236 ダリエル、最終決戦に臨む
「消し去るだと? ……このオレを、『沙火』のドリスメギアンを……!?」
ヤツは、魔王様に焼き尽くされたことなどウソであるかのように全身再生を終えて復活した。
アランツィルさんに両断された下半身まで元通りだ。
「思いあがるな小僧めが! 全能なるオージン様から『沙火』の称号を戴き、かつ地獄の主になることを許されたオレを、五十年も生きていないお前ごときクソガキが倒すだと!? 身の程を知れ!」
地獄に還ってきたドリスメギアンは、それだけで万全以上の状態らしい。
押し寄せる気迫は、地上の時とは比べ物にならなかった。
しかもヤツからだけでなく、四方八方から押し寄せてくるかのようだった。
まるで地獄全体から……!?
「この世界全体が、ヤツの力となっている」
いや、この世界自体がヤツ自身?
「……いや、この状況は実に歓迎すべきだ。ダリエル、地上で何より求めたパーツが、わざわざ我が懐に飛び込んでくれたのだからな。……感謝するぞ!」
ドリスメギアンは、舌なめずりしながら俺のことを凝視する。
「お前こそが、あの御方を倒すために必要とした最後のパーツだった。お前を欠いて挑んだ末があのザマ。しかし今、お前の方から地獄に飛び込んできてくれた以上、絶対にお前を逃がさぬ! お前を新たな地獄の亡者として迎え入れ、我が一部として取り込んでくれる!」
さらにヤツは猛る。
「次のあの御方への挑戦は、お前の力を軸として組み上げていこう! 幸先がいいぞ! いきなり最高のパーツが手に入ったのだからな!」
炎が、俺へと襲い掛かる。
しかしそれはドリスメギアンの放ったものではなかった。
俺の背後から、炎の波が押し寄せてきた。
まるで津波のよう。
どう逃げようと回避しきれるものではないと悟り、ヘルメス刀で炎を斬り裂き無事に済む。
「さすがだな。普通今の一手で終わりそうなものを。では息つく間もなく仕掛けようか」
同じ規模の炎の津波が、四方八方から!?
元々逃げ場がないのが、どうしようもないほど逃げ場がない!?
「『凄皇裂空』ッ!」
……の連発を撒き散らすことで、何とか炎の津波を砕き散らしたが、その後ろには既に新たな炎の津波が起こり、俺を飲み込もうと押し寄せる。
この怪異、ドリスメギアンの仕業であることは疑いないが……!?
ヤツが魔法を放っているというよりは、この世界自体を操っているような……!?
「驚いただろう!? まるでこの世界自体がオレの意のままだと! それもそうだ、オレは地獄の主なのだからな!!」
誰が言ったものだったか。
地獄は、魔王様が罪人を堕とすために創造した世界であるが、その地獄に最初に堕とされたのはドリスメギアンだという。
むしろドリスメギアンを堕とすために地獄は創られた。
故にドリスメギアンは最初の地獄の亡者であり、地獄の主であると……!
「あれはただの称号じゃないってことか!?」
「地獄の主であるオレは、地獄を自在に操ることができる! それはそうだ、この地獄こそ、あの御方がオレのためにお与えくださった世界なのだから!」
襲い来る炎の津波がどんどん激しく、大きくなる。
ドリスメギアンは、この地獄の中では神のごとき万能を得ているかのようだ。
「ここまでオレを追ってきたのは間違いだったな! 地上ではできないが、この地獄でならできることがオレには数多くある! 地獄でこそオレは全力を発揮できる! 何故ならオレは地獄の主! 地獄そのもの! インフェルノだからだ!!」
それでも、ただ単純に炎を被せるだけでは俺を倒せないと感じ取ったのだろう。
ヤツはさらなる手札を切ってきた。
ヤツのホーム、地獄の中でのみ使える技を。
「見せてやろう! インフェルノの真の力を! 集え亡者ども!」
炎の中から、何かが浮かび上がってくる。
それは人だった。
いや、人と呼ぶにはあまりにおぞましく朽ち果てた者たちではあったが、五体の形状は人と呼んでいいものかもしれない。
しかし全身から炎が見えあがり、その奥に揺らめく肉体は骨と皮だけになって痛々しい。
口からは泣き声とも、怨嗟の声とも判別つかないうめきが上り、そんな亡者が一体ならず。
少なくとも数百体……!?
