255 ダリエル、見舞いに行く
どんなに平穏に、穏やかに過ぎ去っていくと思われる日々にも必ず大小のトラブルがあるものだ。
今回起きたのは、そういうものの一つだ。
俺は今、センターギルドにいた。
一人で。
マリーカもつれてくるべきかと思ったが身重だし、子どもたちのこともあるので俺単独で訪問することにした。
用件は……。
見舞いであった。
◆
「エリーカのヤツはどうした? 来ていないのか?」
「お義母さんからは『死ぬのなら、どうぞ勝手に野垂れ死ね』と言付かっています」
「相変わらず厳しいのう」
ベッドに横たわるセンターギルド理事長は、心なしか普段会っている頃より体が一回り縮んだように思えた。
彼は、俺の妻マリーカのお母さん、エリーカさんの父親。
俺とは孫娘婿という間柄になるのだろうか? 遠い。
それでも互いの社会的立場を鑑みれば、こうして見舞いに来ざるをえなくなる。
「いきなり『倒れた』と聞きましたんでビックリしましたよ。お義父さんも窺おうとしていましたが……」
「いや、お前一人で充分じゃ」
理事長は、ベッドから上身を起こす。
その動作すら難儀そうに見えた。
「ただ心配で訪れるだけなら、もううんざりするほど来たわ。ワシはもうそんな儀礼じみた見舞いなど望まん。本当に意味ある客だけを望む。残り時間も少ないからな。無駄に使われたくないのじゃ」
「またそんな……!?」
この人は、もう数十年もの間センターギルドの頂点に君臨し続け、人類全体の総指揮を執ってきた。
怪物と言っていい人だ。
しかしそれだけに長い時間を権力闘争に費やし、体にも相当なガタが来ていることだろう。
もはや曾孫を持つほどの年齢だ。
見た目も完全な老人だし、髪の毛も完全に真っ白になっている。
季節の変わり目に体調を崩し、自己回復できずに寝込んでしまうことだって充分にありえることだろう。
「こうなると自分が年を取ったと痛感するわ。若い頃は高熱を出してもそのまま会議に出席し、一日中唾を飛ばしながら議論していたものじゃがのう」
「それはそれで迷惑な……!?」
「今では、この体もとんと意気地がなくなって少し風邪を引いただけでまったく動けん。結果このザマじゃ。他の理事どもも衰えたワシを見て内心小躍りしておろうのう」
「そんなことは……」
『皆、心配していますよ』などとおためごかしを言おうとして、やめた。
ある意味実戦よりも厳しい権力闘争の場では、気遣いいたわりなど何の意味もないとこの人自身一番よくわかっている。
「ワシも、随分長いこと権力の頂点にあり続けた。誰もがワシの天下に飽き飽きし、自分こそが次の座に就こうと狙い定めておる。今回ワシが倒れたのは、その絶好のチャンス到来ということじゃ」
「気にしすぎじゃないですか? 単に風邪で倒れただけですし……?」
少し休んで風邪を治せばいいだけじゃないですか。
そう励まそうとしたところ。
「折悪く、ワシのセンターギルド理事の任期満了が迫ってきていてな。いつもなら何事もなく改選し、また理事を続けるものじゃが、今回はこの体たらくじゃ。健康上の理由で再選できなくなる目も出てきた」
そうでなくても老齢。
理事の激務に耐えられぬ、という見方はかねてからあっただろうが、今回の病臥は、そうした意見を強化する流れになるだろう。
「お前とて他人事ではないぞ。お前がこれまで好き勝手できたのは誰のおかげだと心得る?」
「何も言い返せませんな」
実際俺がラクス村を運営、発展させてきた陰に、この理事長さんの支援が皆無だったとはとても言えない。
何しろ人間領にある全冒険者ギルド、その頂点に立つセンターギルドで一番偉い理事長だもの。
『その影響力を利用しない手はない』ということで、俺は嫁さんの祖父である理事長さんを後ろ盾にミスリル製品の販売ルートを拡大し、村に多くの人々を呼び込んできた。
俺のことを勇者に……という声を二度と聞かなくなったのも理事長さんが睨みを利かせてくれるからだ。
その理事長さんが権力の表舞台から去れば、俺とラクス村だって影響を受けざるを得ない。
「恩返しぐらいしておけってことですか?」
「そこまで殊勝なことは望んどらん。それでもな、ワシはお前に見舞ってもらいたかったんじゃ。お前となら、他の連中のごとき歯の浮くような社交辞令ではなく、これからの実のある話ができるのでな」
さすが理事長、病床にあっても先のことを慎重に考えますか。
たしかに、五年かけてさらに大きくなったラクス村。
理事長が去ったあともなお発展し続けられるように、ここで手を打っておくべきか……。
「一番いいのは、理事長さんに早く元気になってもらって、これからもセンターギルドを牛耳ってもらうことですが……」
「それができれば苦労はせんわ。下手な慰めはいらん。現実的な案だけ寄こせ」
寄こせって……。
アナタ充分元気そうじゃないですか?
