264 サトメ、毒を得る
「ええ……!?」
サトメが明かした事実に、俺は困惑を抑えきれない。
「サトメが……? じゃあガンドミラフのアホに入れ知恵して、ウチのグランを勇者選抜会に推薦させたのも……!?」
「私です。私もそれなりに商会からの信頼を得られるようになりましたので、理事長の息子に加担するふりをして傀儡に仕立て上げるという重要任務を任されるようになりました」
そんな重大なことをポロッと!?
「グランちゃんを利用したことも私ならではの企みと言えますでしょう? いくら商会がしたたかだからって、村長のプライベートまで事細かに調べ上げるのは困難です」
た、たしかに……!?
俺にはセルメトたちという諜報担当者たちもついてるしな。彼らの防諜を突破して家族の情報を抜き取られたというよりは、身内から漏れたとする方がまだ絶望的じゃない?
そんなことないか?
「じゃあキミは心底商会に加担して、俺たちを陥れようとしたのか? 俺だけじゃなくグランまで……!?」
そんなことがあっちのアランツィルさんに知れたら命がないぞ?
俺だって許さんがな。
どんな形であれ、俺をどうにかするために妻や子どもたちを狙うとあれば万死に値する。
「ガンドミラフは失墜した。キミの目論見は断たれたぞ?」
「そんなことはありません。私の目的は完璧に達成されました。それこそ理想的に」
「?」
「商会は違うでしょうがね。現理事長に代わってバカ息子を理事会に入れ、裏から操り極めつけにはラクス村まで手に入れる。そんな計画が最初の一歩で頓挫し歯噛みしていることでしょう」
「キミは違うのか?」
つまりサトメは現在商会に所属していながら、商会とは目的を別にすると。
「当然です。私の目的はいついかなる時もレーディ様です」
「レーディ」
今どこにいるかわからない勇者レーディ。
「レーディ様は生きています。行方がわからないだけで今も必ずどこかで生存し、魔王を倒すために己を鍛えているに違いありません。レーディ様は必ず帰ってくる。だからこそ私たちは、レーディ様がいつ戻られてもいいように準備しておかなくては」
準備……!?
「特に、レーディ様がまだ健在だというのに新しい勇者を決めるなどもっての外です。レーディ様の戦いはまだ終わっていない。あの人の戦いを勝手に終わらせてはならないんです……!!」
新たな勇者の選出は、まさしく先代勇者の幕引きを告げるもの。
それが、勇者レーディを心から慕うサトメにとっては許せないことだった。
「だからグランを呼んだって言うのか……!?」
「あの子がすべてにおいて規格外だというのは、ラクス村に滞在していた私にはわかります。あの子が暴れれば勇者選抜会がぶち壊しになる可能性は非常に高く、実際そうなりました」
たしかに……!?
グランはまだ親離れできないお陰で勇者になれないし、他の勇者候補はグランが薙ぎ倒してしまった。
お陰でセンターギルド理事会は困惑し、結論を先延ばしにするほどだ。
「きっといつまでたっても結論は出ませんよ。偉いヤツというのは大抵そう。肝心のセンターギルド理事長が病欠ともなればますます結論なんて出せないでしょう」
そのまま人間族は勇者不在の帰還が続き……。
もっとも新しい勇者とはレーディのままになる。
それがサトメの思惑というわけか。
「年端もいかないグランくんを計略に利用したのは申し訳ありませんでした。スマートな手口とはとても言えませんね」
一応グランを利用したことへの反省の言葉はあった。
それがなければ、たとえサトメと言えども叩き潰していたところだ。
「……キミの目的は、レーディの勇者活動を今なおサポートすること、ということか?」
「それ以外には何もありません。私は……私たちは肝心な時にレーディ様のお供をできなかった。私たちにはもう冒険者を名乗る資格はありません。でもせめて他の手段であの人の手助けをしたい」
勇者パーティの皆は、魔王の圧倒的全能力を見せつけられたことで心が折れてしまった。
だから魔王城へ向かうレーディに同行することができなかった。
魔王と戦う恐怖に心が支配され、進むことができなくなった。
だからこそレーディはたった一人で魔王に挑戦し、そして今持って帰ってこない。
この一件に自信を失ったセッシャさんは世捨て人となり、サトメもまた冒険者とは違う道のりを歩いている。
「キミたちはまだ信じているんだな、レーディのことを……?」
「もちろんです。ダリエル村長は信じていないんですか?」
鋭く聞かれたものだった。
無論俺だってレーディがもう死んでしまったなどとは微塵も思っていない。
きっとどこかで生きていて、魔王様を倒す目標に向かって何らかの努力をしているはずだ。
その答えはセッシャさんを前にした時と同様、変わることはない。
「ならばダリエル村長も協力してください。レーディ様がいつの日か魔王を倒し、凱旋してくるその日まで新しい勇者など立てさせません。アランツィル様の息子にして、今やミスリス流通を一手に握るダリエルさんの影響力は、味方としては心強い……!」
いや。
別に俺だってレーディのためならば何かするのはやぶさかじゃないけども……?
