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276 ダリエル、神をみなす

 この世界は……。

 俺たち人類は、どうやら理由をもって生まれたらしい。


 創造主たるものを倒すために。


 その行為に何の意味があるのかわからない。


 しかし自分たちがそのために生み出されたというのであれば、それに従わねば俺たちは存在する意味が消失するのではないか。


「しかし違う」


 どんな目的が始まりにあったとしても、生み出されたからには生み出された者の意思と望みがある。


 創造主を殺すための手段であった人類も、その歴史の中で様々な営みと物語を紡いできた。


 俺もその中の一人。


 大きな使命など持たない。

 どこにでもいる平凡な一人として、ただひたすら懸命に生きてきた。


 その結果、様々な人と出会い、繋がりを持ち、家庭に入って守るべきものを持つ。


「俺には守るものがある。それを守り抜くことが俺の生きる意味だと思っている」


 だからたとえ創造主様が、俺たちを生み出した理由を迫ったとしても……。

 俺は俺自身が見つけ出した目標を捨て去ることなどできない。


「だからアナタと戦うことはできません。申し訳ない」


 せめてもの謝罪に頭を下げる。


 この世界の主である、この御方と戦うことになれば俺の全人生を懸けることになるだろう。

 しかし俺には我が子たちが、家族が、俺が長を務めるこの村があって、それらを守り育むことにこそ俺は人生を懸けたい。


「……この世界の主の言うことが聞けないの?」

「この世界の主なればこそ、そこに住む一人一人の小さな幸せを慈しむべきでは?」


 相手は創造主。

 この世界で誰よりも勝手気ままに振舞える。


 思い通りにならないものは叩き壊すのだって容易だろう。


 俺が、家庭と故郷を理由に創造主を拒むなら、創造主は俺のもっとも大事なものを脅かすこともできる。


 魔王を倒さねば世界が滅ぶ。


 さすればいくら俺でも自分の居場所を守るために戦うしかなくなるだろう。

 巣をつつかれた獣が死に物狂いで襲い掛かるように。


 ……。

 この御方は、自分の望みを叶えるために、どんな決断を下す?


「……はああああ、わかった、わかったよ」


 魔王様は、くたびれた溜息を吐いた。子どもの身なりで老人のように。


「キミも意地悪だねえ。かつて暗黒兵士として、散々ぼくちんの在り方を間近で眺めてきたはずじゃないか。それなのにぼくちんに衆生を見守る守護神の役割を求めるの?」

「俺もみずから親になってわかりました。いかなる存在であろうと、親は子を慈しむものであろうと」


 この世界に生きる人類すべてがアナタの生み出したものであれば……。

 この世界すべてをアナタは慈しむべきだろう。


「それが万物の父たるものの務めであれば」

「要求が大きいねえ」


 苦笑いする魔王様。


「まあ、こうなることはわかっていたよ。キミをその気にさせるために世界を危機に陥れたとしても、ブチ切れたキミがぼくちんを倒せる保証はないもんねえ。もしダメだった場合、マジで世界が滅んじゃって他のプランまで台無しになったら元も子もない」

「ご慧眼です」

「はあ……、やっぱり『天』の力に目覚めちゃった人たちはこうなるのかなあ? 目先の勝ち負けなんかより大事なものを見つけちゃうんだよ。それで打倒魔王なんてどうでもいいってなっちゃうんだよ」

「それが悟るということなのでしょう」

「実のところキミたち以前にも『天』の力に目覚めた人たちはいたよ。でも皆同じように、戦いから興味をなくしちゃうんだよね。そして人生を満喫して去ってしまう。地獄にも天国にも留まらずに……」


 魔王様が用意した死後世そのいずれにも行くことなく、魂のあるがままに沿って入滅する。


 なんだかよくわかった。

 俺もいずれはそうやって、死後は何も残さず消滅するのだろう。


 俺が子どもたちに遺す、様々な財産ややりかけの仕事を除いて。


「皆勝手だよ……。自分たちだけ納得してさ……。ぼくちんを残して皆去っていくんだ。どこにも行けないぼくちんだけを残して……」


 そんな魔王様の独り言は、何故か俺の心に突き刺さるものがあった。


 世界の創造主。

 全知全能の主。


 すべてにおいて優れ、すべて好き勝手にできるはずの頂点なのに。

 本当に重大な一点だけをどうしようもないことを抱えている。


 今この瞬間だけ、この全能者を哀れに感じた。


「ふーんだ、いいもーんだ。ダリエルくんが使えなくてもいいもーんだ。ぼくちんにはまだレーディちゃんがいるもんね!」


 だからレーディは、今どこで何してるんですか?


