218 バシュバーザ、もう一人の自分を突き付けられる
戦いの意味は消失した。
それなのにまだ騒乱は続いている。
「やめろ! もう魔法を使うなバシュバーザ!」
「うわああああんッ! 死ねダリエル! お前だけは死ねよおおうううううッッ!!」
突然バシュバーザが暴走し、所かまわず魔法を放ちだしたのだ。
もちろん魂魄変換の禁呪でブーストした魔力だから、迂闊に近づくのも危険だ。
しかし何故バシュバーザは、魔力を収めようとしない?
「まだわからないのか!? ここで暴れ続けることは、お前を利用しようとしたドリスメギアンの思うつぼなんだぞ!」
「そんなことどうでもいい! もうドリスメギアンなど知ったことか! いやもうすべてがどうでもいい! 知ったことか!!」
完全に捨て鉢だった。
しかし、自暴自棄になったところで何故俺を執拗に狙うんだ?
最初は所かまわずの無差別攻撃かとも思ったが、少しずつ、飛んでくる火炎が俺に集中している。
「……ダリエル! こうなったらお前だけは倒す! このボクの存在が消え去る前にお前の息の根を止めてやる!」
「なんでッ!?」
「煩い!」
またしても放たれる火球。
しかしそれはヘルメス刀によって叩き落されるだけでしかなかった。
「お前こそ我が生涯最高の呪いだ! お前さえいなければボクは、栄光の座から転げ落ちることもなかった! 四天王の責務を果たし、勇者を倒し、幸福に生きられたはずだったんだ!」
「それはない」
お前の不幸はお前自身の愚かさからまろび出たもので、さすがに責任を押し付けられる筋合いはないぞ。
「しかしそれもどうでもいい! すべてを失ったが、それでもボクは生涯最後の意味を求める! ダリエル! お前を倒す! お前を殺し、その勝利の栄光で我が生を飾るのだ! それでボクの生涯は意味あるものになるんだああああッ!!」
なんと自分勝手な主張か。
俺の人生はお前の人生のお飾りか。
同じ人の生に、ここまで差をつけようとは片腹痛い。
無論俺の人生は他のたくさんの人々のためにあるから、コイツの望みを叶えてやる気もしないが……。
「ブルグォッ!?」
「えッ!?」
突如、バシュバーザに起こった異変に俺も驚く。
アイツの胸部に、一度にいくつもの矢が突き刺さったのだ。
「矢!? ってことは……!?」
「アニキ!」
やっぱり。
ガシタが駆けつけていた。
ラクス村冒険者の中で一番の古株。
いまでは俺がもっとも頼りにしている村の守り手だ。
しかし今……。
「何故こっちに来た!? お前にはインフェルノの方を頼んだはずだぞ!」
現在ラクス村を襲う災厄の、主要なるものは間違いなくインフェルノ。
それをグランバーザ様やアランツィルさんと共に対処してくれることを期待していたのに。
一般冒険者の弓矢の中で、インフェルノの『焦熱結界』をとっばできるのはお前のオーラで強化された矢だけなんだぞ。
「すみませんアニキ……! でも、でもアイツだけはオレの手でぶちのめさなきゃダメだって思ったんです」
「え?」
「お願いですアニキ! このケンカ、オレに引き継がせてくれませんか!?」
なんで?
キミとバシュバーザって、そんな因縁あったっけ?
きわめて赤の他人レベルと思うんだが。
「……そうですね。オレもそう思ってました。あんなヤツ、アニキに逆恨みして村に被害をもたらすだけのクソ野郎だと。……でもね、なんかだんだんわかってきたんすよ」
「なにが?」
「アイツは、オレだって」
どういうことだ?
