267 四天王ベゼリア、鉱山を狙う(魔族side)
暗黒将軍リゼートは魔王城へと引き換えしていた。
本来なら最前線にてラスパーダ要塞再建任務を賜った彼だが、急ぎの用件ができてしまった。
魔王軍における要職、暗黒将軍の座に就きながらも彼はいまだ魔王軍特務官の役を兼任していた。
特務官は無能な四天王を監督し、ときにその職務を代行する役職であったので、四天王側に大きな動きがあれば、当然反応しなければならない。
その四天王が、新メンバー加入早々軍を大きく動かし始めたというから、特務官としては看過するわけにはいかない。
早速最前線から本拠へとんぼ返り。
みずからの役職の過酷さを思い知るリゼートだった。
「こういう時は、本当ダリエルがうらやましくなる……!?」
心の中でかつての同僚が思い浮かぶ。
リゼートが若き暗黒兵士として魔王軍に入った際、数百人という同期同輩がいたが、その中でも異彩を放っていたのがダリエルという男。
魔法がまったく使えないくせに頭が回り、野性的な判断力を持ち、生死を分ける局面で少しも遅疑することがなく、また下した決断が間違いであることも決してなかった。
その上、当時の最高責任者であった四天王グランバーザのお気に入りで、魔法が使えず最下級の暗黒兵士に留まりながら、重要な役どころを与えられる。
口さがない者は『依怙贔屓』だのと的外れなことを言っていたが、リゼートにはわかっていた。
それはダリエルにしか務まらない重要な役割だと。
実際にダリエルの判断が魔王軍を救ったことは一度や二度ではない。
そんなダリエルも政変に巻き込まれ、魔王軍から追われた。
しかし結果的にそれはよいことであったのかもしれない。
ダリエルが去ってからの魔王軍は混乱し、それこそ近世もっとも困難な時代へと突入していくのだから。
前時代を支えた英雄グランバーザと、そのグランバーザを陰から支えたダリエル。
この二人がいなくなった魔王軍は、それこそ柱石を失ったようなもので、若く経験のない新四天王の下、唐変木な指示の連発で命令系統がズタズタ。
あの頃が一番苦しかったとリゼートは回顧する。
実際に当時、胃壁がただれて倒れたこともあるリゼートだった。
それに比べてダリエルは、魔王軍を解雇されながらちゃっかりと新たなる居場所を見つけ出し、そこにて順風満帆の人生を推し進めていた。
どこに行ってもやっていけるヤツだとは思っていたが、真の出生が判明し、その出自に従ってオーラ能力を得たかつての同僚はいよいよ手の付けられない真の怪物と化した。
将器を持ち合わせ、博覧強記にして決断力をも備える。それに加えて単騎で千軍万馬を蹴散らせる武力まで得たのだから、もはやヤツ自身が勇者か四天王になっていいぐらいの強豪であった。
それなのに無欲にも今は田舎村に引きこもり、そこの村長など勤めている。
嫁を貰い、子宝にも恵まれて、今のリゼートには想像も及ばないほど穏やかで満ち足りた人生だった。
「……こっちは忙しさでどうにかなりそうなのに」
あまりの忙しさに旧友の家へ訪問する回数もすっかり減って、ラスパーダ要塞にて成長した同輩の子を見違えたほどであった。
今もまさに忙しい。
問題児バシュバーザが他界してのち、そこまで大きな問題も起こさなかった新四天王であるが、今回久々にとんでもないことが起きそうな気配であった。
せっかく旧雄二人が手を取り合い、人魔闘争始まって以来の穏やかな期間が到来してきているというのに……。
「何故、このタイミングで軍を動かす……!?」
リゼートは叫び出したくなる衝動にかられ、かつもとにかく急ぎ、魔王城へと帰還した。
そこには既に出撃準備の整った魔王軍の一部隊が集結していた。
指揮するのは新たに選抜された四天王の面々である。
◆
「ベゼリア殿ッ!!」
到着するなり四天王筆頭に食って掛かる。
ここ最近、大胆な人員整理が行われ、新たに就任した四天王はリゼートからしてみれば取るに足らない若造ばかりである。
事が起こせるとしては唯一人員刷新を乗り越え、今や古株となった水の四天王以外ありえなかった。
「どういうおつもりですかベゼリア殿!? 特務官である私に一言も相談もなく挙兵など!?」
「落ち着き給えよリゼートくん? お互いもう歳だ。あまり怒ってばかりいると血圧が上がっちゃうよ?」
誰のせいで血管が破裂しそうになっているのだと……。
叫びたい気持ちを抑えて深呼吸するリゼート。
「まあ、キミも水属性が得意の魔法使いじゃないか? 同じ水魔導士として仲良くやっていこうじゃないか?」
馴れ馴れしく言ってくるものの、リゼートはこの四天王の奥底がいまいち見通せず、警戒する。
前体制からのただ一人の生き残り。奥底見通せぬ『濁水』のベゼリア……。
「………………ベゼリア殿、我々は前もって示し合わせたはずですな?」
「ああ、互いの担当をね」
四天王は、魔王軍の中で特に特殊な役割を持つ。
その最大の目的は、魔王を狙う殺し屋……勇者の阻止。
それのみを最優先として魔王軍内から選りすぐりの……時には外部からも招聘し最強の魔導士を束ねるのが四天王であった。
それ以外の魔王軍は、魔族領内のモンスター排除や犯罪者の取り締まりなど、雑々とした責務をこなしていく一方、四天王は勇者対策のみに専念する。
そのために魔王軍全体への命令権を持つ四天王は非常に強力な立場にあり、同時にその使命が重大であることの証明でもあった。
