260 息子グラン、強い
そんな些事の末にようやくセンターギルドへ入る。
勇者選抜会は、センターギルド建物内にある訓練場で行われるらしい。
かつてA級昇格試験で、俺が試験官に駆り出された時もそこでやったっけな。
それも五年前のこと、何もかも懐かしい。
さて、六歳にして勇者選抜会に挑戦する我が息子に改めて激励の言葉をかける。
「まあ、記念と思って。危ないと思ったらすぐ降参しなさい。審査員も競争相手も、子ども相手に本気になったりはしないだろうから……」
「ええ~? 必ず優勝するよ? 勇者になるよ?」
その自信はどこから湧いてくるのだろうか息子よ?
いやマジでこんな子どもが出場していいのかと不安になってくるが、原則的に勇者選抜会にしっかり決まった出場規定はない。
強いて挙げれば人間族であることぐらいか。
俺たちのよく知るアランツィルさんなんか冒険者ギルドにも所属していない状態から選抜会を圧勝して勇者になったと聞くし、なんでもありの大会なんだろうな。
「じゃあ父ちゃん見ててね! 俺の大活躍を!!」
「出場することに意義があるんだぞー」
張り切って会場へと向かう息子。
俺も息子の勇姿をできるだけ近くで見ておきたい、かつ心配で何かあったら速攻駆け付けられるように会場ギリギリの外周にスタンバイ。
何事もなく終わってくれたらいいが……。
「ふっふっふっふ……、よい展開ではないか……!?」
息子を心配してハラハラしていたら、そこへ余計なヤツが登場。
ガンドミラフではないか、やっぱりコイツが黒幕か?
「ウチの子に変な招待状送ったのはお前だな?」
「ぐぼぉッ!?」
とりあえず挨拶代わりに腹を殴っておいた。
拳が丸々鳩尾にのめり込む。
「ぐぉ……ッ!? ぐぉぼぼぼぼぼ……ッ! すべては我が栄光の直線ルートというわけよぉ」
胃液を口から漏らしながら、まだ勝ち誇ったようにしゃべり続ける。
案外根性あるのかも?
「優秀なる我が手の者が調査を済ませている。お前の子煩悩ぶりをな……!」
「いや、自分の子どもは誰だって可愛いものでは?」
「そんな我が子が勇者となれば、お前も支援しないわけにはいかない。既にわかっているだろうが、あの子を勇者選抜会に推薦したのは私だ! かの大勇者アランツィルの孫! 才能、名声共に最高の逸材だ! これを見出した私の見識も知れ渡り、理事に選出される要因の一つとなるだろう! ……んぐっほッ!?」
また鳩尾に拳をめり込ませてやった。
ウチの子をお前の権力の手駒には絶対させんぞ!?
「フン……、どう足掻こうと、これから勇者となったあのガキを支援していくしかないのだ。お前は私と共同でな! 実の子は可愛かろう? 助けてやらねば親を名乗る資格はないぞ。そして、あのガキを理事会から後ろ盾する私にも協力するしかない」
悪辣な手口だなあとは思った。
ガンドミラフが下衆であることは一目見た時からわかっていたが、しかし目の付け所がただの下衆とは違う。
俺が息子のことを溺愛していることを知らなければ、こんな策は打てないだろう。
俺のことをプライベートに至るまでよく調べ上げている。
親の七光りに頼るだけのバカ息子にはできそうにない悪だくみだった。
「……一体誰に入れ知恵された?」
「答える義務はないな。私には助けてくれる者が大勢いるとだけ言っておこう。未来のセンターギルド理事長には味方が大勢いなくてはな!」
ただ権力や財力のおこぼれに与ろうとしているだけでは?
しかも権力の持ち主が、こんなボンクラではな。現当主たる理事長さんよりずっとコントロールしやすいだろうし、利益も引き出しやすいだろうなあ、と思う。
「ぐはははははは! お前ごとき凡俗の意志など関係ない! すべては未来のセンターギルド理事長ガンドミラフの望むとおりに流れていく! 観念して私のために資金を差し出すがいい!!」
「勝ち誇ってるところ悪いんだが、その計画は上手くいくのか?」
「は? 何を言っている!? この私が遂行する計画だぞ! 100%上手くいくに決まっているではないか!!」
なんという自信。
無根拠でもここまで信じ込めれば大したものとなるんだろうが……。
「事実、息子につられてお前もここまで来ているではないか!? すべて私の思惑通りだ!」
「ここまではな? でも最終的に俺の協力を確約するためには、ウチの子が勇者になる必要があるんだよな?」
そうでなければ、我が息グランくん勇者選抜会のどこぞかでリタイヤし『残念だったね』で帰宅。
そこですべてがお仕舞になる。
グラン以外の誰が勇者になったところで、俺がラクス村を上げて支援する義理なんかないし意志もない。
「……いやいや、アレだぞ? お前は自分の息子を過小評価しているだろう? お前がかの大勇者アランツィルの息子なら、お前の息子であるあのガキは大勇者アランツィルの孫! 才能は申し分ないではないか?」
俺の出自ももう知っているのか。
だとすればやはり、相当手回しのいいヤツがバカ息子についているということになるが。
「才能は申し分ないかもしれないがな。それでもまだウチの子は、六歳だぞ?」
「何いいいいいッ!?」
その反応、まさか事前に知らなかったとか?
