223 勇者夫婦、再会を喜ばない(勇者side)
新年最初の更新です。あけましておめでとうございます。
今年もご愛読よろしくお願いします。
勇者エステリカ。
その名は今から三、四十年ほど前の、あまり長くない期間に知れ渡った名だった。
センターギルドから正式に任命された勇者ではあるものの、その在任期間は五年弱。
後継であるアランツィルが勇者を務めた期間に比べればあまりにも短いが、それでも平均に当てはめればごくごく標準的な長さであった。
弱い勇者ではなかった。
実力もあり、共に戦う仲間にも恵まれていた。撃破した敵の中にも四天王クラスが数人はいた。
引退するきっかけとなった敗北は、のちに歴代最強の栄名を轟かせるグランバーザによって。
現役の間に打ち立てた功績はたしかなものであり、それによって引退後も豊かな生活と周囲からの尊敬を保証されているはずだった。
しかし引退後、彼女の名が再び囁かれることはなかった。
現在のアランツィルがそうしているように後進の指導やA級昇格試験に口出ししてセンターギルド影響力を及ぼすこともなく……。
完全に存在を消してしまった。
それもそうであろう。
勇者エステリカは、自身の引退した僅か一年後に死亡し……。
……真実、その存在を失ったのだから。
◆
「この女性が、アランツィルの妻!?」
その事実を知らされ、目を白黒させるグランバーザ。
「では彼女が、ダリエルの母親ということか……ッ? ……はッ!?」
そしてグランバーザは思い当たる。
ダリエルが幼くして、自分の出生とはまったく異なる魔族側で成長することとなった経緯を。
まだ生まれたばかりのダリエルを、とある魔族が拉致し隠した。
そのダリエルを見つけ、出生の秘密も知らず魔族として育てたのは他でもないグランバーザであった。
赤子のダリエルが狙われたのは、その父親が凶猛なる勇者アランツィルであったから。
しかし母親に関する話は、不思議とほとんど伝わることがなかった。
「それは……、ダリエルが連れ去られた際に殺されたと聞いたが……!?」
「そうだ! 産後の肥立ちが悪く衰弱しきっていながら、我が子を守るため襲撃者に立ち向かった……! 何度打ちのめされようと、連れ去られようとする子どもを取り戻すため血だらけで追いすがった。それが元で死んだ!」
その頃アランツィルは子どもが生まれたと聞き、進行中の魔族領攻略を放り出して家へ戻る最中だった。
しかし間に合わなかった、帰ってきた彼を出迎えたのは事切れた妻であったという。
彼は、愛する女性の死に目に会うこともできなかった。
そのあと修羅の形相で追いすがり、妻を殺した魔族に追いついて八つ裂きにするものの、さらわれたはずの赤子はついに見つからない。
すべてを失った男が、魔族への憎しみから長い戦いに身を投じるのは、まさにここからとなる。
「長い長い時間をかけて、私はやっとダリエルと再会することができた。しかし妻には、もうけっして再会できないと諦めきっていた。そうだろう。死者と再び会う方法などない……!!」
しかし今、絶望であったはずの再会が叶っている。
あの世ならぬこちらの世界で、アランツィルは死んだはずの妻に再び出会うことができた。
「……なるほどな。見たところイダにはるか及ばぬ雑魚を、何の意図があって助っ人につけてきたかと思えば……」
傍で聞く立場となったドリスメギアンは、不意打ちを仕掛けることもなく、むしろゴタゴタを楽しむように眺めている。
「ヤツはそうした遊びをよくやる。人間族魔族に限らず、地上の者どもが慌てふためくのを眺めるのが何よりの道楽なのよ。ヤツにとってこの世界すべてが遊び場にすぎん……」
「煩い! お前は黙っていろ!」
「うおおおおおッ!?」
アランツィルから放たれる『凄皇裂空』の連発に、さすがのドリスメギアンも捌ききれず吹っ飛ばされる。
あれでは少々の間態勢を整え直せまい。
「まさか、そんな事情があったとは……!?」
本来ならこのままドリスメギアンを追撃するべきであろうが、グランバーザですら突き付けられた事実の衝撃にそれどころではない。
それ以前に小さなチャンスにつけ込んで倒しきれるほど簡単な相手ではない。
ここは状況を整理し、どんな小さな紛れも取り除いておくことが勝利への近道であると判断した。
「……前に、イダ様と一緒に訪れた時、お前は一言も言わなかったではないか? ……ダリエルは、ダリエルはあの時母親に再会していたということか!? 幼すぎて記憶にも残っていない母親に!? 何故言わない!?」
「言ったところでどうなります」
エステリカは冷然と答える。
「私はもはや、この世界の人間ではない。ヴァルハラの使徒エステリカなのです。ヴァルハラに住む者の務めは、死してもなお戦い続けて生前よりさらに強くなること。そうして闘神様を喜ばせることです」
