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25 スミスじいさん、傑作に挑戦する

 早速試し斬りをやれと俺は鍛冶場の外へ連れ出される。

 そしてスミスじいさんが拵えたばかりの剣を持ち、振り抜く。


「ふんッ!」


 それだけで鍛冶場近くに生えていた木が二三本まとめて切り倒された。


「…………ッ!」


 ゾロゾロ着いてきたキャンベル街鍛冶も驚き絶句した。


「凄いなこれ……!」


 俺は忌憚なく呟いた。


 何が凄いかと言って、手にした感触だけでわかる凄さ。

 オーラを通す時の感触が、鉄製の剣とはまったく別種。


 ミスリルの剣は、まるで真綿が水を吸うようにオーラを宿していく。

 それに比べたら鉄製の剣は、それこそ鉄に水を吸わせようとするかのようだった。


 それくらい感触が違った。


「ミスリルはな、内部にまでオーラを浸透させるんだ。他の金属は周囲にまとわせるだけ。そこが決定的な違いと言われている」


 スミスじいさん自慢げに語る。

 久々にいい仕事ができた風に満足そうだ。


「だからこそオーラを使った戦いでミスリル製の武器は飛び抜けている。ワシはあくまで作る側だから知らないが、ミスリル武器を使った特有の戦法もあったって話だ」


 俺は、ミスリル武器を振るうのが楽しくて、フォンフォン振り回してしまう。

 そのたび木が倒れる。

 ちょっとやり過ぎかな?


「せっかくだから細かく斬り刻んで薪を作ってくれよ。鍛冶仕事には火が不可欠だからなあ」


 本当に口調から若々しくなったスミスじいさんだった。


「貴様! 汚いぞ!」


 そして抗議に来るフィットビタン。

 何をそんなにお怒りか?


「その老人、村の野鍛冶じゃないな!? 名のある刀工に違いない! 何故隠していた!?」

「勝手に勘違いしたのはアンタらだろう? 文句言われる筋合いはないのう」


 スミスじいさんここぞとばかりにおちょくる口調。


「大体、センターギルドの意向に反して居座っとるお前さんらの方が無道なんじゃ。文句があるなら訴えるか? ん?」

「く……ッ!?」


 法的根拠があるわけでもなく、まして鍛冶師としての腕前も歴然。

 キャンベル街勢が総お手上げの状態からスミスじいさん一人が颯爽解決したのを見せつけられた手前、あらゆる文句を封じられた状態だった。


「ろ、老師……、ご無礼を申し訳ない」


 それでもフィットビタンが果敢に言う。


「アナタが最初から身分を明かしてくれれば、こちらも相応の礼を払いましたものを……。その名人芸、感服するばかりです。どうか我が街の鍛冶師に教授いただけませんか」

「やなこったーい」


 スミスじいさん、すげない。


「ワシが鍛冶師生涯を注ぎ込んで磨き上げた技を、なんで見ず知らずのヤツに教えてやらねばならんのじゃ? しかもタダで? 図々しいにもほどがある」

「……ッ!?」

「アンタらのことはギルド幹部が戻ってきてからじっくり話し合おうじゃないか。ワシはそれまで村でのんびりさせてもらうよ」

「お、お待ちください老師……ッ!」

「さ、若造行こうかのう」


 スミスじいさんは俺を促し、きっぱりと去っていた。

 俺は振り返る。

 後方ではフィットビタンが血走る目つきで睨みつけていた。

 気のせいだろうか?


 その鬼気迫る視線はむしろ俺の方へ注がれていた。



「いやあスッキリした! スカッと爽やか!」


 村の中央へ戻る途中スミスじいさんは上機嫌。


「ああいう何でも自分の思い通りになるって考えてる輩に逆捩じ食わせるのは最高じゃあ!」

「あんまり禍根が残るようなことしないでくださいね」


 俺は、身も心もラクス村の住人だから、隣街との関係が悪化するのは回避したかった。


 ただ、スミスじいさんが向こうの申し出を断ってくれたのは助かった。

 ここでキャンベル街勢がミスリルの加工の仕方を覚えて鍛冶場に居座りでもしたら、ラクス村としてはかなり面倒なことになっただろうから。


「さて若造、そろそろ剣を返さんか」

「えッ!?」


 この剣、俺にくれないんですか!?

