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278 商会、動く

 午前中の仕事をサボって怒られるかと思いきや。

 職場に着いてみるとドロイエも遊んでいたので、とりあえずセーフだった。


「遊んではいません! これも村の発展を思ってのこと!」

「よっしゃー! 勇者を抜き取ったのだわ! 一気に五点ゲットなのだわ!」

「なにぃー!?」


 盛り上がっているな?

 何のゲームだあれ?


「と、とにかく村長が出勤された以上、やっと仕事を進めることができる! 午前の遅れを取り戻すつもりでシャカリキしますよ!」

「ギャー!? 山を崩されたのだわ!? 自分が負けてるからって、ひでーのだわ!」


 元々同じ四天王だったからか仲のいい二人だなあ。


 でも俺、昼中魔王様と真面目な話をして昼飯も食えていないんですが……。

 一生懸命働くにしてもまずマリーカの愛妻弁当を食べてからにしたいんですが……!


「村長……」


 ……と思っているのに、招いてもいない厄介ごとはいつも唐突に訪れる。


 執務部屋にノックして入ってきたのは、村役場に勤める職員の一人だ。


「村長に、お客様がいらしてます……」

「え? 誰?」


 戸惑いがあったのは、来客をまったく予想していなかったから。


 俺も最近はすっかり忙しい身分になって、しっかり予定を組まなければ会談もロクにできないようになってしまった。

 そうしないとやることが多すぎてクラッシュしてしまうからな。


 その辺のスケジュール管理、秘書であるドロイエに一任しているのだが……。


「妙ですね? 今日は来訪者の予定はなかったはずですが?」


 彼女も首を傾げていた。

 床一杯に散らばった駒をゼビアンテスと一緒に片付けながら。


 ……。

 だって駒を積み上げた山を、力一杯に崩すから床一面にぶちまけられてもしょうがないじゃない。


「要はアポなしの訪問ということでしょう。公正を期すためにもアポイントの省略は一切認めない。先方にもそう言って帰ってもらいなさい」


 ドロイエは、こういうところ厳格だ。

 真面目ともいえるし、融通が利かないともいえる。


 とはいえ緊急事態ということもありうる。

 とりあえず用件だけ聞いて、急ぎでないことが確定し次第ドロイエの言ったような対応でいいんじゃないかな?


「という感じで対応お願い」

「承知しました」


 職員にあとをお願いし、俺もとりあえず散らばった駒を拾おうとしたところ……。


「その対応はよろしくありませんな村長殿」


 執務室のドアをギギギと鳴らし、続いて入ってくる何者か。


「人は、特別でない者とそうでない者に分けられる。特別な者には特別な対応を、それが世の摂理では?」


 誰だ?


 断りもなく部屋に入ってくる男。

 初めて見る顔だ。


 しかし、ただ者でないことは一目見てわかった。


 年代的には俺と同じか、ちょっと下というところで非常に若い。

 仕事する男としては……、という意味だが。


 この男の発する気配は、明らかに抜け目ない商売人のそれだった。

 商売人で四十そこらはまだまだ若造と言ってよかったが、この男……。


 商売人であると同時に、詐欺師めいた気配もまとっている。


「困ります! 別室でお待ちくださいとお願いしたはずです!」


 報告に来た職員さんが色をなして男につっかかるが……。


「煩いぞ使いっ走り。相手を見て物を言え」


 男は傲岸だった。


「お前ごとき下っ端の判断で、数千万という儲けをふいにする気か? お前にそんな権限があると思うのか? くだらん考えで上級者の行動を乱すな。下っ端は脳ミソなど持たず、上からの命令をただ実行するだけでいいのだ」