「セルニーヤやジークフリーゲルだけではない! この地獄にはオージン様によって堕とされた亡者たちが数百数千! 責め苦を受けながら蠢いている! コイツらはオレの命令に従い、逆らうことはできない! 何故ならオレが地獄の主だからだ!」
それは聞き飽きた。
「さあ、亡者どもに囲み嬲られるがいい! 『第一死・等活地獄』!!」
亡者たちが一斉に俺へと襲い掛かる。
その動きは意外に俊敏だった。地獄に堕とされるのは大罪を犯した勇者か四天王だというのでさもあろう。
邪智外道であっても強者であることは変わりない。
四方八方から襲い来るものを、片っ端から斬り捨て散らす。
「さすがだ! 雑魚亡者程度では束になっても敵わんなお前には! では早々に次の地獄をご覧に入れよう!」
ドリスメギアンが高らかに言い放つ。
「『第二死・黒縄地獄』ッ!」
地面が動いた。
「ドリスメギアンの意思に従って……、地獄の地形が変わっている……!?」
ヤツはそこまで地獄に意図を介在させられるのか?
地形変化でせり出した地面が、鉄板のような硬さ厚さになって襲い来る。
しかもただの鉄板じゃない。
地獄の炎でフライパンのように熱せられた大鉄板だ。
事実、巻き添えで迫る鉄板に轢かれた亡者が、自分自身炎を発しているのにブスブス惨たらしい煙を噴き上げている。
「くっそ『凄皇裂空』ッ!!」
オーラ使いの秘奥義である『凄皇裂空』で難なく壊せるものの、鉄板は亡者と込みで何度も迫り襲ってくる。
この世界自体が襲ってくるのだから、何もかも無尽蔵だ。
「わかってきたか!? ことの深刻さが!? これがこのオレに、地獄で挑むということだ! オレは地獄の主であり地獄そのもの! お前はこの世界自体を敵に回しているということだ!!」
「たしかに、今まで感じたことのない感覚だよ」
世界そのものと戦うなんてな。
「しかし、こんな恐ろしい奥の手を持っていたんなら、魔王様にこそ使えばよかったんじゃないか? どうにかしてこちらへ引き込んでな」
「バカかお前は? この世界はオージン様が、あの御方がオレに与えたもうたものだ。結局のところ究極的な権限はあの御方にある」
なるほど。
言われてみればたしかにそうだ。
「オレはあの御方から与えていただいたこの世界で、オレ自身のあの方を倒す力を育まねばならんのだ。ダリエル、お前はそのための材料。最高唯一無二の材料だ!」
しかし俺に関しては地獄の万能性をいかんなく発揮でき、惜しげもなく畳みかけてくる。
地獄全土の亡者を動員し、地形すらも自由に変え、ドリスメギアンはこの地獄では神のごとく振舞うことができた。
「地獄に潰され我がものとなれダリエル! 『第三死・衆合地獄』! 『第四死・叫喚地獄』ッ!」
ヤツは、次々タガを外して世界を意のままに操作する。
「『第五死・大叫喚地獄』! さあどこまで耐えられるかな!?」
たしかに。
ヤツは既に死を超越した亡者であるが、こっちは依然生身の人だ。
体力はいずれ切れるし、致命的なダメージを受けたら動けなくなって終わりだ。
しかしあっちは基本的に『こうなったら終わり』という条件がない。
既に死んでいるから死にようがないし、世界そのものを味方につけているからエネルギーも無尽蔵。
いずれ必ず俺の方が先に力尽きるだろう。
世界を敵に回して戦うとは、そういうことであるようだ。
「後悔してきたか? オレを追って地獄に降りてきたことを。地獄がどのように恐ろしいか想像力が足りなかったようだな!?」
ドリスメギアンはもう勝ったつもりで口舌を振るう。
「しかしもう遅い! 二度とお前を地上には返さんぞ! そしてお前もまたオレの同志に、新たなインフェルノとなるのだ!!」
「御免蒙る」
俺はヘルメス刀を振るいながら言う。
「俺はお前を完全に抹消し、安心して余生を過ごす。そのためにここまで来た。目的を果たして帰る」
根比べ、体力勝負ではどう足掻いても俺の負けだ。
世界と、一個の人では大きさに差がありすぎる。
では。
一個の人が世界を打ち負かすにはどうしたらいいか。
「その答えを、既に先人たちは見せてくれている」
地獄を斬り裂く方法。
その答えは『白』と『空』。
この二つが合わされば。
世界だって斬滅できる。






