265 スタンビル、理事になる
ラクス村に帰ってきた。
センターギルドから。
日帰りであった。
だって夜に母親のマリーカと一緒でないとぐずるからな、この子。
まだお母さんが恋しい年頃なのだ。
だからどんなにわんぱくで外で遊び回っても、夕方には必ず帰ってくるし、そうでなかったら突っ走ったまま帰ってこないということもありうる。
今回はそのお陰で息子みずから勇者就任を辞退し、事なきを得たんだが……。
結局、勇者選抜会の結果はサトメの思惑通りうやむやになった。
一からやり直すにしても、既に六歳の子どもによって薙ぎ倒された候補たちでは勇者になっても締まらない。
もっともよいのはウチの子グランが勇者になることだが、やはり年齢という問題が立ち塞がった。
少なくともあと十年待たなくては再び勇者に打診できない。
これらの問題を解決する妙案が出るまで、新たなる勇者を選び出すのは棚上げになりそうだった。
まあそれがいい。
勇者による魔王討伐行の裏の理由を知っていれば、急ぐ必要など少しもないとわかるはずだ。
それより俺は、早速サトメからいただいたアドバイスを活用することにした。
引退する理事長さんに代わる新理事を、こちらから見繕わなければ。
センターギルド理事会は、人間族の重要事項を決定する強大な権力機関。
そこへ俺たちの敵対勢力が幅を利かせるというのは実に面白くない。
今俺とラクス村には『商会』という明確な政敵がいる。
ラクス村から生み出されるミスリル製品の利益を狙っているのだ。
俺としては争いは好まないが、自分のすることに人からいちいち指図を受けるのは好まない。
魔王軍時代と違って今の俺は村の長、いわば一国一城の主。
他人に従って働く時代は魔王軍で終わり、今は俺も俺自身の判断で生き抜いているという自負がある。
それに商会に従って村人たちに益があるとも思えないしな。
だからこそ相手に好き勝手させないためにも、自分派の理事を確保することは必要だ。
商会側も、もっとも都合よく動かせるガンドミラフが失脚したとはいえ、他にもいくつか手駒があるようだ。
ソイツらが滑り込む前にしっかり空席を埋めておかないとな。
現センターギルド理事長さんに代わって、確定的に俺たちの味方をしてくれる理事を据える。
でもそんな都合のいい人材いたっけかな?
既に一度白羽の矢を立てたベストフレッドさんもダメになっているし……。
他に誰かいいヤツがいるとしたら……。
「ああ、アイツだ」
俺の脳裏に一名の顔が浮かんだ。
◆
「スタンビルくん、キミ理事にならない?」
「なんですと!?」
俺にとっては妻の兄……義兄に当たるスタンビルくんだが単純な年齢は俺の方が上。
それに一介の冒険者と村長という社会的立場もあるので日ごろは砕けた態度で接している。
あと彼は人格的に敬意を払う気になれないしな……。
「今なんと言ったんです? 何? 何になるって?」
「だから理事だよ。センターギルドの理事」
「はええええええええええッッ!?」
よっぽど意外だったのか、口から出る言葉は奇声だった。
いや、俺としてはいい案だと思うんだ。
スタンビルを理事にするということは。
元々ウチの奥さんマリーカは現センターギルド理事長の孫娘。
すると必然、マリーカの兄スタンビルもまた理事長の孫ということになる。
コイツらは特にそういうこと気にせず冒険者稼業に精を出しているようだが、この血縁的コネを駆使すれば、そこまで能力がなくともセンターギルドの要職に在りつけるご身分なのだ。
無論、その頂点というべきセンターギルド理事の座に就くには、もう一つか二つのポジティブ要素が加わらないとダメだが。
「資金面は安心しろ。ラクス村の全力をもって後押ししてやる。今ウチは儲かっているから金あるぞ?」
「いや、そんな問題じゃなく!? オレが理事に!? 逆じゃないですか!? アナタこそがセンターギルド理事になるべきでは!?」
「俺は一生ラクス村に尽くすんだよ」
だから継続的に村を離れることはない。
しかしセンターギルドで村のためにできることは多い。
「その役目を、キミに譲ろうというのだよ、お義兄さん」
「ほけえええええええッッ!?」
また奇声を発した。
よっぽど意外だったのか、嬉しかったのか。
「ちょっとアナタ、大丈夫なんです?」
