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243 勇者レーディ、歩みを止めず

 レーディは、会議の体裁を整えたこの場で言う。


「私の望みは、ついさっき魔王当人へ向かって言った通りです。世界に、どんな残酷な真実が隠されていたとしても、私のすることは変わりません。勇者の使命を背負って魔王の下へ進み、倒す……!」


 それだけだ、と。

 決意のこもった瞳で言う。


「しかし、その勇者の使命も、あの御方が作り出した茶番に過ぎなかったんだぞ。自分を殺させるために最強の戦士を向かわせるなんて尋常じゃない」


 そう結局のところ勇者が倒さんとしている魔王とは、『魔王を倒せ』と命じた闘神とまったく同一存在だったのだ。


 絶対者に命じられ、絶対者を倒しに行く。

 ここまで滑稽で哀れな行いが他にあるだろうか。


 何が哀れって、仮に万難を排して勇者が辿りついたところで、魔王様を倒すことは絶対できないというところだ。


 それは魔王様自身も確信的にわかっているのだろう。

 もはや生身の人間に魔王様を倒すことなど絶対に不可能だ。


『魔王様を倒す』という一念のために人であることすら捨て、怪物と化し、地獄の主と成り果てたインフェルノですら魔王様には到底叶わなかった。


 それほどの難事をまだ現人の手で成し遂げるなど、どうにもなりようがない。


「負けるとわかりきった戦いに挑むのは勇気の振舞いとは言えないぞ? もう少し立ち止まって考えてみたらどうだ?」


 あの御方にとって、現世で繰り広げられる勇者と四天王の戦いは、せいぜいヴァルハラに引き上げる魂の選別という意味合い程度しかあるまい。


 ヴァルハラに召し上げられ、さらに鍛え上げられることによって魔王様を倒せる逸材が生み出されるかどうかの望みが本格的になっていくのだ。


「私は……」


 さらに別の声が上がった。


 四天王のドロイエだ。


「……むしろまったくわからなくなってしまった。自分が何をすべきか。魔王様を弑さんとする野蛮な人間族。その先鋒勇者を挫き、魔族の強さ、魔族の誇りを知らしめることが四天王の務めではなかったのか」


 ドロイエの肩が震える。

 テーブルに隠れて見えないが、その下にある彼女の手が硬くギュッと握られているに違いなかった。


「それが、勇者と四天王の戦い自体が魔王様による遊興に過ぎなかったとは……。私たちは盤上の駒……、いやそれどころか『勇者』という、魔王様が期待をかける挑戦者の障害役……、駒ですらない……!?」


 いや、四天王側でも頑張れば認められてヴァルハラに召し上げてもらえるのはイダさんが証明しているし……。

 ……全然慰めにならんな。


「現四天王ドロイエよ、お前の嘆きはもっともだ」


 そう、慰めの語気すら漂わせるのはグランバーザ様だった。


 この人は既に四天王を辞し、判明した事実の衝撃を直接的には受けないのかもしれない……。

 ……ということもないか?

 ドロイエの数倍以上費やされた彼の四天王人生を一挙に無意味に覆してしまうようなものかもだからな。


 しかしグランバーザ様は重鎮としての気骨を示すように、今なお泰然としている。


「もし四天王の使命に虚しさを感じるなら、辞職を願い出るもよかろう。魔王様は恐らく、許可くださるはずだ」

「…………!?」

「あの方にとって我々はその程度の存在ということだ。たとえお前が去っても、あとから才能ある魔法使いが選抜され四天王の後釜につくであろう。そうやって戦いは何度でも繰り返される」


 数百年、数千年前からそうであったように。


「あまり肩ひじ張らぬことだ。四天王、勇者と言えどもそこまで特別な仕事ではない。命令に従うこと。世界に寄与すること。それらが適いさえすれば仕事はどれでも貴いものだ」

「はい……!」


 重鎮から言葉を賜り、ドロイエも少しは落ち着いたようだ。


 彼女は真面目な分どうしても思考が硬直しがちになる。

 もっと柔軟な思考を獲得した時、彼女は一戦闘者としてだけでなく、人を束ねる者としても大きな成長を遂げるだろう。


「私は……!」


 レーディ、再び力強く言う。


「妥協できません。何がなんでも魔王の下へたどり着き、魔王を倒したい。この命に代えても」

「何故そこまで執念深いんですか……!?」


 レーディの執着が思った以上すぎて引く。


「私も最初は、純粋な使命感だけで勇者になりました。『魔王は邪悪』『世のために倒さなければならない』。人間族の誰もが思っている魔王への、単純な先入観に乗っかって、私は自分の正義を満たそうとした」

