279 ダリエル、会談する
結局、面談が実施されたのはそれから数日経ってのことだった。
こちらとしても村長として、多数の仕事を抱える身としては……。
「よっしゃー! 兵士の駒を五つ揃えたのだわ! ここで革命だわー!!」
「トップからいきなり最下位にーッ!?」
途中、ゼビアンテスが持ってきたゲームに興じることもあったが、とにかく忙しかったのは事実だ。
俺としてはそのままお忙しいままでもかまわなかったが、そうもいかないので渋々商会長リトゲスを会談することになる。
渋々。
◆
「では改めて、商会長のリトゲスだ」
「村長ダリエルです」
会談の場は、前と同じ村長の執務室。
傍らには秘書としてのドロイエに控えてもらっている。
『いいよぉ~? 火急の用件を切り出して場を中断させてもいいよぉ~?』という念を送ってみたが、ドロイエは特に応えなかった。
そう都合よく緊急事態も発生しないということだろう。
「本日は、会談の場を設けてもらって感謝する。願わくばこれが、キミと私の友好の第一歩とならんことを」
「ん」
受け答えもテキトーになる。
「それでは用件を窺いましょう。いかなる目的でお越しに?」
「ぐぬッ……!?」
社交辞令もなしに本題から始める。
普通ならもうちょっと相手を誉めそやしたりお世辞でも言った方が、のちの高尚も捗っていいはずなのだが。
そうした前段階も取っ払っての性急な進め方にリトゲスの方も不愉快なはずだが。
それでも表情を変えず円満に進めようとするのはさすが海千山千と言えなくもないが……。
……額に青筋が浮かんでいる。
「……キミも承知のことと思うが、我々商会もまた人間族になくてはならない組織だ。冒険者ギルドと同様にな」
冒険者ギルドが取りまとめる冒険者たちは、闘神が与えたオーラの力を元に尋常ならざる戦闘力を得る。
その力はモンスターを駆除したり、同族の犯罪者を取り締まったりして自族の防衛にあたる。
防衛力は存続のために絶対必要な力だ。
「それと同じように、商会も人間族に欠くことはできないと?」
「そうだろう? 獣風情ならともかく一定以上の知性と文明を持った生命体が村座おくしていくために経済は不可欠だ。経済こそが知恵であり、経済こそが文明なのだ」
まあ、その主張は恐らく正しい。
人がモノを作り、その機能をもって生活を豊かにしていくためには物流は不可欠であろうし。
ある一定の規模を持った集団が、それぞれの才能と発想を生かして様々な道具を作り、それらを物々交換し、生きていくために欠くべからざる様々な面倒ごとを効率化していくことが文明の進歩というものだ。
それらを下支えするのが物流であり、物流を回していくのが経済であれば、その経済を掌握する商会は、人間族に必要不可欠。
なんだこの三段論法?
「そういうわけで我ら商会は人間族によりよく寄与するため常に精励しているというわけなのだよ。この身は常に社会に奉仕するためのみにある、と思っている」
「ほーん」
「それはここ、ラクス村に対しても同じだ。ダリエルさん、キミは村長として、よりこの村をより豊かにしたいとは思わないかね? そして同時に、世界全体に貢献したいとは思わないかね?」
「……まあ、思いますけれど?」
というか、俺ほどこの世界全体に貢献している人間はいないと自負しておりますが?
ミスリル武器の生産を指揮して、人間族全体の戦力の底上げを実現しておるし、それは魔導具を横流ししている魔族に対しても同じこと。
魔王様を倒さんとするレーディの指導にも力を入れたし、五年前は世界の敵でしかないインフェルノを未来永劫滅ぼし去ったり。
ついこないだなんて魔王様と直接対峙して気まぐれを起こさないよう釘刺したりもしたしな。
まあ全部、俺の家族と故郷を思ってしたことだけどな!
動機はミクロ、行為はマクロ。
それがこの俺、村長です。
「そうだろうそうだろう! 我々商会は、キミのそうした想いを手助けしたいと考えている! いやそのためにある組織と言っていい!」
何の話だったっけ?
そうそう世界に貢献したいかだっけな?