彼の放った奇声がよほど響き渡ったのか。この場にいないはずのマリーカがやってきた。
表情には『余計なことすんな』的な気持ちがありあり浮かんでいる。
「どんなに血筋が立派だって、当人が有能じゃなきゃ要職なんて務まらないでしょう? ウチの兄はただでさえオツムが軽い上に、これまで冒険者一筋ないんですから。政治家なんて務まるわけがありませんよ」
わかりきっていたことだが。
マリーカの実兄に対する言葉に容赦の欠片もない。
しかし彼女の言うことが事実であるのもまた事実。
「その点は心配ないよ。彼は理事の椅子に座っているだけでいいんだから」
要するにスタンビルの手腕にはまったく期待していないということだ。
無能ならば無能なりに余計なことをせず、ただこちらの有利な決定に頷き、不利な案件には頑として反対する。
そういう存在であってくれればいい。
「そういう意味ではスタンビルはもってこいの人材だ。いい具合に無知だから余計なことをするかのせいも低いし、裏切る可能性も極めて低い。なんてったって親族だもの」
「……旦那様は、ウチのバカ兄を買い被っていません?」
辛辣。
ときに智者の想像を超える愚行をするのがバカの特権ともいえるが……。
「しかし兄はやる気のようだぞ?」
もう既にスタンビルさん、その辺を飛び回っている。
「オレが理事いいいいいいッ! センターギルドの幹部うううッ! やるぞ! オレはやるぞおおおおッ!!」
元々上昇志向の強い男だったから、この提案には天に昇るほど嬉しかったようだ。
当人もやる気だし、まあこれで話は決まったかな?
と思いきや、また事態は予想だにしない方向へと舵を切っていく。
◆
「理事長、復活ッッ!!」
なんと現センターギルド理事長が病床から回復した。
しかも全快と言っていい勢い。
病を患う前より元気になったんじゃねえの?
「いやー、あのバカ長男が失脚したと聞いたら心が軽くなっての! 食は進むわ気力漲るわで、まったく元気溌剌じゃわい!」
と両手を上げてフロント・ダブル・バイセップスのポーズをとる理事長。
ホント元気そう。
すると引退の話は……。
「もちろん撤回じゃよ! 理事の連中もワシがいないと何も決まらんと勇者選抜会で思い知ったようじゃしの! 改選も問題なく乗り切れそうじゃし、あと十年は現役じゃあ! ハハハハハハハハハハ!!」
若者のように高笑いする理事長さん。
この分だと、あと二十年は死にそうにないな、このジイサン。
その向こうで、さらに若い者が老人のように白く燃え尽きている。
「すると……、するとオレの理事就任は……!?」
スタンビルであった。
理事長に代わって親ラクス村として理事会に送り込もうとしたが、当の理事長さんが復職されるんなら、その必要はない。
ラクス村の後ろ盾になってくれるんなら経験のないスタンビルでもかまわないとは思っていたが、当然経験豊富で実力もある理事長さんが続行されるんなら、それに越したことはない。
「うん、ごめんね。すべては白紙撤回ということで……」
「そんな……! オレの拓けた道が……! 上り調子のこれからが……!?」
がっくりとうなだれるスタンビル。
ぬか喜びが相当堪えたようだ。
あそこまで見事に落ち込むと、なんだか悪い気すらしてきた。
「ダリエルよ? 何じゃあの若造は……?」
アナタのお孫さんですよ。
初めてスタンビルに注意を向けた理事長さんへ教えてあげる。
「なんと、エリーカは他にも子を産んどったか? うーむ……?」
理事長、まじまじとスタンビルを見詰め、それから一言。
「この若造、ワシに預けてくれんか?」
「はいー?」
唐突に言う。
「ワシの現役続行が決まったとはいえ、後継問題は根本的に解決しておらん。いずれは誰かに受け継いでもらわねばの」
「それにスタンビルを?」
「孫というならもってこいじゃし、何も知らぬ若造なら一から鍛え上げるにはちょうどいいわい。ワシが今度こそ力尽きるまでに十年、その間に立派なモノノケに育て上げてみせようぞ!」
そう言って理事長さん、スタンビルを引きずって駆け出して行ってしまった。
「ええええッ!? ちょっと待って! オレは、オレの明日はどっちに!? ほげえええええええッ!?」
スタンビルの戸惑いの声が高くなりながら遠ざかり、そして消えていった。
……まあ、これですべては丸く収まったのかな?






