」
「私たちにとって指揮官と呼べる方はダリエル様だけです。他の者の指示を仰いだところで宝の持ち腐れにしかなりません」
こんなにきっぱり言うセルメトもどうかと思うのだが。
とにかく彼女らが魔王軍に帰順することもなく俺に従ってくれていることで得られる利益は計り知れない。
そんな彼女らに甘えてしまって情報分野を任せてしまっている俺だった。
再会から五年が経って、セルメトも年齢を重ね益々貫禄と判断力に磨きがかかっていた。
「……で、情報だけど……?」
「そうですね、とにかく商会に関わることを片っ端から集めてみましたが、それだと膨大な量になるため一つ、気になる情報だけに厳選してみました」
「気になる情報?」
「ダリエル様に関わりのありそうな話かと……」
セルメトが告げた話は、たしかに俺の興味を大きく引いた。
◆
「商会とキャンベル街が接近している?」
「はい。ここ数週間、商会の使者が足しげく行き来しています」
キャンベル街は、ここラクス村から程ない距離にある街。
隣街と言っていい。
元々この辺は辺鄙で、隣街といっても相当な距離があるんだけど。その中でも一番近いのがキャンベル街だった。
「また面倒そうな名前が出てきたな……!?」
お隣さん同士仲よく行きたいところだが、そうもいかないところが浮世の習い。
キャンベルの街は、ラクス村にそこそこ近い位置にありながらミスリル輸送ルートからは完全に外れており、ミスリルが発生させる儲けに与れない。
それでも何らかの形でかかわろうと様々な手を打ってくるのだが、時にはそれがラクス村への嫌がらせにしかならない場合もあって……。
……まあ……。
……角の立たない言い方をすれば困惑しているのだ。
「めっちゃクソ迷惑ですよね」
セルメトさん!
今心の中で言葉を選んだのに!
「まあ実際、キャンベル街から受けた嫌がらせも一度や二度じゃないしなあ」
一番記憶に残るのは一番最初。
ミスリル鉱山奪還直後に差し向けられた冒険者がやたら口出ししてきて、それらが失敗すると決闘騒ぎにまでなった。
実はあれ以後にも大小様々にキャンベル街からの嫌がらせはあった。
この五年間でも数え切れないほどだ。
そんなにミスリルの儲けに乗っかれないのが不服なのか?
キャンベル街の振舞いには、損得を越えた執念すら感じるのだった。
「私……、あの街の人々は苦手です。何度か交渉で席を同じくしたことはありますけど、あからさまにこっちを見下すようで……!」
ドロイエがそんなに忌避感を露わにすることも珍しい。
彼女も秘書としてウチに勤めるようになって一年以上が経つ。村外の交渉事を任せる機会も一度ならずあったが、その時不愉快な体験をさせてしまったか。
「キャンベル街はそもそもこの辺では一番大きな街だった。周囲の小村からの出稼ぎも多く来て、その中には当時貧しかったラクス村もあったらしいな」
俺の妻の父……お義父さんも冒険者としてキャンベル街へ出稼ぎに行き、そこでお義母さんと出会ったなどという話を聞いた。
それだけ大きく雇用の受け入れ能力もある街。
大都市としてそれ相応のプライドを持ち、周囲の寒村僻村を見下していた。
それなのに今はラクス村の方が大きく栄え、住人もこちらへ流入著しい。
彼らがラクス村を敵視するのは、そこにも理由があるのかもしれない。
「そんな連中だからこそ、商会に接近しているというのは嫌な感じしかしないな」
「私もそう思い、キャンベル街への調査を入念にしてみました。そこでわかったことなんですが……!」
セルメトが声を潜めて言う。
「彼らは、道を切り拓こうとしているようです」
「道?」
「キャンベル街からミスリル鉱山へと直接繋がる道路です」