その調子で死ぬまで権力の頂点にいてください?
「まあ、考えさせてばかりでも悪いのでワシからも案を出そう」
「はいはい?」
「一番いいのは、よい後釜を作ることじゃ。ワシが引退することでセンターギルド理事の席が一つ空く。新しい理事が入らなければならん」
まあ、そうですが。
「そこに、ワシの正統な後継者を入れるのじゃ。ワシがこれまで積み上げてきたもの、ワシの思想、すべてを継承する者を、そうすれば起こる変化は最小限で済む。無論、ワシのあとを担うからには極めてワシに近い手腕の持ち主でなければならんがの」
「そこが問題じゃないですか」
こう見えて理事長さん、数十年と理事長を務めてきた超やり手。
バケモノ級の政治的手腕がなければ頂点に居座り続けることなどできない。
その後継者として同じだけの実力が求められるならば、相当に厳しい人選になることだろう。
「目星はついてるんです?」
「一人おる」
それは手際のいい。
一体誰だ?
「お前じゃ」
「ええー?」
「ゆえにお前に見舞いに来てもらって助かったのじゃ。お前は、みずからが村長を務めるラクス村を背景に、今や大きな力を持っている。ミスリル製品を製造販売し、それによって得られる財力はもはや世界有数じゃしのう……」
そこまでガツガツ稼いでいるつもりはないんですけどね。
それにミスリルで儲けているのはあくまで村の発展のためであって、利益はけっこう右から左へ消え去っておりますよ?
「かの大勇者アランツィルの息子にして自分自身も腕はたしか。加えて賢いと来ておる。これにワシの権力を正式継承させれば鬼に金棒というヤツじゃ」
「ちょっと、ちょっと待ってください……!」
危うく流れに乗せられそうなところを、慌てて堰き止める。
「俺にセンターギルド理事になれってことですか? 改選に立候補しろと? 嫌だ!」
「ハッキリ言うのう」
この手の相手にはハッキリ断言するに限る。
拒絶する後ろめたさに言葉を濁しては、どう言葉尻をとられて都合よく解釈されるかわからない。
「俺の望みはラクス村を発展させること、ただそれだけなんですよ。中央への野心なんかありません」
静かに穏やかに暮らしたい。
ただそれのみに限る。
「そんなのにかまけて肝心のラクス村運営が疎かになるのが嫌ですし、断固としてお断りさせていただきます。後継者にはもっと他に相応しい人がいますでしょうに?」
言うても天下のセンターギルド理事長。
その権力にあやかって多くの有象無象がすり寄ってくるはずだ。
俺もヒトのことは言えんけど……。
その中に見込みのありそうなヤツの一人二人はいるでしょうよ?
「そんなに都合よければいいがの……」
理事長さんがなんかいきなり拗ねた口調になった。
一体何なの。
その時であった。
なんか騒がしくなった。
「お待ちください! 理事長はただ今、大切なお客様と会談中で誰も入れるなと……ッ!!」
という慌てた様子の声。
理事長さんが寝ているのは自室で、普段から寝起きしている場所。
そのドアの向こうから何だか揉み合う気配が伝わってくる。
「あの声は……、俺をここまで案内してくれた執事さんですかね?」
『お待ちください! お待ちください!』と言ってるあの声。
「あやつをあそこまで慌てさせるのは、そうそうおらん。バカ息子が、こういう時だけ目端が利きおるわ」
ほどなくしてドアがバンと開き、入室してくるのは厳めしい表情の男性だった。
年は俺よりも上、五十代ぐらいだろうか。
その男の登場に、さらなるトラブルの匂いを感じた……。