「では、やはり……」
「そう、魔王と闘神は同じもの。私も死してからそのことを知り、受け止めた。だからヴァルハラに住まうことを許していただけた」
エステリカは、もはや二人など歯牙にもかけないと言うように進み出る。
現世で長い時を過ごし、すっかり老いて衰えたグランバーザとアランツィルに対し、死後の体を得たエステリカは三十年前と寸分たがわず美しい。
「だからこそ闘神様から与えられた使命を果たさねば。あの地獄の主を打ち倒し、あの御方の前へと引きずり出すのです」
「そんなことができるのか、お前ごときに……?」
ドリスメギアンが紅蓮のマントをたなびかせながら立ち上がる。
一撃必殺であるはずの『凄皇裂空』を連続で叩き込まれ、絶命しないどころか足止め程度の効果しかないという時点で充分に怪物じみている。
「このオレに見抜けないとでも思うか? お前は本来ヴァルハラに掬い上げられるほどの実力はない。アイツは気まぐれでそういうことをやるのだ。実力自体は、むしろ後ろの二人の方が遥か上を行っている。そんな雑魚のお前に、このオレをどうにかできるのかと聞いているんだ!?」
「できるかどうかではない。闘神様より使命をいただいたからには、何があろうと果たすのがヴァルハラの使徒の務め。同時に勇者の務めでもある!」
跳躍するエステリカの手には、すでに剣が握られていた。
輪郭が茫洋とした、霞のごとき剣だった。
「『エインヘリヤル体』から分離構成される聖遺気の武器か!? ナマクラよりは使えるだろうが……!」
「私がザコかどうかその身をもってたしかめるがいい! 『裂空十六計』!」
エステリカの剣から、五月雨のように激しい『裂空』の乱れ撃ちが飛ぶ。
通常であればそれだけで敵は細切れになりそうなものであるが、『裂空』を遥かに超える『凄皇裂空』すらものともしないドリスメギアンにどれほど通じるのか。
「いかん! ただの『裂空』ではドリスメギアンに通じない! カウンターで粉砕されるのがオチだぞ!!」
「いや、見ていろ」
慌てるグランバーザを、アランツィルが制する。
「彼女の戦う姿は、今でもハッキリ脳裏に残っている。まったく同じだ。彼女の放つ『裂空十六計』……」
エステリカは生前、圧倒的なパワーやスピードよりも緻密な計算によって戦うタイプの勇者だった。
その彼女が編み出した独自技『裂空十六計』は乱出される十六連の『裂空』すべてが緻密な計算の下に放たれる。
敵がどのように防ぎ、どのように回避するを正確に読み取り、一~十五手までで敵の態勢を崩し、体力を消耗させ、最後の十六手目で確実に必殺の『裂空』を叩き込む。
そういう技だった。
「手数を増やしたところで雑魚の技は雑魚だ! 格の違いを思い知るがいい!」
ドリスメギアンは、自分の体を縦軸にして猛回転する。
すると胴部から伸びる四本の巨大節足が、襲い来る『裂空』の乱れ撃ちをことごとく弾き飛ばすのだった。
「ええ、そういう風に防ぐと思っていましたよ」
「何ッ!?」
巨大節足によって弾かれたかに思えた『裂空』は、しかし弾かれ軌道を変えながらも最終的にはドリスメギアン本体を目指して突き進む。
「弾かれ軌道を変えても、オレに当たるように進んでいる!? まさかこれは最初から!?」
「ええ、そういう風に計算して撃ちました」
弾かれ、あらぬ方へと飛んで行ったのは前三手の『裂空』のみ。
これが巨大節足による防御を誘い、続く四手~十二手までの『裂空』が反射角を調整してドリスメギアンに命中するようになっていた。
「かああああッ!」
それらを『焦熱結界』で焼き払うドリスメギアン。
しかし緊急で苦し紛れに放っただけに、完璧な発動にはほど遠い。
どういう因果か、魔法発動のために巨大節足も消えてしまい、呼吸も大きく崩れた。
そこへエステリカが切り込む。
「終盤です!」
十三手目で『焦熱結界』の高熱空間を斬り裂き、懐へ飛び込む。
十四手目で右手を斬り裂き。
十五手目で左手を斬り裂いた。
そして最後の十六手目の『裂空』が、見事ドリスメギアンの額を斬り裂いた。
「おおッ!?」
普通の人間なら致命傷。
しかし、相手はこれまでにない怪物インフェルノであった。
「おのれザコが舐めおって……!?」
「ッ!? 頭部を割られて再生も経ずに活動する!? バカな!?」
逆に技を出し切ったエステリカは隙だらけ。
その決定的空白に火炎魔法が放たれようとする寸前……。
より巨大な『凄皇裂空』がドリスメギアンの体全体を叩き潰した。
「ウチの嫁に何をするか」
エステリカの細身を抱きかかえ、後方へ跳躍するアランツィル。
「アナタ……!?」
「私の目の前にいる限り、もう二度とお前に傷をつけはしない。もう二度と!」






