226 英傑たち、蹴散らされる(勇者side)
ドリスメギアンがマントを取り去ってから、形勢は激変した。
圧倒的。
魔獣を人の中に押し込めることで誕生する竜人は、個人がどうにかできるレベルを超えていた。
「炎が……!? 操作権を奪えん……!?」
「お前がオレの炎を止められたのは、魔法の炎だったからだ。どんな事象であろうと魔法から発しているなら、同じ理論を使って阻害することもできる。だが……」
竜人の掌から発せられる大炎。
グランバーザを飲み込む。
「……今のオレは人であり魔獣。オレが操る炎は魔獣の血脈だ。魔法のメカニズムなど受け付けぬ」
よってもう魔法で火炎操作権の奪い合いはできない。
ドリスメギアンは自由に炎を扱うことができた。
「ならば純粋な力比べだ!! 食らえ……!!」
グランバーザ、渾身の魔力を込めて放つ。
「『阿鼻叫喚焦熱無間炎獄』ッ!!」
自然あらざる漆黒の炎が巻き起こる。
グランバーザが独自開発した極大火炎魔法であり、奥義。
単純な威力だけでも必殺であるが、呪力を加味して黒い火炎とするのはグランバーザだけの秘儀であった。
呪いの炎ゆえに消えず、また鎮火したあとも対象を執拗に焼き続ける。
最強の敵アランツィルに対抗するために編み出された秘奥義が、ドリスメギアンを襲った。
しかし……。
「フン」
「なッ!?」
漆黒の呪炎は、ドリスメギアンがかざした手の前に一瞬にして霧散した。
伝説となる男が生み出した最強奥義が、まるで通じない。
「いや、見事な魔法だ。炎を黒色に変えるとは。生きているうちにこの境地までたどり着けるのは万人に一人だろう。……次の段階、『赤』にまで辿りつけるのは、ヴァルハラに上がったあとかな?」
お返しとばかりに放たれる炎がグランバーザを飲み込む。
「ぐおおおおおおッッ!?」
「覚えておけ。お前が至った段階は、オレの秘法の入り口だ。想いの力だけでなく、想いの源となる魂をも力に変換したとき、魔力は黒から赤へと変わる」
グランバーザはみずからの魔法炎で必死の防御を試みるが、とても相殺できる量ではない。
ついに支えきれなくなって直撃を受ける。
「ジークフリーゲルは『赤』、アボスは『黒』までオーラの変色に成功した。しかしあのダリエルであれば、もっと先まで行けるのであろうな」
伝説の英雄二人があっという間に打ち倒され、周囲を固める冒険者たちは戦慄する。
彼らも危険と隣り合わせに生きる職業。
目の前にいる人ならざるモノの恐ろしさは充分理解できた。
「く、クソッ! 盾使い最前列! 全力で防御線を張れ!」
「弓矢を射掛けろ! 少しでも足止めにするんだ!」
それでも逃げず、防衛線を維持しようとするのは日頃よりダリエル村長から受けた薫陶によるものだろう。
しかし今回ばかりは、さすがに相手が悪い。
「勇気ある行為だ。褒美に消し炭にしてやろう」
「させません!」
最後の希望として飛び立つエステリカ。
ヴァルハラの使徒として半固体化した気剣を振りかざし。
「『裂空十六計』!」
「雑魚が、お前がもっともお呼び出ないわ」
緻密な計算の下に撃ち出される十六手のオーラ斬刃も、すべて炎の前に焼き尽くされる。
「きゃああああああッ!?」
本体であるエステリカ諸共に。
その場にいる誰一人として竜人化したドリスメギアンに対することもできない。
「……っぬ?」
直後、ドリスメギアンは背後に感じる衝撃に気付いた。
「オーラ斬刃か? なるほど、こちらの炎に紛れさせながら軌道を変えて迂回。背後から当てるよう飛ばしたのか。相変わらず小賢しい」
しかし命中しながらドリスメギアンは、ダメージを受けた様子もない。
強固な魔獣の鱗が『裂空』の斬撃を完璧に防いでいるのだった。
「圧倒的な力の前に知恵など無力。そう、弱者こそ知恵に頼る。お前のような小賢しい戦法を得意とするのは、自分に力がないことを認めている証拠だ」
アランツィルのような、グランバーザのような。
元々の能力が突出して高ければ、そもそも知恵に縋る必要はない。
力で圧倒することこそが、本来の正しい戦いの形。
しかし元来体力に恵まれない者もいるだろう。そういう者が苦肉の策として知略に頼ることもあろうが、それはあくまで奇策、搦め手に過ぎなかった。
「所詮お前は、小細工を弄することでしか第一級に食い込めないザコということだ」
