254 新要塞、完成しない(老人side)
ラスパーダ要塞は、かつて人魔両陣営の境界を分けていた大要塞であった。
これを獲った者が戦いを制するとまで言われ、古来より多くの英雄英傑たちが奪い合って争い、あらゆる英雄譚の舞台となった場所。
それが消滅した。
間の経緯がまったくわからぬまま、突如として欠片も残さず消え去ってしまった。
人魔闘争の要となるべき要塞がなくなれば、それまで不文律として成り立っていた戦いのルールも消え去る。
一気に混沌の戦乱時代に突入するかと思いきや、それを支え防いだのは意外なる人物だった。
かつての勇者アランツィル。
同じくかつて魔王軍四天王の一人であった『業火』のグランバーザ。
生きながらにして既に伝説へ名を刻んだ二人、現役時代は宿命のライバルとして争い合った二人が息を合わせたように同時表明。
――『要塞を再建するまで、争いをやめるべし』と。
その音頭に従って休戦協定が結ばれ、ラスパーダ要塞が聳え立っていた国境周辺から数百年ぶりに戦いの緊張が去った。
あれより五年が経ち……。
施工されたラスパーダ要塞再建工事はどうなっているかというと……。
◆
……まだ続いていた。
「グランバーザ様。交代用の工兵を率い、暗黒将軍リゼートただ今着任いたしました」
「うむ」
再建途中の新ラスパーダ要塞は、石積みも半ばで骨組みの材木が所々露出した、あからさまに建設途上のものだった。
巨大建造物ゆえ建造期間がかかるのも仕方がないが、様々な変事珍事によって工事が中断し、紆余曲折を経てのいまだ道半ば。
とはいえ一時は工事のとん挫すらも起こりえた。それらを乗り越え進んできたのは、英雄たちがいたからに他ならぬ。
かつての魔王軍四天王『業火』のグランバーザは、四天王引退後もせわしなく立ち回り、今ではラスパーダ要塞再建の魔族側責任者となっている。
連日、建設予定地に泊まり込み、現役時代を超えるほど精力的に働いていた。
「そういえばリゼートよ。お前もついに暗黒将軍にまで出世したか、めでたいことだ」
「いえ! 私のような非才に過ぎた役職だと身が竦みます! 恐れ多いことです!」
「謙遜することはない。お前の世代で魔王軍へ入隊した中、もっとも魔法の扱いに長けていたのは間違いなくお前だ。もうすぐ四十ともなれば暗黒将軍まで昇格したのは順当なところよ。胸を張れ」
「…………」
リゼートは幼少から軍事一筋に生きてきた生粋の魔王軍人であった。
だから伝説の人物というべき英雄グランバーザから褒められることは感涙すべきところなのだが、どうにも額面通りに賞賛を受け取れない彼自身もいた。
彼……、リゼートの世代には、魔力の扱いなどという次元を遥かに超えた境地で偉才がいたのだから。
「着任に際してリゼート。ここでは一切の戦闘が禁止されている。そのことをお前だけでなく兵たちにも理解を徹底させてくれ」
「承知しております!」
魔族と人間族の戦いの歴史は長く、泥沼の血戦だった時期もあれば、静かな停滞の時期もあった。
それでも明文化されて休戦が締結されたのは今回が初めて。それゆえ人間側も魔族側も大きく緊張している。
この仮初の平和が、いつ破られることになるかと。
危機は過去にもあった。
もっとも危うかったのは勇者レーディによる魔王襲撃が発覚した時である。
『最前線で休戦協定が結ばれていたというのに、その裏で魔王様を襲うとは何事か!?』と魔族側が激怒し、ラスパーダ要塞再建予定地でも緊張が高まる。
あわや激発して全面衝突となるのを抑えたのは、やはりかつての英雄たちだった。
「向こうの責任者に会わせよう。将帥クラスのお前が協定相手と没交渉というのはマズいからな」
「はあ……!?」
グランバーザに連れられて工事現場を進み、引き合わされた相手にリゼートは肝を縮ませた。
彼ら魔族にとって最悪の怨敵、悪鬼野獣と恐れられた人間族の勇者アランツィルであったから。
「新たな魔族側の指揮官か。ここでは平和安全第一で頼むぞ」
「はいいいいい……ッ!?」
握手するリゼートの手がブルブル震えた。
齢四十に達しようかというリゼートは、かつてのアランツィル、グランバーザ二大巨頭時代を実戦として経験した世代。
かつて現役の勇者と四天王であった二人が繰り広げた激闘は、並の者なら寄っただけで細切れになるほど熾烈なものだった。
特に敵の大勇者アランツィルは、戦いともなれば獣の形相で暴れ回り、恐れなかった者はいないとまで言われるほど。
リゼートも若き日に一瞬だけ戦闘中のアランツィルと向き合い、その日から悪夢にうなされること今になっても途絶えない。
そんな恐怖そのものという相手と、こんなにも穏やかに再会できようとは。