「無論、村長にもメリットは用意しています。私と手を組めば、商会の情報が限りなくアナタのところへ入ってきます。今となってはもっとも警戒すべき相手が商会なのではないですか?」
「そりゃまあまったくその通りだが……」
五年後のサトメがバイタリティに溢れすぎていて怖い。
完全に自分から権謀術数をぶん回しているじゃないか。
元々彼女は、このような女だっただろうか?
五年という歳月でもっとも変化したのは彼女なのではなかろうか?
「キミは、商会を利用するために潜り込んでいるというのか?」
「他に理由があると思いますか?」
今のサトメは、気軽に信じるにはあまりにも妖しすぎたが、しかし共に戦った過去は変わらない。
「わかった、キミを信じよう。俺にできることがあれば何でも言ってくれ。……ただし」
子どもたちを利用するのは金輪際ナシだぞ。
ということを念押しした。
「もちろんわかっています。世界の真理を紐解くよりも、家族と共に何気ない日々を送ることを重要とする。それがダリエル村長ですものね」
何かを見透かしてくるようなサトメの視線だった。
「それでは協力関係成立ということで、早速ですが村長、お気を付けください。商会が伸ばす魔の手はガンドミラフだけではありませんよ」
「だろうな」
会場ではまだアランツィルさんが孫グランと遊んでいる。
その遊びの内容が『凄皇裂空』のぶつけ合いというので、周囲に見物人たちが群がっている。
勇者選抜会を脱落した冒険者たちが神を拝むような姿勢になっておる?
「はっはっは、グランくんは随分『凄皇裂空』の連発が利くようになったな! おじいちゃんはトシだから息切れしそうだわい!」
「わーい! 押し切るぞー!」
平和な風景を見守りながら交わす密談の苦々しさよ。
「理事長引退を見越して新たに加入するセンターギルド理事、商会は自分の息のかかった候補をまだ三人は確保しています。ガンドミラフなどスペアの一つに過ぎないということです」
「ソイツらを通して『商会に加入しないラクス村はけしからん』という風潮をセンターギルド内にも蔓延させる気か?」
「センターギルド自体が商会を敵視していますんであからさまな傀儡は弾くでしょうけど、油断は禁物です」
サトメの話では、それ以外にもいくつものプランでラクス村を乗っ取る手はずを整えんとしているらしい。
どれもすべて真っ向からの正攻法はない。迂遠な搦め手だった。
「それが商会というものです。彼らにとって激突という言葉はないんですよ。迂回し、逸らし、なだめすかし、絡めとって、相手を自分の中に取り込んでしまうんです」
「ラクス村が取り込まれることのないよう注意を払おう」
「差し当たっては、こちら側からも新しい理事の候補を立てておくことですね。強固にラクス村を擁護する、完璧なる味方が望ましいです」
「だよなー」
サトメの言うことは正しい。
受け身に回って勝てる戦いなど一つもないならば、勝つための唯一無二の手段は常に先手を取り、主導権を握り続けることだ。
その鉄則は、正面切っての闘争でも、裏に回っての暗闘でもどちらでも変わらない。
「穏やかに暮らしたい俺としては悩ましいところなんだがな」
「静かに過ごしていると後手に回らざるを得ませんからね」
グランくんがおじいちゃんと遊び飽きてラクス村に帰ったら、早速真面目に新理事候補を探しておくか。
グラン始め、子どもたちの健やかに育つ環境を守るためにも、村に商会は入れたくない。






