239 魔王、お暇する
「ぼくちんがそれを望んだからだよ」
魔王様はあっさりと言った。
「ぼくちんを倒すことを。この世界も基本そういう風に作ってあるからねー。人間族と魔族に分けて対立させてるでしょう?」
「ではやはり……!?」
人間族と魔族が元々同じ一種の人類という話も真実。
ドリスメギアンが、俺たちを翻弄するために騙ったデマだという可能性もまだ残っていたが。
「対立構造を作り、戦わせることによって互いを高めあい、ぼくちんを倒せる英雄がいつか現れることを狙ったんだよ。そのためにもぼくちん自身がラスボスとして鎮座してる」
「では……」
「魔王ってのもね、立ち向かいやすいポジションを演出するために決めてみたんだー。ぼくちんを守る側の人類に巻き添えで『魔族』って名乗らせたのはごめんちゃいだけどさ」
「ではアナタは……、真実は闘神……!?」
「人間族……、って規定はしてるけど、そっち側でのぼくちんは闘神ちゃんで通してるよね。でもそれが正体かというとノーかな? 神なのはたしかだけど、別に戦い限定で全知全能でもないし」
そしてその御方は言った。
この大いなる存在を、真に本質に迫った呼び方をするならば……。
「主神オージン。……あ、オージンってのがぼくちんのお名前ね? 気に入った子にだけ教えてあげるんで秘密にしといてね!」
「は、はい……!?」
神。
やはりこの御方は、そう呼べる域に達する御方だったのか。
この世界をあまりにも好きなように作り替え、支配する。
そんなことのできる存在が神であるといえば、納得するしかないが。
「神とはいってもそこまで上等じゃないよー。こうして肉体もあるし、物質界に囚われてるしね。だからこうしてみずから生み出した人の子たちと暮らしている。不老不死ではあるけど」
言葉の端々に凄いことスロッと交ぜ込むのやめてほしい。
「ぼくちんが湧いた時この世界には何もなかった。でも本能的に何か感じたわけね。『これを発展させなくてはならない』って」
「はあ……ッ!?」
「創造主を超えられるほどに進化したら御の字だよね。そこでまずぼくちんは、ぼくちん自身を超えられる存在を生み出そうとした。自分を超える生命を直で創造しようとしたんだよ。それがキミらの言う魔獣たちね」
炎魔獣サラマンドラ。
風魔獣ウィンドラ。
水魔獣ハイドラ。
地魔獣ギガントマキア。
この四体の魔獣は、伝説にも登場する魔王様に迫る超越的存在。
今なお人類の歴史に時折関わり、その際十中八九混乱を巻き起こす。
「でもねー、あの子らは結局ぼくちんを超えられなかったの。自分より強いものを作り出すのは無理ってことなのかな? しかもそのうち皆ぼくちんのこと嫌いだしてどっか行っちゃうし……」
「ははは……」
その様子は、さっきの炎魔獣の態度を見てもよくわかる。
「そこで次のチャレンジのぼくちんは、もっと長いスパンをとろうと思ったの。ぼくちんより強いものを直で生み出すんじゃなく。まず弱いものを作って、それから強く育てていこうって」
それが俺たち人類。
人類を生み出した魔王様は、まず人間族と魔族に分けて争うような構造にし、互いに鍛えあう環境を整えた。
人類は、魔獣などに比べればはるかに弱い。
しかし百年、千年とかけて強くなっていけば魔獣を超え、いつかは魔王様すら超えられるかもしれない。
「それを望んでのこの世界の構造だと……!?」
「成果は……、まあ今のところわかんないよね。時間かけた分だけ強くなってる気もするし、あんま変わってない気もする」
人の強さとはそんなもんだろう。
時折、才覚と経験に恵まれ一際輝く異才が誕生する時もある。
アランツィルさんやグランバーザ様のような。
しかしそうした英傑の能力がそのまま後継に移り行くということもなく、大抵は歴史の仇花となって残るだけなのだ。
「だからまあね、途中から少し手を加えてヴァルハラを作ったんだよ。現世で見込みのありそうな子を引き立てて、そっちで永遠に戦わせれば、いつかぼくちんを超えるまでに成長するんじゃないかってね」
しかし、成果はそちらも思わしくないらしい。
「ヴァルハラができてもう千年近く経つけれど、まだぼくちんを超えられる人は出てきそうにないよねー。地獄もさ。似たような経緯で作ったんだけど」
「地獄も」
「あれはドリスメギアンくん専用の世界だもん。彼は優秀でねー。ぼくちんが何者か、何を目的にしてるかまで正確に読み取っちゃった。そして、ぼくちんの希望にこたえるためぼくちんを倒そうとした」
それが一連の混乱へと繋がる。
