241 『天地』のイダ、まだいる
本日から更新再開になります。よろしくお願いします。
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たまたま野外を通りかかっていると、ガシタを見かけた。
アイツなんかしていた。
得意の弓矢をキリキリ引き絞り、やっと放つ。
弓から離れた矢は怒涛の勢いで飛び走り、まさに飛燕のゆくがごとくして真っ直ぐな軌道の末、ある場所に突き刺さった。
ザスッと。
人の頭に。
「んッ?」
さすがに『何してんの?』とビビる俺。
一瞬人形かと思ったが間違いなく生きた人間の頭を矢が貫通したようだ。
何やってんだガシタ!?
あまりに矢が百発百中すぎて人を射る感触に目覚めてしまったのか!?
「いやー、また当てられてしまった。強いなキミは」
「恐縮っす!」
矢を射られた当人は、何事もなかったかのようにみずからの頭から矢を抜き取って、ガシタへと返す。
そしてガシタ。
返してもらった矢を再びキリキリ弓で絞って、然るのち射放つ。
ザスッ。
また頭に刺さる。
「いやいや、今度も当てられてしまった。まったく強いなキミは」
「恐縮っす!!」
またまた矢を頭から抜いてガシタへ返し……。
ガシタもまたまた前してもらった矢をつがえて放って頭にザスッと……。
「待て待て待て……!」
さすがに俺も一声かけずにはいられたかった。
頭に矢が貫通している人に見覚えがあった。
『天地』のイダではないか。
遥か昔の魔王軍四天王の一人。
死後もその功績を評価されヴァルハラという異世界に招かれる。そこで老いることも死ぬこともなく戦いながら、永遠に己を鍛え続けているというが……。
「アンタ帰ったんじゃないんですか?」
少なくとも前回そう言ってましたよね?
俺の母ですら紛い物の永遠を脱し、二度と甦ることのない世界の先へと進んでいったのに。
アンタは現世に囚われて何をしておる。
「おお、ダリエルくんか。この時代には驚嘆すべき強者がまだまだ息をひそめているな」
何の話です?
「たとえばこの弓使いだ。空間をそのまま認識し、標的へ必ず当たる軌道を読んで矢の方向をコントロールしている。彼ほどの能力水準なら嵐の夜の森の中ですら百発百中できるだろう」
はあ。
そりゃガシタは今やウチのナンバーワン冒険者なのでそれくらいやってくれなきゃ困りますが……。
それと執拗にアナタの頭部を貫通させ続けるのと何の因果関係が……?
「アニキ! 今この人に指導つけてもらってたんすよ!」
指導?
「そう、私には空間を歪ませることであらゆる攻撃の軌道を逸らしてしまう防御魔法がある。これは理論上突破不可能の究極防御だ」
たしかに。
かつて魔族の中で地属性魔法を極めたイダさんは、最終的にそういう究極魔法へと到達した。
空間すら一種の物質として操作可能にしたのだ。
空間を粘土のように歪め、撓ませることができれば空間内を進むベクトルをも歪ませることが可能。
それを利用すれば自分へ命中コースの攻撃も決して命中することがない。
歪んだ空間を沿ってあらぬ方向へ外れていくだけだ。
この単純な物理攻撃より一次元上の概念魔法は、なるほどヴァルハラの使徒に選ばれるだけのことはあるというべき超魔法であろう。
……で。
それがどうしたの?
「ガシタくんは私の空間歪曲障壁を突破できるのだよ」
「えー?」
「彼は弓矢の名手として、空間そのものを認識する能力に秀でているらしい。風の流れや湿度の分布で、目だけじゃなく耳や肌でも空間の構造を把握するんだ。さすれば私によって歪められた空間が、実際どのように歪んでいるかも把握できる」
空間の歪み具合を正確に把握できれば、それに沿って軌道修正した矢を放てば、おのずと目標に命中する……?
