227 ダリエル、母と出会う
「おおおおおおおおおおッ!?」
『絶皇裂空』は、『凄皇裂空』を基にして編み出された、この俺だけの必殺剣。
ヘルメス刀という鬼才鍛冶師のじーさんが遺した最高傑作は、他の武器より段違いにオーラを吸収し、放出する。
その特質に依って、俺自身の最大限オーラを込めることで『凄皇裂空』は、さらなる規格へと跳ね上がる。
インフェルノ……いやもうドリスメギアンとしか呼びようがない怪物は、さすがに『絶皇裂空』まで跳ね返すことはできず、一度に数本の巨大節足をへし折られながら後退する。
「戻ってきたかダリエル!? バシュバーザめ、ほんの僅かな足止めも果たせんとは真実ゴミめ……!」
「お前がグズグズやってただけじゃねえのか?」
俺がここへ駆け寄ってくるまでの間、随分余裕ぶっこいてエステリカさんをいたぶっているのが丸見えだったぞ。
「……本当にムカつくヤツだ、お前は。バシュバーザのことと言い、不用意に他人を傷つけすぎる」
魔王様のことを巨悪となじり正当性をアピールしていたが……。
どんな大層なご高説も、行為のために意味を失っている。
「とりあえず断定してやろう。お前は悪だ。特に関係なくぶち殺していいヤツだ」
「……ハッ、いかんな、そんな上品な怒りではまだまだオレと融合するには足りんぞ」
しかしちょっと見ない間にドリスメギアンは随分変わったな?
赤マントの怪人が、怪奇赤トカゲ人間になっておる。
どんな無茶な展開を経たら、あんな変人に早変わりするのだろうか?
「お前にはもっとなりふりかまわぬほど怒ってもらわねばいかん。バシュバーザは、お前に恨み言の一つでも吐かなかったか? その言葉をもっと真剣に受け止めたらどうだ? 自責しろ、その上で他人に責任転嫁しろ。そうすれば上等な醜い心が出来上がる」
「気持ち悪いことを言ってんじゃねえ」
「やはりお前に真なる憎しみを開花させるには、妻子を殺すのが一番いいのかな? お前の父親のようによい泥を吐き出しそうだ」
「クズめ……!!」
俺の背後では、既にアランツィルさんがエステリカさんの下へ駆け寄っていた。
ヴァルハラの使徒である彼女は、どんな致命傷を受けても再生し死ぬことがない。
すでに一度死んだ人間だから。
だから他の人よりも負傷に安心はできるが……。
「おお……ッ! エステリカしっかりしろ! すぐに手当てする! 医者を! 誰か医者を……!!」
「無駄に騒がないで……ッ! 私はもうこの程度の怪我、放置しても治るんです。もっとしっかり状況判断を。いい年なんですから思慮を持ちなさい……!」
インフェルノたちを追うために村を発った彼女が、いつの間にか戻ってきているのも謎だが。
俺がちょっと目を離した隙に何が起こってたんだ?
「だ、ダリエル……!」
燃え盛る炎を割って、中からグランバーザ様が出てきた。
この人が炎に押し潰されるなんて。
相当苦戦を強いられていたようだな。
「ヤツは……、ドリスメギアンは魔獣と融合した。人の体に、自然災害級の力を得たということだ」
それであんなトカゲ人間モドキになったってわけか。
「あの赤色の鱗……、つまり……」
「ああ、ヤツが取り込んだのは炎魔獣サラマンドラ、かつてバカ息子が同じことをしようとして失敗した。それをドリスメギアンは成し遂げた。げに恐ろしきと言わざるを得ん」
ついさっきバシュバーザと永久の別れを果たしたと思ったら、今度は炎魔獣。
つくづくしつこい因縁だ。
「わかりました。ヤツの相手は俺がします。皆さんは休んでいてください」
「いやしかし……さすがに一人では……!?」
「ガシタも援護してくれます」
炎魔獣サラマンドラといえば、素の状態でも一度ぶつかったことがある。
攻撃は届いたし、けっしてどうにもならない相手ではなかった。
侮りは禁物だが、必要以上に恐れてもいけない。
とにかく傷つき疲れた三方を後方に下げ、今は俺が矢面に立つ!
「いや、ダメだ」
「え?」
なんでダメ?