運命の数奇さを感じないわけにはいかなかった。
「新たなラスパーダ要塞は、現在六割まで完成している。決して早いペースとは言えないが、着々と進んでいる。キミも要塞完成のために力を貸してほしい」
「喜んで!」
本来敵なのだが声を振るってしまった。
それが人魔関係なく英雄の効能というべきものであろうが、とにかく周囲にいる者を奮い起こさせるのだ。
ここには必ず一時代の主役になれるような英雄が、同時に二人も混在している。
その二人が協力を標榜するのだから、それは皆従うはずであった。
「新たに魔族側の工兵が入ったところで作業も捗るだろう。割り振りをどうする?」
「魔族たちは地魔法が使えるからな。彼らに大まかな形をつけてもらって細部は人間族が……、というこれまでの形でよかろう」
「人間族の職人は、本当に細やかな技を使うからな。こちらに赴任した魔族たちも蒙を啓かれたと言う者が多くいる」
打ち合わせも手慣れたものだった。
もはや不可能と思われたラスパーダ要塞再建の偉業を、この英雄二人がかりなら実現することができる。
彼らはあんな老境に入ってなお新たな伝説を築き上げようというのか。
その予感にリゼートは震えあがった。
「感服いたしましたッ!!」
そして叫んだ。
「アナタたちは全盛期ですら数え切れない伝説を残しながら、その果てに手を取り合って次なる伝説を作ろうというのですね! 感服します! アナタ方と同じ時代に生まれたことを誇りに思います! 伝説の目撃者として!!」
元から感じ入りやすいタイプのリゼートは、もはや英雄二人の放つ覇気に充てられてしまっていた。
「今度の指揮役は煩いな……?」
「そう言うな、感動しやすいたちなのさ」
老いた英雄たちは別段動じる様子もなく。
「そう畏まらなくていいリゼート。私もアランツィルも同じ人。そう特別な存在ではないさ」
「その通り、ただ歴戦を潜り抜けて因縁が強いというだけの我々だ。まさかこんな晩年に差し掛かって一緒に仕事をすることになるとは思わなかったが」
そう言って出来かけの要塞を見上げる老人たち。
「戦いに明け暮れた我々が、最後に何かを築き上げる仕事に就くとは何たる因縁か。しかしそれもまた一つの意味あることのように思える……」
「人生のほとんどを戦いに費やした私たちの罪滅ぼしかもしれんな。せめて完成した要塞の姿と共に後世に伝えたいものだ。数十年に組み戦いあった者たちでも最後には手を取り合えると……」
その言葉、その立ち姿を見てリゼートは滂沱の涙。
これが完成された英雄の姿。百戦の果てに憎しみも乗り越えることができる。
士二人が示してくれた真理に、リゼートは世界の美しさを確認した気分になった。
そこへ……。
「おじいーーーちゃーーーーんッッ!!」
何者かがやってきた。
なんか凄まじい勢いでかけてくる子ども。
馬だって、そんな速度で疾走しないだろうというスピードで接近する子どもは、グランバーザ、アランツィル両雄の前で止まった。
「グランんんんんッ!?」
「おおお! またラクス村から走ってきたのかああッ!? じぃじたちに会いに来てくれたのかああッ!? 愛い子じゃのおおおおッ!?」
一瞬何が起こったのかリゼートには理解できなかった。
英雄たちの声が蕩けすぎていて。
「あの……、お二人? その子どもは?」
恐る恐るリゼートが尋ねると、即異口同音に……。
「「孫だ」」
という答えが返ってきた。
若干理解が追い付かなかった。
「え、孫? どっちの?」
「「私の」」
双方から主張されてますます混乱するリゼート。
孫一人にジジイ二人という状況はないでもない。両親の父親が、それぞれ揃えばいいのだから。
「え? でもグランバーザ様の子どもといえば、あのアホのバシュバーザ? アイツ生前結婚してたっけ?」
混乱が止まらないが、ここは将軍まで上り詰めた処世術で本能的に話を合わせることにするリゼート。
「いや、そう言われると才気煥発そうなお子さんですな。さすが両雄のお孫さんだけはある」
「いやいや……!」「そうだろう、そうだろう」
見え透いたお世辞に乗りまくる二人。
そこへ。
「そういえば気になってたんだけどさ……」
孫グランが、言ってはならないうことを言った。
「じいちゃんたちはどっちが強いの?」
その瞬間、場の空気が変わった。
『孫の尊敬を勝ち取るのは私だ』という強烈な意志が二方向から。
「あの、お二人とも? なんでそんな滅多やたらと殺気を放っているのです? 先ほどまでの平和を求める気高き精神はどこへ? どうしてまたどっちが強いかを決めるために戦おうとしているんですか?」
そしてリゼートは学んだ。
宿敵は、どこまでおいても宿敵であり続けるのだと。






