268 商会、鉱山を狙う(人間族side)
商会は、人間族の商業を一手に掌握する組織であった。
各地の流通ルートを確保し、あらゆる地産の価値ある物品をまんべんなく各地に征き渡らせる。
商売を許可制にし、不正を働く悪徳商人を市場から締め出す。
正当な商売が執り行われるためにも調停役は必要不可欠だが、いつの世でもそうしたまとめ役には利権が絡み、富を求める寄生虫の巣窟となりかねない。
実際人間領の商会も組織的には末期に進み、一般的な商人を庇護するどころか法外な利用費、無駄に複雑なルールによる締め付けで却って害しかもたらさない。
単なる既得権益の牙城と化してしまっていた。
そんな商会にとって今、目障りな存在が一つある。
ラクス村。
ほんの数年前まで何もない寒村であったのが、あるきっかけから急速に大きくなる。
すべてはミスリル鉱山の存在によるものであった。
かつては魔族の手にあったものが人間族に奪還され、そこから産出されるミスリルも人間領へ流通する。
鉄や銅のように実用的であり、その性能は現存するあらゆる鉱物を凌ぐというので、その価値は最高。
それどころかかの村は、冒険者ギルドの援助で腕利きの鍛冶師を呼び入れ、ミスリルを素材とした各種武具の製作まで一手に行っている。
冒険者ギルド側も、既に悪徳でしかない商会の動きを警戒していたのだろう。
気づいたことにはすべてが完成し、入り込む余地などなくなっていた。
すべてがラクス村の中だけで完結し、ミスリル武具の販売は商会に何ら利益をもたらすものではなかった。
これではいけない。
危機感を持った商会は遅まきながらも動き、ミスリル事業を商会の管理の下行うように働きかける。
しかしラクス村を率いる男は想像以上の難物で、頑なに応じない。
普通ならここであらゆる類の脅しをもって屈服させるのだが、元々限界集落としてあらゆる交流のなかったラクス村に商会が及ぼせる害は何もなかった。
それ以上に冒険者ギルドからの大きなバックアップもある。
大抵ミスリルから作られるものは冒険者の扱う武器なので、冒険者ギルドが直接取引して各冒険者に行き渡させればそれこそ商会の出る幕などなかった。
むしろ商会が絡むことで余計な段階が発生し、費用もかさめば流通も遅れると悪いことしかないのだが、商会は気にしない。
商会にとっては自分に利益の出ることが至上なのであり、その結果小売業者や消費者がどれだけ損をしようが知ったことではなかった。
すべての商業原理は自分たちに利益をもたらすためのものであり、そうでない商業など存在してはならなかった。
だからラクス村のミスリル売買も、しっかり商会の管理下になければならない。
それはもはや利害を超えて、自分たちの教義に逆らう者を排除せよという宗教めいた動機も働いている。
ラクス村……、というかダリエルは今やそんな厄介な相手を敵としていた。
人々の生活に食い込み、法を乗っ取って自分たちの都合がいいように歪めてしまう者は、ある意味インフェルノ以上にたちが悪い。
それでもダリエルは、魔王軍時代からそういった寄生生物の扱いには経験があって、無策で臨むことはなかった。
アランツィルやセンターギルド理事長など頼れる親類の力を借り、どうにか今日まで商業的独立を保ち続けてきたダリエルである。
しかし、それにもとうとう相手側が痺れを切らし始めていた。
◆
「センターギルド理事長が快復し、職務に復帰したそうな」
「チッ、あの妖怪ジジイめが……。どれだけ権力の頂点にしがみつき続ければ気が済むのか……!?」
商会幹部が一堂に集まり、会議を開いている。
皆例外なく豪勢な衣装に身を包んでおり、手元には七色に光り輝く指輪がいくつも輝いていた。
いずれも法外な値のつく高級品であろうが、みずから汗水たらして稼いだ金で買ったのではない。既得権益によって寝ながら懐に入ってきた金が変わったもの。
しかし彼らはそれでもなお貪欲に富を求めた。
ミスリルが生み出す莫大な利益を、自分たちも欲しいのだ。
自分たちは何も関わっていないのに。
「理事長の引退が先送りになれば、我らがミスリル鉱山を掌握する未来は益々遠のきますな……!?」
「それだけが唯一正しい未来だというのに……!」
「現理事長は、我々を目の敵にしています! どうして冒険者ギルドが関わる流通に、我ら商会をことごとくシャットアウトするのでしょう!?」
余計な費用がかさむからであった。
「人間領の商売を管轄しているのは我ら商会なのです! ならば冒険者ギルドで起きる金の流れも我々が管理して当然のこと!」
「素人が行うよりもずっと効率的に売買を整えてやりますというのに!」
「ほんの少しの手数料をいただいてな!」
そのほんの少しの手数料とは、売り上げの五割を商会側の利益として徴収することだった。