「彼はオーラで、矢の軌道を自由に変えられるからね。……結局のところ私の空間歪曲障壁とて完全無欠の防御手段ではない。攻略法はいくつも存在する」
たとえば、一番率直なのは一部の隙間もない広範囲攻撃。
逃げても避けても外されようのない密度と広さで攻撃を敷き詰めれば、どれだけ空間を歪めようと、いずれにしろ命中する。
かつてイダさんと戦ったレーディたち、あのインフェルノですらこの方法で対イダさんの攻略を試みたが、結局成功しなかった。
相手が空間歪曲のキャパシティを超える飽和攻撃を加えてくるなら、それ以上の大広範囲空間歪曲で迎えればいい。
力押しを超える力押しで対応すればいいだけのことだった。
実際、歴代最強四天王の一人に数えられるイダさんはそれができるだけの魔法的底力を持つ。
だからレーディたちもインフェルノも、全力を挙げた飽和攻撃を加えながらイダさんの空間歪曲範囲をはみ出せず、彼を倒せなかった。
「歪曲面を読み取って軌道修正する攻略法も、正攻法に近い一種だな。ヴァルハラでもそうやって私を倒そうとしてくる敵は何十人といた。だから対策は充分できている」
イダさんは、敵に空間歪曲構造を読み取らせないように、常に空間を歪め続けている。
常に歪みが動き続ければ、せっかく読み切った歪曲面も次の数秒後には無意味になって、また一から読み直さなければいけない。
ただ超絶魔法に頼っているだけじゃない。
歴代最強四天王が最強であるためには、それ以上の弛まぬ努力と工夫が必要であったのだ。
「だからこそ、このガシタくんと技比べがしたくなってね」
「はあ……?」
ガシタは弓使いとして、周囲の空間の構造まで正確に把握することができる。
『それくらいできないと百発撃って百発とも的に当てられないっすよ!』とは言うが、ただ単にできるだけでも凄い。
イダさんは、そうして空間歪曲面を読み取ってくる敵に対策して、常に歪曲面を動かし続けてくる。
こうなってくると、攻め手がどれだけ迅速に空間歪曲面を読み取り、守り手がそれを超えて空間を歪ませ続けて敵の分析を無意味にするかの読みの早さ勝負になってくる。
「で、さっきから勝負というわけだ。彼の読みが早ければ矢は当たる。私の歪曲速度が勝れば矢は外れる。というね」
それでさっきからアンタの頭に矢が刺さりまくっているというわけか。
「彼ほど迅速に私の空間歪曲を読み切ってくる射手はヴァルハラにもそういない。稀有なる使い手と技を交わらせる機会は貴重だ。大事にしていかないとね」
死してなお戦いと強さを求め続けるヴァルハラの使徒らしい考えだった。
魔王様より永遠に戦い続けるための不死体を与えられたイダさんなので、頭に矢が突き刺さったところで何の問題もない。
ガシタがヒュンと矢を放ち、頭にザスッと突き刺さっても生命的に何の問題もないのだった。
ヒュン、ザス。
ヒュン、ザス。
ヒュン、ザス。
ヒュン、ザス。
ヒュン、ザス……!
「いい加減にしろよ貴様!?」
「ええぇ~? アンタが遠慮なしに突き刺していいって言ったんじゃないっすか~!?」
唐突に切れるイダさんにタジタジのガシタ。
少なくとも俺が見守る中で、全部の放矢がイダさんの頭部に命中していた。
つまりイダさんの全敗。
「ガシタが、歴史に残る最強四天王の必殺魔法を読み切っている……!?」
そう考えないと辻褄の合わない目前の事実であった。
……いや、それ以前に。
結局のところこの疑問に戻ってくるのだが。
「まだ帰んないのかなこの人……!?」
イダさんってばは、地獄から脱走したインフェルノを捕らえるために派遣されてきたんですよね?
そのインフェルノが消え去った今、アナタもさっさとヴァルハラへ帰るべきでは?
っていうか前たしかにそう言ってましたよね?
何故さも当然のように居座っている?
「まあ、いいや」
『まあ、いいや』で済ます。
これから様々な問題が山積しているから、今更イダさん一人の問題に囚われたくない。
いい感じにガシタが絡まれているから、イダさんの担当はアイツに押し付けてしまおう。
「俺はこれから大事な話し合いがあるからあと頼むわー」
「ええー? オレ一人に押し付けないでくださいよアニキー?」
ガシタが泣き言を漏らしながら、それでもヘッドショットすることをやめない。
まあ頼りにさせてくれよガシタ。
これから始まる大事な会議に、集中させてもらうためにもな。