魔王軍は……、四天王はその誇りに懸けて勇者を阻まねばならないのである。
「たしかに先の……、勇者襲撃は衝撃でした。誰にも気づかれることなく魔王様の下まで辿りつかれてしまったのですから」
「ああ、私もラスパーダ要塞跡地に出張っていたのがすっかり裏をかかれてしまったよ。勇者が魔王様の下に攻め上るにはあそこを通過するしかないと思っていたからね」
正確にはドロイエとゼビアンテスが気付き、阻止に向かったことになっているのだが、双方ともその話には触れなかった。
「それ以降、我ら魔王軍の防衛体制は白紙になりました。ラスパーダ要塞を守っていればいいという前提は崩れ去り、勇者はどこから魔王軍に入ってくるかわからない……!」
「そう、だから我々四天王は最奥まで下がり、魔王様の直近でお守りするのが一番よいとされた。代わりに暗黒将軍へ昇格したキミに最前線へ出張ってもらってね」
正直この状況でラスパーダ要塞を再建する意味はあるのかと疑問が浮かぶが、人間族との休戦協定を存続させるためにも作業は必要とされた。
どうあれ人間族との紛争は、魔族の進歩を遅らせる面倒ごとでしかない。
「前線は我ら魔王軍の正規指導者に任せ、四天王は魔王様の直近にて守りを固める。またいつ新たな勇者がふいに襲ってきても対応できるように。そういう手筈ではなかったですか!?」
「そうだったね、私に代わって最前線へ出向、その働き大いに感謝しているよ。暗黒将軍リゼートくん?」
「……ッ!?」
そのヒトを手玉に取ったような態度。
称賛の声も却って相手を侮っているかのように見える。
すべての同僚を失い、頼りない新顔を率いるベゼリアは、あるいはすべての枷から解き放たれ、その不気味さをいかんなく発揮できるようになったのではないか。
「それにね、私だって何の理由もなく軍を動かしているわけじゃないんだよ? 考え合ってのことだ。そこのところを察してほしいね?」
「一体どこを攻めるおつもりなのですか?」
「ミスリル鉱山さ」
「ミスリル鉱山!?」
その名を聞いて、ますます困惑を深めるリゼート。
かつて魔族の手にあったミスリル鉱山が、人間族に奪われてから早もう六年。
鉱山を失ったのは魔王軍(正確にはバシュバーザ一人)の落ち度であったことから、魔王の指示により奪還行動は禁止されていた。
「もうほとぼりは冷めたろう? 重要度は群を抜くミスリル鉱山。そろそろ魔族の手に取り戻してもいいと思ってね?」
「何故このタイミングなのです!? 人魔の間では現在ラスパーダ要塞再建を主軸にした休戦協定が結ばれている! 今軍事行動を起こせば協定を破ったことになります!」
「それを先にやったのは人間族の方だ。勇者がどんなタイミングで魔王様を襲ったか思い出してみたまえ?」
それを言われると反論できないリゼートだった。
勇者強襲が起こった際も危うく協定は崩れるところだったが、人魔両陣営が必死に取り繕うことでなんとか回避された。
結局のところ誰だって戦乱を望まないのだ。
それなのにベゼリアが余計なマネをし、一軍をもってミスリル鉱山を襲えば、もはや立派な軍事行動。
事態はより悪化し、魔族と人間族の全面戦争へ突入しかねない。
「ベゼリア殿、これがアナタの気まぐれから出た行動だとするなら、私は全力でアナタを止める。世界を脅かす揺らぎを、魔族の側から出すわけにはいかない……!」
「バシュバーザと一緒にしないでくれよ。私の辞書に『気まぐれ』などという言葉はないね」
「では……!?」
「リゼートくん、これは一種の探りだよ」
いつにない真剣さでベゼリアは言った。
「私の推理では、勇者はミスリル鉱山の方から来たと睨んでいる」
「何ッ!?」
「実際あそこには警護と称し多数の冒険者が駐在しているしね? ドロイエもゼビアンテスも最後まで口を割ることはなかった。だからこそこっちから揺さぶりをかけていくしかないだろう?」
ミスリル鉱山は重要拠点。
そこが危うくなれば……。
「相手も動かざるを得ない。勇者を魔王様の下に送り込んだ黒幕が。これは遠大な計画の一段階に過ぎないんだよ」
魔王を守るためにも、勇者の秘密襲撃ルートを特定することは急務。
その方針を出されれば、リゼートもこれ以上反発することは不可能だった。
「これは私の勘だがね。黒幕の正体は、私もキミも案外知ってるヤツかもしれないよ?」
そういうのを最後にベゼリアは去っていった。
集めた兵に本格的な進軍を命じるためだろう。
ヤツの捨て台詞はリゼートの胸に深々と刺さった。彼の脳裏に浮かぶのは、年来の友の顔。
「……ダリエル、お前なのか……?」
リゼートは知っている、現在実質的にミスリル鉱山を治めているのは他でもないあの男だと。
ダリエルが現住するラクス村は案外魔王城にも近いし、彼の才覚をもってすれば誰にも気づかれることなく勇者を魔王城まで送ることなど……。
……容易いと言わざるを得ない。
「ダリエル……、かつて魔王軍だったお前が、魔王様を脅かそうというのか」
インフェルノによる一連の災禍を知らないリゼートはそう思うしかない。
魔王の真の望みを知り、勇者を後援することが魔王への忠誠心と何ら矛盾することがない判明しても、リゼートには届かない。
「お前が身も心も人間族になり、魔王様を殺そうとするなら。私は魔王軍の一員としてヤツを倒さねば……!」
一人の責任ある男が覚悟を固めた。
魔王軍は実動能力をもってミスリル鉱山へ……。