 ここまでの流れからすると、そうなりません!?


「バカ言うなじゃ。こんな剣、久々にミスリル触った肩慣らしに作った試作品じゃぞ!」

「はあ……!?」

「もっと本格的な力作でなければ、お前さんの手には吊り合わん。ワシが最高と見定めたお前さんの手にはな」


 え?

 それはつまり……?


「さっき見てやったじゃろう? 人生の大半を鍛冶に捧げたワシの感触に狂いはない。お前さんほどの特別なオーラ適性を持った者は、今まで見た者の中でもほとんどいなかった。いるとすれば……!」


 そこまで語り、スミスじいさんはハッとする。


「……いや顧客情報は秘密にせんとな。とにかく若造。お前さんには特別な武器でないと似合わんのじゃ。それこそ精魂込めて拵えんとな」

「アナタが作ってくれるって言うんですか?」

「もちろんじゃとも」

「ホントですか!? 本当に作ってくれるの!?」


 これまでの経緯でスミスじいさんが世界に二人といない名工だと言うことは嫌と言うほどわかった。


 その名工が腕を振るう!? わざわざ!?

 俺のために!?


「作らずにいられるか。もう一生触れることがないと思っていたミスリルに触れられる幸運。それに天命としか思えないタイミングで現れた最高の使い手じゃ。お前さんのために最高の武器を作る。それがきっとワシが授かった最高にして最後の仕事じゃ」


 スミスじいさんの瞳にプロの灯が宿る。


「先の短い我が命。それが尽きても悔いのない最高傑作を作り上げるんじゃあ!!」


 意気込みは嬉しいですが、命を燃やし尽くしそうな勢いはやめてください。

 その歳だと洒落にならない。


「ワシは鍛冶師として、様々な研究を重ねておってな」

「はあ……?」

「誰も見たこともない、想像したこともない武器を創作しようと古今東西の知識を集め、実験を繰り返した。それでも最高の水準に至るにはミスリルが必要不可欠であり、ワシの夢は実現せぬままかと絶望しておったが……!」


 長い。

 玄人、説明長い。


「お前さんのおかげで希望が見えてきた。ミスリルという一番重要な材料に、創作意欲をかき立てる使い手。あとは長年温めてきた構想を形にするだけじゃ!」

「……ほどほどにね?」


 では、これからどうするんだ?

 また鍛冶場に戻って作業するのか?


「材料のミスリルも取りにいかんといけないですし」

「それなら大丈夫じゃ。どさくさに紛れてちょろまかしておいた」


 懐からミスリルのインゴットを取り出すスミスさん。


「ジジイ!?」

「工房もあそこじゃなくてかまわんしの。ワシは、まったく新しい手法で制作に臨む所存じゃ。だから従来の工房は必要ない!」


 それがさっき言ってた構想ってこと?

 一体何を作り出す気なんだこのジジイ……?

 使い手にとっても危険なものじゃないよね?


「必要な道具があっての、遅れてくる弟子がもってくるはずじゃ。それが届いたら早速制作に入るとしよう!」

「なんで弟子が遅れてくるの?」

「重い荷物抱えてるから。ワシはミスリル見るのが楽しみで仕方なかったから先に来た」


 このジジイ……!?


 ◆


 そうしてスミスじいさんのお弟子さんの到着を待って、彼らが運び込んだ秘密道具とやらを拝見する。


「これが、我が最高傑作の制作に欠かせぬ新兵器じゃ! ミスリルが使えると聞いて、無理して運び込んでよかったわい!」

「これは……!?」


 俺は、スミスじいさん自慢の一品を見て驚愕した。

 見覚えがあったからだ。


 これは間違いない。


「アタノール炉じゃないか!?」

「おお、知っておるのか?」


 一応な。

 俺これでも、元魔王軍所属なんで。秘密だけど。


 というのも、このアタノール炉、本来魔族が使うものだからだ。

 魔族は、魔導具を作り出すけれど、その魔導具を作り出すために使われる道具の一つがこのアタノール炉。


 いわば魔導具を作りだすための魔導具だ。


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