必然、小売価格は二倍に跳ね上がる。
「まあ、センターギルド理事長については放っておいてよかろう」
有象無象が話し合う中、一つの落ち着いた声が上がる。
「どちらにしろ老齢だ。どんなに健康に気を使おうとそう遠からず彼は舞台から消え去る。そう、あと十年も経たないうちに彼は天に召されることだろう」
「そうですな……!? 老い先短いジジイのことなど気にしても仕方がない。さすが商会長のご慧眼です!」
商会長、と呼ばれた男はしかし、周囲にいる幹部たちに比べて一層若い。
外見的には四十前後でダリエルと同世代と言ったところか。
しかし油断ない佇まいに、利益があれば一瞬も見逃すまいという眼光。
利益に寄生することでしか生きられない類の生き物の中では、俊敏な気配を備えていた。
「私はね、この世のすべての人々と仲よくしたいんだ」
商会長リトゲスは言った。
この若さで商会のトップに立つため、破滅させた人間の数は両手に余るという。
「商売とは信頼と平和によって成り立つものだからね。信頼する相手にモノを売り、相手も信頼によってお金を払ってくれる。信頼されない人間の売り物なんて誰も買ってくれないよ。だから我々商会は、地上すべての人々から信頼されなくてはならない」
「仰る通りです商会長!」
商会幹部がこぞって賛同した。
彼の太鼓持ちだけが今、商会では生き延びられる。
「特にラクス村の村長ダリエル氏。彼とも一層仲良くなりたいんだがね? 彼と我ら商会がガッチリ手を組めば、かなり大きな商売を回すことができる。理想的な世界だよ」
「仰る通りです商会長!」
「しかし残念なことに彼は、私たちと仲よくするつもりがないらしい。ずっと長いことラブコールを送ってきたのだがね。想いが通じないとは悲しいことだ」
商人は戦いを生業にする者ではない。
だから邪魔者がいたとしてもあからさまに排除するマネなどしない。
密やかに、ゆっくりと、乾殺しにするように枯れさせていき、耐えかねた相手が屈服するならばよし。
それを彼らの価値観では『仲良くなる』という。
もっとも独自の生業を持ち、冒険者ギルドという強力な後ろ盾を持つラクス村には通じないのだが。
だからこそ彼らは焦れに焦れまくっていた。
「信頼していたガンドミラフ氏が失脚した以上、もはやラクス村を懐柔する手段は尽きたと言っていいね」
「もはや我々にも余裕はないと存じます。これ以上ラクス村の暴虐を許してしまえば、我ら商会は他からも舐められることになりますまいか!?」
「ダメだよ相手を悪く言っては、何度も言っているように何より重要なのは信頼だ」
空々しい言葉であった。
「しかし、その意見ももっとも。そろそろ方針をプランBに移す時が来たのかもね」
「さすが商会長! 既に腹案をお持ちでしたか!」
「ラクス村はズルいと思わないかい? ミスリスは人間族全体の宝、その宝物を独り占めにしている。これは度し難い不均衡だ。だから……」
別の者にもミスリルを扱えるよう取り計らえばいい。
これまでは地理的要素が、それを許さなかった。
魔族領と境界を接し微妙な土地柄、山野深き地形によって掘り出したミスリルを人間領へ運ぶには必ずラクス村を通過しなければならない。
「我々の新しい友人はどうしている?」
「ははッ、商会長のご慧眼通り、ラクス村に近きキャンベル街は恨みを深めています! 隣村が一方的に栄え、自分たちに何の得もないのが許せぬと!」
状況を俯瞰し、利用できる手駒を探し出すのは商人の得意技だった。
そうして見つけ出したのはラクス村に近いところにあるキャンベルの街。
過去にも幾たびか小競り合いしてきた厄介な隣人であった。
「既に我ら商会から資金を提供し、ミスリル鉱山へと続く新ルートを開拓しています。開通すればもはやラクス村だけが唯一のミスリルロードではなくなります!」
「よろしい。自分たちの不動の地位が崩れた時のラクス村の表情は見ものだね。その時こそダリエル氏は、私の友人になってくれるだろうか」
ルートさえ繋がれば強引に産出したミスリルを奪い取り、商会のルートから売りさばく自信が商会長にはあった。
しかし彼はまだ知らぬ。
これからミスリル鉱山が大いなる混乱の中心になっていくことを。
いかに権謀術数を誇ろうと、所詮陰謀家は陰謀家であり直接の武力に敵わない。
戦争という歴史の表舞台に出てくれば、地上へ引きずり出されたモグラよりも無力で哀れな存在となる。
冒険者ギルドと肩を並べて表舞台で戦い続けていた魔王軍までもがミスリルを狙っている。
既得権益の寄生虫たちはそのことを予測すべきだったが、長く人間領だけが世界であった彼らの想像力が、その外に及ぶことは無理なことだった。
この判断ミスのために。
彼らは何より大好きな既得権益を失い滅びることとなる。
誰もがミスリル鉱山を狙っている。