魔王様を倒すために。
ヤツはそのためにどれほどの執念深く動いたのだろうか。
「ドリスメギアンくんの執念の才覚に期待して、ぼくちんは彼一人のために地獄を用意してあげたんだよ。ヴァルハラに上げるのはちょっと躊躇う強いけど邪悪な人たちをどんどん地獄に送ってさ。それを糧にドリスメギアンくんがどんどん強くなってぼくちんを超えてくれたらと思ったんだけど……」
魔王様が、またグスリと鼻を鳴らした。
「こっちも上手くいかなかったねえ。結局人類がぼくちんを超えることなんて不可能なのかな? ダリエルくんはどう思う?」
「あの……!?」
俺は返答に困った。
ドリスメギアンの断末魔の狂喜が、強烈に蘇ってきたからだ。
アイツは、俺こそが魔王様を超えうる可能性だと言っていた。
実際そんなことは露も思わないんだが。
「まあいいさ、どうせ数千年と続けてきたんだ。これからもゆっくり焦らずやっていくさ」
魔王様は言うと、速やかに雰囲気を変えた。
腰を据える風から、立ち去る風へと。
「じゃあ、用も済んだしぼくちんはそろそろ戻るとするよん。ダリエルくん、迷惑をかけてすまなかったねえ」
「いえ、滅相もない……!?」
「思えばこうしてキミと直接お話しするのは初めてだねえ。キミが魔王軍にいたときは、いつもグランバーザくんかバシュバーザくんのおまけの立ち位置だったからさ」
「御意……!?」
たしかに。
魔王軍時代の俺は、所詮補佐役の下級兵士に過ぎなかったから、魔王様に直接言上するなど恐れ多くてとてもできる立場ではなかった。
時移り変わり、魔王軍ですらなくなってただの一般人になり、こうしてなり行きながら直接魔王様と対峙するなんて……。
どういう数奇?
「もしよければ魔王軍に戻ってくる?」
「え?」
「なんてうそーん。キミはここでの生活が気に入ってるって知ってるから大丈夫だよ。その方がぼくちんも見てて楽しいしね」
魔王様は最後に俺の脇をすり抜けて。
「これからも活躍を期待しているよ」
とだけ言った。
俺に掛ける言葉はそれで最後だろう。
しかし魔王様は去り際、もう一人の人物に声をかけた。
この場で魔王様と初対面となる、勇者レーディとその仲間たちだった。
「魔王……ッ!!」
これまでの流れにずっと呆然としていた彼女。
当の魔王様が自分自身に迫ってきたことでやっと行動を思います。
「ハロー勇者ちゃん。キミと会うのは初めてだねえ」
「くッ!?」
反射的にか、レーディは剣を抜いた。
バカなことを、そんなことをして何になる。
お陰で緊張がバッと広がり、サトメ、セッシャ、ゼスターのパーティメンバーはそれぞれ武具をかまえて勇者の下に集まる。
対抗してドロイエも呪文を唱えようとするが……。
「いいから、いいから」
魔王様によって鷹揚に止められた。
「大丈夫だよ怖がらなくて。本当ならキミが魔王城に到着するまで会えない設定なんだけど。こうして図らずもフライング遭遇しちゃったからねえ」
「……あ、アナタは、本当に闘神様……!?」
「その程度の理解は及んでるんだ。凄い凄い。ダリエルくんとの話と聞いてたらネタバレだろうけど。やる気が続くなら頑張ってぼくちんの下に来ておくれよ。一応そのための勇者ってシステムだからさ」
魔王様は気さくにレーディの頭を撫でた。
瞬間的にレーディの顔全面から粘っこい汗が噴き出る。
「中途半端なネタバレも気の毒だから余さず教えてあげるけど。ぼくちんの下まで辿りつけたら無条件で死後ヴァルハラに入る資格が与えられるから頑張って!」
「え……ッ!」
「あと、一応ぼくちんへの挑戦権も与えられるけれど絶対勝てないからやめといたほうがいいよ! ヴァルハラに入って永遠に鍛える方が無難なコースだよねえ。あ、それだけじゃ寂しいからね。ぼくちんの下まで辿りつけた勇者にはご褒美を上げることにしてるんだ!」
ご褒美。
「なんでも好きな望みを一つだけ叶えてあげるよ! 前にゴールできた勇者くんはねえ、世界の秘密を知って『じゃあ必要以上の争いをなくしてください』ってお願いしたんだ」
「……ッ!?」
「だから今のこの世界は、基本勇者と四天王の争い以外は均衡を保ってるんだよ。キミが新たに辿りついて、この御願いを破棄するのも自由。頑張って遊びに来てねー」
そこまでレーディに伝え終えて魔王様は去っていった。
フッと煙のように消え去り、誰にも捉えようのない帰り方だった。
これがこの世界の創造主にして支配者。
もともとわけのわからない御方だったが、わかってくるほどに恐ろしさが増していく。