 あまりに一方的な物言いに、ウチの職員はひるまざるを得ない。


 あのやりとりから見て、あの男が俺との会談を希望している訪問者のようだが……。


「ウチの職員は、自分の職務を遂行しているだけです」


 俺が代わって矢面に立つ。


「文句があるなら俺に直接言ってもらおう。ただし、アポイントを取って予定を立ててからのことになるが」

「これは失礼。別に他意があって申したことではないのだよ」


 男、俺に対しては打って変わって慇懃。


「キミとは良好な関係を築きたいと思っている。互いが利益を得て、互いに発展できる間柄をね。キミは尊敬に値する才覚の持ち主だ、ダリエル村長」

「そう言うアナタは……」


 この営業スマイルを浮かべる男に向かって言う。


「商会長リトゲスさんですね?」


 と言った途端、あからさまな作り笑顔を引っ込め真顔になる。


「ほう、驚いたね。私のことをご存じとは……!?」


 直に見るのは初めてだ。

 しかしだからと言って、人相を知らないということもない。


 特に俺には、かつて魔王軍の下で活躍していた優秀な諜報部隊がいるから。

 重要人物の人相書きなどは連日のように送られてくる。


「キミは思った以上に油断ならぬ相手のようだ。では改めて自己紹介させてもらおう。商会の長リトゲスだ」

「ダリエルです。ラクス村の村長を務めています」


 手を差し出してくるので、すぐさま握り返す。

 数秒の間ハンドシェイクして、離した手をすぐさまその辺にある布巾で拭った。


「よろしくお願いする。これが末永い付き合いの始まりになれば嬉しい限りだ」

「商会長みずから乗り込んでくるとはね」


 その点に関してのみ意外だったな。


 商会がウチの村を狙っているのは随分前からわかっていたことだ。

 これまでも陰に日当に様々な搦め手を加えてきたことだしな。


 それが今になって堂々正面から向かってくるとは……。


「それだけキミのことを重視しているという証明と受け取ってほしい。キミには、我々がどれだけ想い焦がれているかなかなか伝わらないようなのでね」


 気持ち悪い言い方をするな。


「キミが打ち立てた偉業は、歴史に刻まれるべきものだ。ミスリル鉱山を魔族の手から取り戻したのが六年前。その間に様々な政策を打ち出して体制を整備し、ミスリル加工の技術を甦らせ、人間領全土へ流通させる仕組みを整えた。その手腕は感服に値する」

「どうも」


 本来なら商会は、冒険者ギルドと並ぶ巨大組織だ。

 その頂点というべきリトゲスは、たしか諜報部からの情報によるとまだ三十代半ばのはず。

 その若さでその肩書となれば、それこそ稀代の実業家というべきだが……。


 ……なんでかな?

 そんなに『スゲエ!』という気が起きないのは?


 ついさっき世界で一番、しかも次元を遥かに超えて『スゲエ!』となる御方と対峙した直後だからか?


 ……魔王様のすぐあとだと、誰だったとしても『スゲエ!』という気は起きんなあ……。


「我々商会もまた、人間族のためにキミの偉業を後援したいと考えている。これから互いに何ができるか、膝を詰めて話し合おうじゃないか」

「それもいいかもしれえませんな」

「話が早くて助かる! ……いや、これまで何度もアプローチをかけてきたのに袖にされてきたからな。今度も断られたらどうしようかと思っていたのだ。やはり直接会って話すのがよかった! 誠意が伝わるからな!」


 と商会長は浮かれる。


「ちゃんとアポイントを取ったあとでな」

「え?」

「ウチの職員が言ったはずでしょう。村長である俺との会談は、緊急性のあるものを除いてアポイントを取り、予定を組んで執り行われる。これに例外はない」

「しかしッ……!? 私は商会長だぞ! その辺り配慮があって然るべきでは……!?」

「俺が配慮すべき相手は他にもたくさんいる。そのすべての公正を考え抜いた結果がこれだ。ルールに従えない人間とは話し合えない」

「ぬぐ……ッ!?」


 ウチの職員を使い走り扱いするような輩とは特にな。


「わかったら受け付けに戻り、面談の申し込みをすることだな。案ずることはない。こっちも仕事はテキパキ進めていく方だから、明日明後日中には面談できるだろう」


 それまでウチの村の宿にでも泊まって大いにお金を落としていってくれ。


「……ッ!? フンッ!」


 肩書に比してプライドが高いのだろう、憤懣の色がありあり顔に浮かんが商会長は肩を怒らせ、執務室から出て行った。


「怒って帰ってしまったのでしょうか……?」


 それを見送るドロイエの独り言。


「いや、言われた通り受付でアポイントを取るんだろうさ。ムカついても感情に押し流されるようではトップに立てない」


 どんな山だとしても、その頂点にまで登る人間は多量の激情を含みながら、それをもっとも適切な形で噴出できる者のことだった。


 あの商会長リトゲスも、伏魔殿というべき商会の頂点に立つ者だから、不必要な場面で垂れ流しはすまい。


「それよりも重要なのは、ついに商会が直接乗り込んできたということだな」


 ヤツらはセンターギルドや魔王軍とは違う。

 直接の実行力は持たない組織だ。

 だから先を読み、陰謀を巡らせ、他人を駒のように動かすことでしか目的を達成することはできない。


 そんなヤツらが直接姿を現したということは……。

 ……確実に勝ちを得られる算段が付いたということでもある。


 けっして楽観はできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最悪、商会上層部みんな暗殺するしかないな。 疑念は残るかもしれんがじゃあない。
[一言] 一番めんどくさいのはちまちま数でやってくる人間なんだな
[一言] ミスリルが取れても、それを加工する技術がなければどうしようもないんだよなぁ
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