「レーディちゃんも地獄の力を持っている! ドリスメギアンくんが意図せず遺した、もう一つの遺産だよ! 彼女ならやる気もあるしきっとぼくちんを倒してくれるに違いないよね!?」

「彼女は勇者ですからねえ」


 それがそもそもの目標ですし。


「ぼくちんこれでもレーディちゃんには通常以上の期待をかけてるんで、特別な練習場を用意してあげたんだ。……ヴァルハラに送ろうかとも最初は思ったんだけどね。色々考えてみて、あそこに送ってもぼくちん倒すまでの域にはなれないなって思ってね」

「何にしろいいことです」


 ヴァルハラに行ってしまったら、完全にこっちのものでなくなってしまうからな。


「魔王様、一ついいですか」

「なんじゃらほい」

「アナタは俺が、究極の力を手に入れたと仰りますが、俺はまだまだ自分が足りないことだらけだと思っています」


 父親として、この村の長として。

 至らぬことが多すぎる。


 失敗を一つ見つけるたびに、自分はどうしてこう成長しないものだろうかと歯痒い思いをする。


「俺はこれからも成長していかねばなりません。育む者として。それは戦い壊す者として強くなることより何倍も難しく、そして何百倍も意義あることではないのでしょうか?」


 俺は究極には程遠い。

 この世界で誰もがそうするように、ジタバタ虫のようにもがく、ごく平凡な一人にすぎないのだ。


「聖を極めた者が、俗をも極めようとするか。まあわかるよ」


 魔王様はわかるらしい。


「舐めないでおくれよ。これでもキミの何千百倍も在り続けているんだからね。過去、幾人もの聖人が、己の辿りついた境地に飽き足らず、さらなる歩を進めたか……」

「魔王様が言うと説得力がありますね」

「そういう連中は大体俗に戻ってくるものさ。かつてもっとも下等で汚らわしいと見切りをつけた俗の中にね。聖域を見尽くした者にとっては、凡俗の中にこそ真理が見いだせるものなのか」


 いや、知りませんけど。

 俺はそんな凄い人たちの同類ではなくて、ただのオッサンですからね。


 日々銭を稼いで家族を養うことで精一杯ですわ。


「まあいいさ。キミがそういう心境ならぼくちんも創造主の度量をみせてあげよう。キミはキミの生きる凡庸の中で求道していくがよい」

「ありがとうございます」

「ぼくちんはぼくちんで、自分の望みを叶える方策を進めていくとするよ。ちょうど新しいプランも見えてきたことだしね」


 ん?


 一体何のことかと追求しようとしたその時だった。


「ハルくーん! ハルくーん! ハルくぅぅぅぅぅぅううううううおおおおおおぇええええぁぁああああああんんんんんんんッッ!!」


 遠くから何か呼び声があったかと思ったら、ウチのグランくんではないか。


 あれッ?

 もしやッ?


「昼ご飯を食べ終わったようだねえ。午後の遊びが始まりか」


 ということは!?

 俺は今日の昼休みをも丸まる魔王様との会話に費やしてしまったというのか!?


 午前の部に続いて!

 順調に一日が潰れていく!?


「ほいやぁーッ!」

「ぐえぁッ!?」


 いきなり俺のすねを襲う衝撃!?

 見れば娘セリーカがフライパンで、俺のスネ目掛けてフルスイング!?


「お父しゃま!! 仕事をサボって何してるんですか!? ドロイエおばちゃまが一人で大変なんですよ!!」

「まことに申し訳ない!!」


 本当その通りだよ!

 昼休みは終わりの時刻だが、これはもう昼飯食べてる時間なんてない!


 取り急ぎ村長の仕事に戻らなければ!


「ではグランにセリーカよ! 父はこれから己に鞭打って仕事してくるのでキミたちは思う様に遊ぶがいい! 遊ぶことが子どもの仕事だからな! アデュー!」

「頑張ってね、おじさん」

「まッ!? ……おうキミもな!?」


 思わず『魔王様』と呼びそうになるのを寸前で堪え、俺は言葉を飲み込んだ。

 そして走り去る。


 結局のところあの御方が何で子どもにまで化けてウチの子に接近したのかわからず仕舞いであった。

 俺が目標なら率直に俺へ近づけばいいのにな。


 いまだ釈然としないものを抱えながらだが、しかし目の前の片付けねばならん仕事もたくさんある俺に脇目は許されなかった。

 これが俗に塗れるということか。


 走りながらチラリと振り返れば、相変わらず息子グランとハルくん(魔王様)は楽しげにチャンバラごっこで遊んでいた。


 随分走ったはずなのに衝撃波がビリビリ飛んできた。

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― 新着の感想 ―
[一言] グランくん既に目をつけられてるどころか、魔王様自ら稽古しとるな
[気になる点] ダリエルの脛への一撃…もしかして、一番魔王さんを『容赦なく』倒せそうなのって、ユリーカ?(笑)
[一言] 魔王様はやさしいね 別に世界じゃなくダリエル本人や村を襲えばいいのに。戦うしかない状況を作るなんて造作もないはずでしょ
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