22 ラクス村、鍛冶場を作る
鉱山での問題がひとまず片付いてあと、俺はまたしても呼び出しを受けた。
「鍛冶場を作りたい」
「はー?」
ギルド幹部の人は藪から棒に言ってきた。
鍛冶場ってなんやねん?
「そもそもキミ、人間族がミスリルを求める理由は何だと思うかね?」
理由?
……根本的なことなのに考えたこともなかった。
そうですな。
たとえば魔族の場合で考えてみよう。
魔族の場合、ミスリルは魔導具に加工する。
魔導具は、様々な魔法の補助に役立ってくれる。ズブの素人から達人まで頼りにする。
人間族の場合は……?
「武器だ。武器の材質としてミスリルは非常に優秀なのだ」
たしかに。
人間族の戦闘は、武器なくして何も始まらんからな。
「剣、ハンマー、弓矢の鏃、盾……。どんな武器にも加工できてしかも品質は優秀。過去勇者に与えられる名剣もほぼすべてミスリル製だった」
「ほぼ?」
「ミスリル製でない名剣が作られるのは、ミスリルが手に入らなかったときだけだ」
あーなるほど。
「従って当代の勇者様などは非ミスリル製の名剣を使ってもらっている心苦しさだが……。それは余談だ。本題は別だ」
つまりミスリル鉱山が数十年ぶりに人間の手に戻ったことで、ミスリル製の武器を作り放題というわけですな。
「我々ギルドも、強力な切り札になりえるミスリル製武器の量産体制を確立したいと思う。そのための鍛冶場だ!」
話はわかりました。
そりゃー武器を作るためには鍛冶師にお願いしないとですしなー。
鍛冶仕事をする鍛冶師、鍛冶師が務める鍛冶場。
いずれも必要ですわ。
「で、何故その話を俺に?」
「ラクス村に鍛冶場を作ってほしいからだ」
なるほどわからん。
だから何故俺に言う?
ラクス村に鍛冶場建造を求めるんなら、村の住人とは言え一冒険者にすぎない俺なんぞより、村の代表でギルドマスターも兼任する村長さんに話を通すべきだろう。
「ワシもおるよ」
「あれ、いたッ!?」
いつの間にか村長さんが俺の隣に座っておる!?
「ミスリルは、武器の形にして初めて意味を持つ。だからこそ採掘したらできるだけ速やかに鍛冶場に送り、加工したい」
「だからラクス村に鍛冶場を……?」
この村がミスリル鉱山に一番近いから。
理に適っている。
「でもそれなら鉱山に鍛冶場を作ってしまうのが一番効率的じゃないんですか?」
「鉱山そのものへの人の出入りは最小限にしたいんだ。今は、亜人種のノッカーがいたり、魔族との取り引きもある。だから昔以上にな」
そう言われると、気を使ってもらってすみませんとしか言えない。
昔と違う今風味を持ち込んだ犯人は大抵俺なので。
「記録によれば、過去魔族に鉱山を奪われる以前にも、この村に鍛冶場はあったらしい」
村長が言う。
「ワシですら十歳以下の頃で明確な記憶がない。見たことがあったとしても、子どもの頭じゃ多分理解できてなかったと思う」
「ラクス村にあったという鍛冶場の復活をアナタ方にお願いしたい。過去の施設が残っているとすれば、それを利用して行程を早めることができるはずだ」
ギルド幹部さんの求めていることはわかった。
しかしそれでも解消されない疑問が一つ。
「何故俺にその話を?」
村長さんだけに話しておけばそれで済むのでないのか?
何故、村長さんに合わせて俺まで呼んだ?
「だって、キミに任せた方が確実だし早いから」
「あくまでワシはサポートだよ。キミに全面的に任せるからダリエルくんの好きにやってくれたまえ」
そういうことですかッ!?
