244 ダリエル、新しいルートを模索する
「魔王城に行くまでのルートだな」
俺は改めて足下の問題に目を向ける。
インフェルノ関連のごたごたでおざなりになっていた……。
世界の真実とか、魔王様の正体とか、人々が向かう先とか……。
そういう御大層な命題よりもずっと実体的な、今そこにある問題だ。
「ラスパーダ要塞が……」
この名を口にするのもどれくらいぶりか。
遥か昔だったような記憶がある。
「……消滅したじゃないか」
と続けるのも俄かに信じがたいけれどな。
でもラスパーダ要塞は消滅した。
『要塞一つが消え去るなんてそんなことがあるもんかい』と言われそうだが、たしかに消滅したのだ。
原因はあのインフェルノ。
魔王様を倒すために世界を滅ぼすほどの力を欲した怪物は、その一端を振るって常識外れの結果を実現させた。
それが現在にまで尾を引いている。
「インフェルノ本人の大暴れでいまいち印象薄くなっているけれど、ラスパーダ要塞の消滅は前代未聞の大事件だ。ヘタをしたら戦いの様相がこれまでとはガラリと変わる」
ラスパーダ要塞は要だった。
ここ数百年の、勇者と四天王が繰り広げる戦いの中心となる要。
「勇者が魔族領に攻め込むためには、必ずラスパーダ要塞を落としておかなくてはならない。敵地深くに攻め込むのに大拠点からの支援は必要不可欠だからだ」
魔族側もそれがわかっているから絶対に取られまいと死守する。
魔族領人間領の境目に、ラスパーダ要塞に並ぶ規模の拠点はないので、ますますその存在が重要視された。
「ラスパーダ要塞を確保する側が戦いの主導権を握る。ラスパーダ要塞さえあれば勝てる。ラスパーダ要塞ある限り負けない。その心理で勇者と四天王はここ数百年、ずっとあの要塞の奪い合いだけをしてきた」
「耳が痛いな」
俺の傍らでグランバーザ様が言った。
「ダリエルの言う通り、私たちの現役時代は本当に血眼になってのあの要塞の取り合いだったな。いったい何度、あの要塞の所有権が両者の間で行き来したか」
「我々がラスパーダ要塞を奪った時はいつもお前の留守中だった」
アランツィルさんが宿敵グランバーザ様に対して言う。
「そうだったな、私とて四六時中あそこに詰めているわけにもいかん。任務や休息などでな。他の四天王に留守を任せ前線を離れた途端、お前に要塞を奪われるんだ」
「そして要塞を橋頭保に魔族領内に入り込むと、すかさずお前が要塞を奪取してこちらの背後を断つ。仕方ないから迂回して退却するしかない」
「それの繰り返しだったなあ。本当に何度も何度も……」
なんか思い出話のように語られていますが、血で血を洗う抗争の歴史ですよね。
恐ろしい。
「しかしそんなことが繰り返されることはなくなった」
「そう、要塞そのものがなくなったからには」
そう、人魔双方に必要不可欠だった重要拠点、ラスパーダ要塞はもうないのだ。
「とすればこの固くなった老頭に先のことはもう想像もできん。ダリエル教えてくれ。ラスパーダ要塞なきあと、勇者と四天王の戦いはどう変わっていくのか?」
「一番ありえる可能性としては、特に変わりなしです」
世の多くの人々だって、ラスパーダ要塞を基準点とした勇者と四天王の争いに慣れ切っている。
柔軟な考えのできない者ほど、この形態に固執するだろう。
そういう者がパターンの拠り所を失ってどうするかといえば、新しい拠り所を用意することだ。
そしてまた同じことを繰り返そうとする。
「恐らくは人間族と魔族、どちらからか要塞再建の動きが出てくるでしょう」
あるいは両方同時に。
「新しい要塞を建設し、その新要塞の下、再び奪い合いが始まる。そして数百年前と変わらぬ戦いの様相がまたこれからも続いていく」
面白みはないが、多分これが一番無難な展開。
人間基本的に保守的だから、むやみやたらな変化など関係しないのだ。
「この時警戒しないといけないのは、人間族魔族が互いの動向をどう捉えるかでしょうね」
「まかり間違えば目と鼻の先でそれぞれ要塞を建設し始める……、などという珍妙な光景にもなりそうだな」
無論、敵主導での拠点建設など面白いはずがないので妨害もありえよう。
要塞建造には大人数が必要で、その妨害もしくは警護にも大人数がいる。
ラスパーダ要塞跡地に敵味方大人数が入り乱れ……。
まかり間違って最悪大規模戦争の再開になりかねない。
「……今ラスパーダ要塞跡地にはベゼリアが陣取っているはずだ」
ドロイエさん報告。
「彼には野戦の対応をさせて辛い役目を負わせているが、ともかくあの地を無防備にはできない。人間側からも相当数の冒険者が集まり睨み合いが続いているようだ」
「めんどくさい局面は、あの粘着男に任せてわたくしは部屋で美味しいお茶を飲むのだわー。……満ち足りているのだわー」
…………。
キミらあとでたくさんベゼリアに謝っておけよ? 菓子折り忘れるな?