そんなフワッとした大規模概念で、しかもポジティブな方向性がついていたら誰でも肯定するしかない。
「我々商会は、ラクス村で生産されるミスリル武器を最速で、人間領の隅々にまで流通させることが可能だ! 我々が手を組めば、キミたちの商品はさらに売り上げを伸ばし、より大きな富を得ることができる。素晴らしいこととは思わないかね!?」
「素晴らしいことだな」
「そうだろう!? ……なんだ、思ったよりずっと話が通じるではないか。やはり直接会って交渉するのが一番いいということだな。さすればこの村に商会支部を作って、商品管理を任せてもらおう!」
「それには一つ条件がある」
「何かな!?」
「商会には一銭の儲けも発生しない方向で」
そう言った途端、商会長の表情が凍った。
「経費分の補填とかもなしだ。商会は、ミスリル製品を流通させるために身銭を切ってただひたすら損してもらう。どんな形でも儲けが発生している部分を発見した時点で契約は打ち切りだ」
「何をバカな!? そんな商売がありえるわけが……!」
「それが世界に貢献するということだろう?」
貢献するのに自分たちの得など考えてるんじゃない。
無償。
それこそが真の貢献であろう。
私利私欲に綺麗ごとなど差し挟むから、こんな切り返しをされるんだ。
「……それはつまり、我々の要求を飲む気がない、という理解でいいのかな?」
「これまでも散々そちらからの申し出を辞退してきたはずだがな」
結局のところコイツらが狙っているのは、ミスリル製品が発生させる利益。
そこに自分たちの取り分を上乗せしようという魂胆でしかない。
販売経路を担ってやってるんだからその取り分を寄こせと言って、値段を二倍にも三倍にもしてくる。
実際の貢献以上の報酬を要求するわけだ。
それで泣くのは高い金を払わされるお客さんだ。
俺もまた一人の消費者として、そんな横暴を見せられてムカつかずにはいられない。
「俺たちはもう既に、商会に頼る必要もなく人間領全体をカバーする販売ルートを確立している。冒険者ギルドの後ろ盾でな」
普通なら、商品流通に商会の力を借りずにいるのは不可能だ。
普通なら。
しかしウチで作っているミスリル武器ともなれば少しだけ事情が異なり、まあ要するに武器なんて買うのは冒険者ギルドに所属している冒険者しかいねーだろって話だ。
だから本来畑違いである冒険者ギルドにも任せられる。
現在ミスリル武器は、各町村にある冒険者ギルドの直売になっている。強力な武器が好ましからざる者の手に渡ることを防ぐにも有効な手立てだ。
「だからそこに商会の介入する余地はない。なのにいつまでも諦めないで本当にしつこい輩だな……!?」
「流通は専門家である我々商会に任せるべきだ! その方がより確実に、効率的に事を運ぶことができる!」
「そして法外な料金を上乗せするんだろう?」
何度も何度も言われていることを、こうして直接会ってまで言い聞かせなきゃならんとは。
本当に諦めの悪いヤツだ。
さもなくばアホだ。
あるいは欲深いとかガメついとか呼べるのかもしれない。
「ウチでの仕事にアンタらの付け入る余地は一切ない。本当に世の中のことを思うなら、ウチにはもう関わらず他の貢献する方法を探すべきじゃないのかな?」
「キミはあくまで私に……、いや我々商会に敵対するというんだね?」
「いつから敵味方みたいな話になった?」
「……残念だ、非常に残念だよ。私は心からキミと『仲良く』なりたかったというのにね」
そう言うと商会長リトゲスは立ち上がった。
もはや、その顔に商談向けの人当たりのよさなど欠片も残っていなかった。
「田舎者で世間を知らないお前に、重要な教訓を教えてやろう。それは、結局最後にはより大きな力を持つ者が勝つということだ。小さな個人が勝者になるためには、大きな力を持った集団に所属する以外にないということだ」
「それが商会だとでも?」
「お前は、幸運によって勝ち組に入れるチャンスを得た。そのチャンスを愚かにもみずから捨て去ったのだ。お前はもうこの教訓を生かすことはできない。すべてが遅すぎた。お前はもう没落して破滅するしかないのだ。我ら商会を敵に回したことでな!!」
「お帰りで~す」
そうして商会長リトゲスは、怒りを振り撒きながら去っていった。
バタンと大きな音をたてて締まる扉。
乱暴だなあ、と思った。
怒っているとはいえ仕草が子どもっぽい。
あんなのと実りのない会話をするなんて……。
……まったく本当に無駄でしかない時間だったな。