振り向くとアランツィルさんが、気力充溢して戦闘態勢を整えていた。
「ヤツとは私が戦う。ダリエルは彼女を頼む」
「彼女ってエステリカさんですか? どうして?」
彼女の肉体は特別だから、怪我してもすぐ治る。
体力の消耗だってないだろう。
ここで前線張れるメンバーでは、彼女が一番元気かもしれない。
「そんな彼女を守る必要は別段ないかと……? それよりもアナタの方が大怪我じゃないですか!?」
「バカ者ッ!!」
物凄い一喝で怒られた。
しかし俺には何故怒られたのか皆目見当がつかない。
「お前こそが彼女を気遣わなくてどうする!? 母親を気遣うのは息子の当然の行いだ!」
「へッ? はッ!? 母!?」
誰が?
誰の?
「あのゴミカスは私が責任もって始末する! ……ダリエル、お前はその間母とよく話しておけ」
「いやあの!? どういうことです!? 俺にはまったく話が見えなく……!?」
「普通であれば、誰もが必ず持っている時間だ。お前はそれを持つことができなかった。しかし今、取り戻せるチャンスを得た」
アランツィルさんが気力が高まっている。
もしかしたら、俺がこれまで見た中でもっとも凄まじい。
「母と子の時間を守ってやることこそ私の役目だ。ダリエル、私に務めを果たさせろ。父として、夫としての……!」
俺に止める暇も与えず、アランツィルさんはバケモノめがけて突っ込んでいった。
相手がバケモノでも、あの人がむざむざやられるとは思えないが……、
「あの……!?」
俺は助けを求めるように、周囲にいる人を見回した。
エステリカさんと、あとグランバーザ様。
問題のエステリカさんは俯いて何も語ろうとしない。
見かねてもう一人の、グランバーザ様が言う。
「ダリエル……! この人は、お前の母親らしい……!」
「ウソー」
しかしグランバーザ様が言うなら間違いないだろう。
まだ理解が追い付かないが。
「彼女は、アランツィルの前の勇者ではあったが、同時に引退してからアランツィルと結婚し、子を産んだらしい。それがダリエルお前だ。……いや、だそうだ」
「…………」
「その直後に魔族が襲ってきた。アランツィルの留守中、彼女はお前を守るために戦ったのだそうだ。それが元で彼女は死んだ。最後まで、お前を守り抜いたと」
「………………」
ヴァルハラの使徒である彼女は、既に死人だ。
かつてはこちらの世界にいた。
生者として、彼女の生き抜いた時代があったはずだ。
しかしそれは、俺とはまったく関係のないことだとばかり思っていたが。
いや関係があるなんて夢にも思わなかったが……!!
「……本当の、ことなんですか……!?」
「……」
彼女は答えない。
代わりに向こうの方から激しい打撃音が聞こえてくる。
アランツィルさんがドリスメギアンとの戦いを再開したのだ。
今、なんとなくわかってきた。
あの人は俺たちに、この時間を作ってやるために戦っているんだ。
「前に会った時は、何も言わなかったじゃないですか!? アナタが過去の勇者という、それだけしか……!?」
「今更言って何になります」
エステリカさんはそれだけを言った。
「充分に成長し、今のこの私の姿より年上になった息子に何と言えばいい。それ以前に私はもう死んだ身。本来この世に何らの影響を与えてはいけない存在です。私がここへ来たのはあくまで闘神様の思し召しのため」
「それでも……!!」
考えたこともなかった。
俺に母親など。
父親の面影は、グランバーザ様に求めることができたが、母親のことは想像も及ばない。
だから初めて会った時も気づかなかったのか。
まったく気づかなかったのか。
「それよりもアナタは、ドリスメギアンを倒すことを考えなさい。あれこそ地獄の化身、アナタの生活を脅かす最悪の脅威です」
「ですが、俺はアナタから聞かなければならないことが、きっとたくさんあるはずだ……!」
恥ずかしい。
三十過ぎにもなって、自分自身父親になって。
それなのに今、自分が何をすればいいのかハッキリわからなかった。
何かしなければいけないのはわかる。
それなのに何をしていいかわからないのは、まるで自分が無知な子どもに戻ったかのようだった。
「…………私はアナタに、何を伝えたらいいのかわからない」
やがて白状するように、エステリカさんは告げた。
「だって私は本当は、アナタの父親を愛してなどいなかったから……!」