「既に一触即発の空気は形成されつつあるか。どうするダリエル?」
とグランバーザ様。
判断の悩ましいところにいくと俺に話を振られる空気も形成中。
「一番穏やかに行くなら、要塞が完成するまで停戦協定を結ぶことでしょう」
とにかく戦いはいったん中止。
人間族と魔族、力を合わせて新しい要塞を作り上げましょう、と。
「そ、それができれば苦労はないが……!?」
「現実的に可能か? 人間族と魔族は、それこそ数千年にわたって憎み続けてきた間柄なのだぞ?」
魔王様から新事実を聞き、元は一つの同族であると知らされた人間族と魔族。
そんな事実が判明しても互いの憎しみの歴史が消え去るわけではない。
しかも世界中の大半の人々は、いまだその事実も知らないのだ。
だからなおさら和解なんて無理ムード。
「少し状況を楽観視しすぎているのではないかダリエル? そのような見通しの甘さで一村の長が務まるのか?」
「まあ普通に考えたら無理でしょうよ。しかし立ってるものは親でも使えと申します」
「「?」」
グランバーザ様、アランツィルさんを交互に見回す。
「アナタたちが表に出て、率先してこの考えを振りまけば事はいい方へ進むのでは?」
何しろ全時代を代表する二人だ。
知名度もあれば影響力も滅茶苦茶ある。
今この時この場所で、かつてのライバル同士が顔を合わせているのが絶対好機であった。
普段取り付く島もない人間の交渉も、ここを橋渡しに知れば何とか進められる。
「そして何より、新要塞のつつがない完成は両族にとって利がある。心理的抵抗があったとしても一点の突破口さえあれば最終的には傾いていくでしょう」
「その突破口が我々というわけか……」
グランバーザ様はむず痒い表情をしながら……。
「引退してなお働かせようとするとは、ダリエルの提案は相変わらず効率重視の労力無視だな。育ての親である私にまで楽をさせん」
「この老体が駆けずり回って平和が維持できるならそれもよかろう」
お二人とも前向きになってくれてよかった。
しかし、これまだこの席における本題じゃない。
「レーディ、この状況でキミはどうする?」
「……ッ!?」
ここまで無言だったレーディに向き合う。
「ここまで話した通り、ラスパーダ要塞は勇者を巡る戦いの根幹だった。一度は消滅した要塞が再建される流れに向かっている」
この状況で、キミはどうする?
繰り返し尋ねる。
「キミは魔王様の下にたどり着きたいんだろう? だったらこの状況を誰より真剣に検討しなくてはならない。今この状態は明らかに混乱している。その混乱に乗じて出し抜くか? あるいは行儀よく状況が整うのを待つか?」
ラスパーダ要塞に代わる新要塞が完成してから、正々堂々その要塞を制圧して魔王様の下まで攻め上るか?
「大きな目標を掲げるなら、今すぐ決断しなければいけないぞ?」
さあ、どうする?
キミはどうしたい?
「だ、ダリエル? その問いかけは意地悪ではないのか?」
当人に代わって反問したのは意外なことにドロイエだった。
「意地悪? 何故?」
「お前自身が言ったことだ。人間族の勇者は、大拠点の支援なくば我ら魔族領奥深くまで進攻することはできない。そしてその役割を果たせるのが唯一ラスパーダ要塞だったと!」
そうだねー。
よく覚えていた偉いぞドロイエ。
「さすれば結局のところ、要塞なくして勇者は進軍できない。彼女は新要塞の完成を待つ以外他にないんだ!」
「いいえ」
ドロイエの主張に反論したのはこれまた意外のレーディだった。
「お気遣いの口出しありがとうござます。でもアナタの主張には間違いがある。この地上には既に、ラスパーダ要塞の他にもう一つ、支援拠点となるべき場所があります」
「なにッ!?」
ほうレーディ。
俺に教えられるまでもなく気付いたか。
「それはここ、ラクス村です」