「それは……!」


 真面目なドロイエが何か言おうとしたが、俺が手をかざして制した。

 話にはまだ続きがありそうだ。


「それがダリエルさんと出会って変わった。面と向かって『何故魔王を倒すのか?』と理由を問われ、自分に何の答えもないことがわかった。答えが見つからないままにゼビちゃんと出会い、先代の方々の想いも知り、一つだけわかることがありました。……ぼんやりした理由で戦ってはならない、と」


 レーディも相当色んな戦いに巻き込まれたからなあ。


 その戦いの数々は、魔族人間族の垣根も飛び越えるもので、彼女は様々なものを見てきたはずだ。


 邪悪なはずの魔族がとっつきやすいイロモノだったり、逆に自族の醜い部分も嫌と言うほど見せつけられた。


「いつしか私は思うようになった、真実が知りたいと。何故この世界が魔族と人間族に分かれ争い合うという歪な形をしているのか。その答えは魔王の元にたどり着けば解き明かせると思った」


 それこそが、彼女の中で勇者として戦う意味になった。


「しかしその答えはもう解き明かされた」


 意外にも答えの方からやってきた。


 インフェルノという奇怪なアクシデントがあったにせよ、向こうからやってきてくれた魔王様は、見事質問に答えて謎を解いてくれたからな。


 これ以上の解き明かしようはない。


「いいえ、答えはまだ出ていません」

「え?」

「答えは、私自身が出さないといけないんです。この世界の隠された仕組みを知って。それが是であるか、非であるか。認められないならば、どういった世界の形こそが本当に正しいのか。自分自身の答えを出す」


 答えは、他人から与えられるものでなく自分で出すもの。


 いまだ眺めきれない世界の果てを知り、自分がどんな答えを出すのかをレーディは求めている。


「……それが勇者の仕事だと思います。私は、私自身の答えを出すために魔王に挑戦したい。歩みを止めたくない……!」


 レーディの壮烈なまでの決意に、周囲は言葉を忘れた。


 誰もが息を呑み、痛いような沈黙が流れる。


 今ここに、勇者とは何者であるかを痛いほどの勢いで突き付けられた気がした。


「勇者とは何者であるか、それを突き付けられた気分だな」


 そう言ったのは先代勇者のアランツィルさんだった。


 俺とまったく同じ印象を……?


「勇者とは本来そういうものなのかもしれない。誰も知らない未知を解き明かし、人の進むべき先を切り拓く」

「あ、アランツィル様……!?」

「私が勇者だった時、そのような考えなど欠片も浮かばなかった。私にあったのはただ怒りと憎しみ。本来勇者はそんな理由のために戦ってはいけないのにな……」


 自省のように言うアランツィルさんの表情は、反面何者にも囚われない晴れやかさがあった。


 インフェルノ=ドリスメギアンとの戦いを経て確実に、この人は一枚格が上がった。

 大勇者と言われるこの人は、今はそれ以上の存在であるように感じられてしまう。


「なあダリエル? 私やお前などよりも、いっそレーディこそが真の勇者と言えるのではないか?」

「あッ? ……はい、たしかにそう思います」


 テキトーなことを言っているわけではなく。

 俺も、レーディのこの姿勢こそ勇者のあるべき姿だと思ってしまう。


「……フッ、こうなったらしゃーねーのだわ」


 さらに言い募るのは何者か?


「ならばレーディちゃんの志、このわたくしも応援させてもらうのだわ」

「お前は応援しちゃダメだろ」


 ゼビアンテスだった。


 この四天王。

 お前は勇者の進撃を阻む側だろうが応援すんな。それぞれに与えられた役割を守って!!


「設定なんてネタバレした時点でご破算なのだわ。今更お友だちのレーディちゃんと争う気にもなれないし、だったら協力してごっつい脅威として対立させた方が魔王様だってお喜びになるのだわ。だってあの方、強い敵を望まれてるんでしょう?」

「うぐ……ッ!?」


 ゼビアンテスはアホのくせに要点は的確に見抜いてくる。


「いやゼビアンテス。四天王の務めを蔑ろには……!?」

「臨機応変に対応すればいいのだわー。ドロイエはそういうところ頭がお堅いのだわ」

「……」


 まだ自分自身迷いから抜け出せないだけに、ドロイエの反論も継続しなかった。

 力なく椅子に座り直す。


「……」


 いいだろう。

 それならばレーディに彼女だけの答えを出してもらうためにも、俺たちは彼女の魔王城到達をバックアップしていくことにするか。


「それならば問題となるのは……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゼビちゃんほんとたまにかわいカッコいい
[気になる点] 以外にも答えの方から・・・ → × 意外にも答えの方から・・・ → ○
[一言] それならば問題となるのは ギルドの老人どもと水の四天王かな?(小並感)
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