バシュバーザとガシタは似ても似つかないだろう。
一方は魔族で四天王、一方は人間族で冒険者。
特性も炎と、スティング(突)で共通する感じもない。
「なんだお前はぁ!? ザコに用はない! どけ! ボクはダリエルを倒さねばならんのだ! 消える前にダリエルを倒して生きた証にするんだあああッ!!」
「そうはさせねえよ」
ガシタの周囲に、いくつもの矢が空中に浮かぶ。
静止している。
ガシタの強力なスティング(突)オーラに包まれた矢は、みずから浮力と推進力をもって天翔ける。
「行けッ!」
ガシタの号令で、矢は弓に放たれることなく飛んだ。
すべてガシタのオーラの強さによるものだ。
「バカ者がぁ! そんな小枝の数本、我が火炎魔法の前では薪にもならんわ! 我が魂を削って燃やす炎の輝きを知れッ!」
飛翔する矢は、熾る猛炎の中に飛び込む。
即座に焼き尽くされるかと思いきや、オーラに守られた矢は煙を上げることすらない。
それどころか矢は、ガシタの操作を受けて渦のような軌道を描き、その円運動に巻き込まれた炎はもろくも散り消えた。
それを目の当たりにしたバシュバーザは……。
「そんな……バカな……!?」
「アンタのボスも防げなかった矢だぜ。どうしてアンタに防げると思うよ」
そういえばガシタの狙撃は、一矢あやまたずインフェルノに届いて対処しなければダメージになり、煩わしがられていた。
ガシタの冒険者としての能力は、もはやかつての四天王バシュバーザですらものともしないほどなのか。
「ウソだあッ! ダリエルに届かないだけでなく、こんなザコにまでボクは押し負けるのか! そんなのウソだ! ウソだああッ!!」
「アンタを見てると思い出すぜ。アンタそっくりのどうしようもないバカ野郎のことをな」
ガシタの意図を示すように、矢は縦横無尽に飛ぶ。
弧を描き、行き交い、まるでスズメバチの群れであるかのように。
そしてバシュバーザの放つ魔法炎を、すぐさま射抜いて散らしていく。
「……オレだ。アンタは二年そこら前のオレにそっくりだ」
ガシタは言った。
「実力もねえくせに自信ばっかりあってよ。狭い村の中で強さを気取って。今思い出しても痛々しいバカだったぜ」
そういやそうだった。
あれは俺がガシタと初めて会った時だったな。
当時のアイツは今ほど素直じゃなくて、村に来たばかりの俺のことも真っ向から敵視してきたものだ。
それが、いつから変わったのだっけ。
「オレは変わることができたよ。ダリエルのアニキのお陰で自分のバカさ加減を知ることができた。自分がバカだとわかれば変わりたいと思うようになった。その思って毎日がむしゃらに頑張って……。そして今のオレがあるんだ」
「煩い! 何が言いたいんだ!? お前の身の上話など、ボクに何の関係もない!」
「いや、あるぜ。……お前はきっと、あの時自分がバカだと気づけなかったオレだ」
「ッ!?」
矢は依然として飛び回っている。
一矢ならぬ、十以上。
あれだけの数の矢をオーラの推進力だけで飛ばし、かつ完璧に制御できている。
あれだけ鋭く精密なオーラを扱える冒険者は、センターギルドにもいるまい。
「聞いてるよ、ダリエルのアニキはアンタの補佐だったんだろう? だったらきっとアニキは、アンタにできることを全部やったはずだ。アンタの成功のために、アンタの安全のために、アンタの成長のために、できること全部だ」
「な、なにを……!?」
「アニキは優しいから。だから嫌なヤツにも嫌な顔せず手を差し伸べてくれる。ちょっと前のオレに対してもそうだったように。オレはその手を取った。そしてアンタは取らなかった」
その過去から発した今の二者が。
こうして向かい合っている。
「他に言うヤツがいないようだからオレがはっきり言ってやる。アンタは無様だ」
「ななぁッ!?」
「きっとアニキの言うことを聞いておけば、アニキの言う通り自分を鍛えていれば、アンタもいっぱしの男になれたろうによ。それをせずにつまらねえ意地を張って、堕ちて堕ちて堕ち切った先が今だ。バケモノみてえに汚えナリでよ。他人に利用されるだけの三下だ」
ガシタは、背に負った矢筒から新たに矢を一本取りだす。
そして弓につがえる。
弦を引き絞る。
「オレも、もしつまらねえ意地張ってアニキの言うことを聞いてなかったら、今でも身の程もわからねえバカのままだったんだろうな。そして落ちぶれてた。お前みてえに」
「……ッ!?」
「だからお前はオレだ。お前は、あの日自分の間違いを正せなかったオレだ。お前の哀れぶりを見ているとゾッとするぜ。一歩間違えていたら、オレもそうなってたかもしれないと思えばよ」
バシュバーザの表情に、名状できない深刻な色が浮かんだ。
ガシタの言葉に刺さるものがあったのか。
「だからお前は、オレが倒さなきゃと思ったんだ。お前は過去から現れた亡霊だ。今のオレの手でキッチリと片をつける!」
弦が放され、しなりと共に押し出された矢が飛ぶ。
既に濃圧なオーラを取得し、弓なしでも矢を放てるガシタだが、だからと言って弓が不要になったわけではない。
弓を使えば、さらに速く高威力をもって矢を飛ばすことができる。
ガシタが使う弓の弦は、鍛冶師サカイくんが研究の末に開発した、糸のように細く鍛えたミスリルの弦だった。
さらにミスリル製の鏃を取り付けた矢を飛ばす。
その矢はまさかのしくじりもなくバシュバーザの胸に突き刺さり……。
そして弾けて、吹き飛ばした。