アランツィル、グランバーザ、イダ、ダリエル、ガシタ、ジークフリーゲル、セルニーヤ、ドリスメギアン。
それら怪物たちがひしめく領域には。
「……いや、勘違いするな。お前のやり方そのものを否定しているわけではない。オレとて同じだ。どんなに力に頼ろうとヤツに勝つことはできない。だから一生懸命知恵を巡らせて、ヤツを超えようとしている。オレもお前と同じ小賢しいヤツというわけさ」
だが。
「お前はそれでも根本的に力が足りない。最初から可能性のない者の悪あがきほど見苦しいものはない」
さらなる火炎を放ち、念入りにエステリカを焼く。
「ああああああああッッ!?」
「それ燃えろ燃えろ。『エインヘリヤル体』が本当に不滅かどうか実験してみようではないか」
常人ならとっくに死滅しているだろうか炎の中に包まれるエステリカ。
彼女が、超越者から与えられる不滅の肉体を得ていることが却って悲劇だった。
焼死することもできず延々と火責めを味わう。
「これが地獄に堕ちた者が毎日受ける責め苦だ。ヴァルハラに昇った者よいい経験になるだろう?」
「があああああああッ!?」
このまま永遠に焼かれ続ける。
そう思えた矢先。
「やめろ! このクソダボがあああッ!!」
「おっと」
襲い来る巨大オーラ斬撃を軽やかにかわすドリスメギアン。
「ほう、もう復活したのか。年の割にタフだな」
アランツィルが、口から血を流しながら仁王立ちする。
腹に強烈な一撃を食らった彼は、内臓を傷つけている恐れもあった。
それでも微塵の陰りなく仁王立ちしてみせるのは、気力から。
愛する者を守ろうという猛烈なる想いから。
「彼女から離れろ! 殺すぞ! いや殺す! 殺してやる……!!」
「ほう、ほうほうほう……?」
常人なら失神するほどの濃厚な殺気なのに、ドリスメギアンは涼しげに受け止めるのみ。
「そうか、そういえば彼女はお前の連れ合いなのだって? なるほど、それは感動の再会だなあ。死別なのだから再び会えるとは思いもしなかったろう。さぞかし嬉しいだろう」
ドリスメギアンの腹部から、またしても巨大節足が生える。
マントを脱いだため腹部の根元まで明瞭に見えるが、おぞましさから見えない方がマシなほどだった。
その先端は刃のように鋭い。
その先端を、エステリカめがけて振り下ろす。
「あがあああああッ!?」
「エステリカ! やめろ! やめろおおおおッ!」
胸と腹に、それぞれ突き込まれる巨大節足。
それは丸太の杭を打ち込まれるようなものであり、一本だけでも致命傷に充分足る。
それでも死ねないのは、彼女が既に死を超越した存在だから。
苦しみを助長する。
「ほらほら、早く助けねば奥さんがもっと辛い目にあうぞ」
無論アランツィルは手をこまねず、すぐさま棒杖振り上げ飛び掛かる。
しかしドリスメギアンがさらに複数生やした新たな巨大節足に阻まれ、近づけない。
「硬いッ!? 関節を狙っているのに斬り裂けないッ!?」
「いいぞ、目の前で愛する者を裂かれ、憎しみが燃え上がっている! まさに理想的だ!」
アランツィルの憎しみを引き出すため、さらにエステリカをいたぶる。
「この分であれば理想的な我が養分となろう! ダリエルを取り込む前に、これは望外のご馳走だ! オレにも運が回ってきたか!?」
「黙れクソがああああッ! お前だけは許さん! 塵も残さず消し去ってやるぞおおおおッ!」
アランツィルは、元から憎しみを糧に戦ってきた男。
若くして家族を奪われ、すべてを失った空虚を埋めるものは、仇への憎しみだけだった。
仇とは、妻子を奪った魔族。
本来勇者は、使命感や博愛のために魔王を狙い、魔王を守らんとする魔族と戦うが、アランツィルは違った。
彼だけは魔族そのものが標的だった。
妻子の仇である魔族を一人でも多く殺し、復讐心を満足させることがアランツィルの勇者としての戦い。
それも老いによって幕引きし、実子ダリエルの生存を知ることで憎しみの炎も沈静した。
しかし愛する妻と再会したことで、燻っていた憎しみの炎が再び燃え上がる。
「はっははははははッ! いいぞ! そろそろ食べ頃だ! そらもう少し怒れ! 愛妻の腸を見せればもっと激情するか!!」
「貴様あああああッ!?」
すべてがドリスメギアンの思い通りに進む。
その時、唯一その思い通りを捻じ曲げる要素が……。
「『絶皇裂空』」
戻ってきた。
ダリエルが戦線に復帰した。