俺に丸投げという形で、ラクス村の鍛冶場復活プロジェクトは始動した。
◆
で。
村長さん宅で記録をひっくり返し、この村にあったという鍛冶場の所在を調べる。
「ここかー」
調査の結果、数十年前に鍛冶場があったという場所を突き止め、来てみた。
「村外れにこんな大きな建物があるとは……。俺は知らなかった」
「ワシも知らんかった。謎の建物があるというだけで、どういう施設かは……。ここが鍛冶場だったんかい?」
村の中心となる生活圏から、かなり外れたところ。
そこにひっそりと、存在を忘れられた建物があった。
「記録によれば、鉱山から運ばれるミスリルを専門的に鍛えていたそうだ。村人の使う農具や調理器具を打つ野鍛冶は別にあったと」
「ミスリル供給が断たれたことで連鎖的に消滅してしまったと……」
情報提供してくれたのは、当時の村長が書き残してくれた日記だ。
田舎はそういうのが几帳面に残してあるので便利と言えば便利。
かつての鍛冶場跡は当然生きた気配はなく、生活の痕跡すら風化して消え去っていた。
敷地には雑草が伸び放題。
壁にすらツタが張り付き放題。
これらを全部毟りとって綺麗にするのは骨が折れるなあ、と思えた。
「でも建物自体はしっかりしていて補修なしでも使えそうですねえ」
「鍛冶仕事に使っていたわけだから頑丈な造りでないとな。たしかにこれなら掃除するだけで営業再開できそうだ」
ギルド幹部の人に、いい報告ができそうだった。
「いや、無理だね」
そこへ、誰とも知れぬ男の声。
「誰だッ?」
振り向くと、そこにいるのは若白髪のフィットビタン。
街から来た冒険者じゃないか。
「何故ここに?」
「何故だと? お前なあ……!?」
フィットビタンに怒りの表情が現れた。
なんで?
「お前のせいに決まってるだろ。お前の余計な差し出口のせいで鉱山の警備人員が最低限に減らされて。私たちもお役御免だ……!!」
「ああ」
俺が交渉で、魔族が攻めてこない保障を作ってしまったからな。
そりゃ雇う側も無駄なコストを切り詰めたいだろう。
首切られた側のムカつく気持ちもわかる。
ごめん。
「で、そんな無職の方がこんなところで何を?」
「無職言うな! ……こちらだって、このまま成果なしで帰るには体面が許されん。手伝えることはないかと探していたところだ」
それで俺たちのあとをつけてきたと?
どうにも行儀が悪いな?
「断言しよう、お前たちでは鍛冶場を復活させることは無理だ」
「言いきるなあ」
ちょっとムカつくぞ?
根拠は?
「この荒れ果てた廃墟を整理整頓し、使用可能な状態に戻す。そこまでは可能だろう、だがそこから先は無理だ」
「そこから先?」
「どんな施設だって、労働者が入らなければ何の意味もない。お前たちに用意できるのか? この施設を稼働させるに最低限の技術を持った鍛冶師を、最低限の数?」
あッ。
たしかにそう言えば……。
「こんな自然消滅も目前の集落では、逆立ちしても無理だろう」
「でもその辺はギルド幹部の人が手配してくれるんじゃ……?」
「そこで僭越ながら、我々の方で用意させてもらった。……来い!」
いやヒトの話聞けよ?
と注意する間もなく、ゾロゾロと現れる集団。
何これ?
「私から要請して派遣してもらった、キャンベルの街でも最高水準の技術を持つ鍛冶師たちだ。ミスリル武器生産の中核を担うことになるだろう」
はあ、それは御親切にどうも。
「施設の整頓も我々の手でやらせてもらう。キミらの仕事は終わりだ。帰ってメシの支度でもしているがいい!」
「ええッ!?」
「あわわわわわわ……!?」
俺も村長も、強引に背中を押されて鍛冶場跡から追い出されてしまった。
なんだこの強引さ?
わざわざ本拠地から人材を呼び出してくる精力ぶりといい、フィットビタンの振る舞いにはただ気の利くヤツという以上の魂胆が隠されているような気がした。
◆
さて。
結論から言ってしまうと、フィットビタンによるラクス村鍛冶施設乗っ取りの企みはものの見事に頓挫する。
次からは、そこまでの過程の物語だ。