俺に子どもがいるということだけ聞いて、年齢については聞き及んでいなかったとか。
情報収集を部下に任せきりで、自分は何もしないボンクラ上司の鑑のような振舞いだ。
「ろくさいいいいいいいッ!? アホかッ!? アホなのか!? 屈強なA級冒険者に交じって六歳児ごときが勝ち上がれるかああああッ!?」
ガンドミラフも、まだ父親の理事長さんが正式引退していない以上まだ理事ではない。
ただの人。
そんな人が勇み足で六歳児を勇者に推薦したら『コイツ、バカじゃねえの』となるのは必定。
却って理事への道が遠のくだろう。
常識見識のないうつけ者として。
「お前もアホかあああああッ!? 何故止めない!? 六歳児ごときが恐れ多くも勇者選抜会に出るだと!? 親なら止めろ! それが普通ではないかああああッ!」
「自分から推薦状出しといて勝手だなあ」
しかし慌てるガンドミラフなど打ち捨てて、勇者選抜会はついに開催された。
ここに集まった百人程度の強豪。
この仲からたった一人が選ばれて、レーディのあとを継いで勇者になる。
さて一体誰が選ばれるのやら。
「やっぱり一段二段と審査が分かれるようだな……?」
第一次審査で篩にかけ、ある一定のレベルまで絞るらしい。
審査内容はバトルロイヤル。
つまり自分らで殺し合って数を減らせってことか。いささか乱暴な。
「ああ? なんで子どもがこんなところにいるんだ?」
我が子グラン、早速目をつけられた。
あの中に子どもが交じっていたら、そりゃ目立つもんな。
「お前は……、あのアランツィル様の息子殿が連れてた子どもじゃねえか!? お父上はどうした!?」
グランくんに絡んでいるのは、入り口でも会った大男だった。
斧使いのアービニさんとか言ってたか。
「父ちゃんはあっちにいるよー」
「ええ……ッ? マジだ!? なんで場外にいるんだ!? そして子どもが内側にいる!?」
「だって出場するの俺だもんー。父ちゃんは付き添いー」
「マジか!? ……いや待てよ? あの人がアランツィル様の息子だということは……、その子どもはアランツィル様の孫!? それならこんなガキんちょでも勇者選抜に挑戦する資格が……、いや……!?」
混乱してる混乱してる。
しかし、そこはもう既に戦場となっている。そんな最中に迂闊に混乱してたら……。
「隙ありー」
グランの方から仕掛けた。
この日の戦いのために用意してあった木刀で……。
「うおッ!? しかしオレとて故郷で一番の冒険者! 不意打ち程度でガキに押し負けるかー!!」
アービニとやら、自身に恵まれた最大武器である巨体を頼りにグランを迎え撃とうとする。
しかし浅はかな判断だった。
冒険者の最大の武器はオーラだと言っただろうに。
「えいッ、やッ、とうぅー!」
「ほげやああああああッ!?」
それ見たことか。
オーラがしっかり通ったグランの木刀に、筋肉の鎧など何の意味も持たない。
さらに関節など筋肉の薄い部分を上手いとこ抉っていくから、なおさら意味なく深刻なダメージを受け、筋肉巨漢は沈んでいった。
そもそものオーラ量が違う上に、ガード(守)オーラに適性がない限り、相手のオーラ攻撃は回避するのが最善手。
いくら体つきが頑強だって、素で耐えようというのは無謀すぎる。
「あの子ども……、オーラを使ったぞ……!?」
「一体どうなっているんだ……!? 子どもが勇者選抜会に出ること自体異様だが……!?」
周囲の参加者たちも驚いている。
そう、グランはいつの間にやらオーラ能力に覚醒していた。
犯人はお義父さんだ。
グランバーザ様アランツィルさんに負けず劣らずジジバカのあの人だもの。ギルドマスターの職権を濫用して、グランのオーラ能力を開いていたらしい。
お陰でもう既にオーラ攻撃は随分精通している息子。
誰に似たのやら。
なんやかんやと心配された六歳の我が息子だが。
無事御快進撃を始めるようだ。






