273 友だち、アイツだった
ウチの子は何か凄い友だちを得ていた。
チャンバラごっこに興じる二人が数合打ち合ったあとには砂塵舞い上がり、空気は渦巻き、一種の修羅場と化していた。
木剣がぶつかり合うたび、野獣の悲鳴のような音を立てる。
「にゃんだばー」
「いぬよりねこがすきー」
しかし掛け声だけは気が抜けているのだった。
そのうち……。
「あー! お昼だー!」
グランの方が先に、振り回す木剣を止めた。
「お昼ごはんだー! あーはらへった! ハルくん俺一回帰るねー! 昼ごはん食べたらまた遊ぼうぜー!」
「うんわかったよー、また午後にねー!」
「午後にGO-!」
そう言ってグランはもと来た道を駆け去っていった。
……。
えッ? お昼!?
すると子どもらの遊び(?)を見守っていた俺も午前中ずっとここにいたってこと!?
いくら子どもたちが想像以上のハイレベルチャンバラごっこを繰り広げたとしても、時間を忘れ見入っていたなんて!?
……。
まあ、ドロイエにはあとで謝っておけばいいか。
それよりも今は、あの子どもだ。
ちょうどいいというか、グランが昼飯を食いに帰ったため、あの子は一人きりだ。
彼も昼食をとりに自分の家へ引き返すのかと思いきやそんな様子もなく立ち尽くしている。
益々怪しい。
行動を起こすなら今だろうと俺は、意を決して物陰から進み出た。
「やあキミ、ちょっといいかな?」
「あー、変質者だー」
「違うよ!?」
まあ日も高いうちから見知らぬ児童に声をかけるなんて明らかな案件だが、俺に関したは問題ないはずだ!
村長にして三児(もうすぐ四児)の父親! 社会的地位も信用もあるはず!
「ウチの子と仲よくしてくれて『ありがとう』と言いたくてね。それから、何の魂胆かも知りたかったし」
「何のこと? ふーん、おじちゃんグランくんのお父さんなんだ。親子なだけによく似てるね」
ははははは、いい子だなあ。
「キミの家はどこだい? 遠くから遊びに来ているのかな?」
「あっちだよ」
少年が指さすのはあらぬ方向だった。
そっちには住宅地が広がっている区域があるため、まあ別に不自然なことはない。
「お父さんお母さんは何をやってる人? よかったら子どもたちの親同士挨拶したいな?」
「今はとっても忙しいんだ」
なんか本格的に自分が変質者じみてきた気がする。
これ以上は己の精神的健康によろしからずやなのでさっさと核心に迫ってしまおう。
「もういいでしょう? そろそろ正体を明かしてくれませんか?」
「ぼくちんなんのことかさっぱりわからないなー」
おい今。
語るに落ちましたぞ。
そんな珍妙な一人称を使う輩は、俺の知る限りお一人しかいらっしゃらねんですがね。
さあ観念しなー。
「ふぅー、しょうがないにゃ。ダリエルくんは追及がしつこすぎるよー」
ハルくん……と呼ばれていたか。
この子の雰囲気が明らかに変わった。
鋭く大きく、圧倒的に、そして幾分慣れ親しんだものに……。
「ある時はご近所で評判のお坊ちゃん。またある時は人間族が崇め奉る戦いの神。そしてまたある時は魔王。しかしてその実態は……!?」
子どもの姿が……、特に変わらなかった。
「この世界を統べるもの、主神オージンなのですにゃん!」
「姿変わらないんですか?」
「まあ、ぼくちんは好きな姿に変わることができるからね。これといって真の姿とかはないんだよ。魔王城で取ってる姿も、役割上威厳のある姿がいいと思ってね……!」
そう。
我が息子グランにできた新しい友だちとは……。
……魔王様だったのだ!!
「なんでだよ!?」
「どうしたのいきなり大声出して?」
いやここで絶叫の一つも上げとかんと話が突飛で収まりなさすぎる。
ウチの子と友だちになる魔王。
一体何なんや?
「それよりダリエルくんは、よくぼくちんの正体に気づけたねー? 一体どこでバレたのかな?」
「そりゃ……、子どもがあんな凄まじい打ち合いしていたら……!?」
異様に思わない方がおかしいでしょうよ?
「えー? それでもちょっと類まれなる奇才を持った、いずれ英雄になる子どもとか思わなかったの?」
「既にうちの子がいますし」
そう狭い範囲にポンポン麒麟児が生まれてたまるものか。
「それに決定的なこともありましたよ。アナタのオーラです」
「……」
「既にオーラ能力を解放している息子に付き合うためとはいえ、少々早ぎすぎましたね。アナタはこの世界の主です。魔法もオーラもアナタが人々に与えたものに過ぎない」
だから魔王様自身はオーラも魔法も使うことはできないのだろう。
所詮人に合わせて調整したもの。人とは完全に別種である支配者の奮う力ではない。
「しかし、あらゆる力の根源がアナタである以上、オーラもしくは魔法によく似た力を使うことはできる。より上位の力……と言い換えてもいいのかな?」
さっきグランとじゃれ合っていた時はその力を調整し、極めてオーラに似たような力に偽装したんだろう。
「本来アナタが使う力よりだいぶ質を落としてね。ウチの子と遊ぶためとはいえ、随分回りくどいマネをするじゃないですか?」
「見分けがつかないぐらいに装ったつもりでもダリエルくんには見破られちゃうかー。こんな些細なことでもぼくちんの思惑を外せるのはダリエルくんくらいのものだね!」
「恐れ入ります」
で。
本題に入ってほしいのだけれど。
アナタこんなところで何をしてやがりますか?
わざわざ変身までして正体を隠し……。
本来の居城である魔王城から出て、こんな田舎村までやってきてしていることは子どもと遊び。
世界を支配する神の所業とも思えない!
「だって退屈だったんだもーん」
悪びれもせず魔王様は言った。
子ども姿で。
前の姿よりは違和感ないな?
「ダリエルくんばっかり毎日楽しそうにしててさ。忙しいの? 充実してる? ぼくちんのことは放っといてさ」
…………。
これはもしや……?
俺、魔王様に絡まれてる?
これは大いにマズい状況だ。
世界に厄介者数多くあれども、魔王様以上に絡まれてヤバい相手はいない。
何せこの世界を創造した神であるのだから。
能力だってこの世界で最大最強最高であることは間違いない。
それも二位以下を次元隔てる差で引き離しながら。
この御方に目を付けられて、平穏無事な一生を過ごせるなどとは思えない。
「…………アナタには聞きたいことが色々あります」
「露骨な話題逸らしだねー」
魔王様、子どもの姿で悪魔のような笑みを浮かべる。
中身はやっぱり変わっていない?
「安心しなさいよ。レーディちゃんは生きているよ。ヴァルハラの住人にすらなっていないよ」
「そんな質問を先回りするように……!?」
いや、彼女のことが心配なのもたしかですよ?
生存してるって信じてたし!
「彼女はなかなか見どころがあるから特別な環境で修行してもらってるんだ。期待通りになれば滅茶苦茶強くなって出てくることだろうね。さもなくば消滅する」
「消滅!?」
「それよりも今の問題はキミだよダリエルくん? あれから五年も経って、いい加減来てくれるかと思ったのにちっとも来てくれないんだもん。キミならぼくちんを倒せるのにさ」
…………。
「そうキミは、もう既にぼくちんを倒せる力を持っているよね?」
何も答えることができなかった。