217 ダリエルとバシュバーザ、再戦す
「コイツは俺に任せてください! アランツィルさんとグランバーザ様で本体の方を!」
「ダリエルしかし……ッ!?」
「皆も、アランツィルさんの指示に従って援護を頼む! こっちは俺一人で片を付けるから!」
これ以上このバカ息子の醜態を、グランバーザ様の視界に置いておくわけにはいかないだろう。
かといってバカ息子と何の接点もないアランツィルさんに始末を任せるのは気が引ける。
よって俺がもう一度ケリをつけるしかない。
「見事に戦力が分断されたな……?」
「貴様ぁ……!」
俺から見た遠くで、赤マントの得意げな気配が伝わってくる。
「あんなクズでも使いようということが証明されたな。お前たちの中に顔見知りがいるということはわかっていたから、引っ掻き回し役にでもなれるかと思ったが期待以上だ。これでアイツが虫けらのようにやられるまでの間、オレの負担が減るということだからな」
想像以上にゲスな男だった。
あんなヤツの思い通りにならないためにも、一刻も早くバシュバーザを片付けなければ……!
「向こうだ行けッ!」
「ぎゃんッ!?」
上半身のみのバシュバーザを蹴り上げ、別の場所へ弾き出す。
とにかくコイツを一刻も早く、グランバーザ様の目の届かない耳にも入らない場所へ離さねば。
本格的に倒すのは、それからで充分だ。
◆
そして戦場は移り変わって……。
俺とバシュバーザは一騎打ちの様相を呈していた。
村外れという点は変わりないが、インフェルノと交戦していた場所からかなり離れている。
グランバーザ様を苦しませたくない一心で、必要以上に距離を開けてしまった。
「ダリエル……! 再びお前と戦うことになるとはなあ! この世に舞い戻ってきて早速このような機会に恵まれるとは、日ごろの行いの結果かな!?」
「日ごろの行いがよかったら地獄になんて堕ちないだろ……」
とにかく俺は、バシュバーザと再会して心底うんざりさせられている。
お前との決着はとっくの昔についたはずだ。
なのになぜまたお前に煩わされなければいかんのだ?
「……地獄に堕ちたんだってな?」
比喩ではなく実際に。
かつては軍籍にいてアイツに仕えたこともあるが、互いの立場はとっくにまったく様変わりしている。
当時の礼節を引きずる気はない。
「……そうだ、お前に殺されたあと。ボクは魔王によって無理やり復活させられて地獄に堕とされた。……何故だ!? ボクが何をしたという!? ボクは魔王軍のため使命を果たそうとしただけだ!」
やはり、非のすべてを自分以外に押し付けようとする癖は変わっていないな。
死んでも治らないことはあるか。
「ボクが地獄に堕ちるなら! 今までの四天王も全員地獄に堕ちるべきだ! なのにボクだけ! 理不尽極まりない! ……しかし地獄の中にも救い主はいた。ボクはあのお方のお陰で再びやり直すことができる……!」
「……インフェルノか」
いや、より正確に言えばインフェルノのリーダー『沙火』のドリスメギアン。
「ドリスメギアン様は究極の魔導士だ! あの方と出会ってボクの認識は完全に変わった! あの方こそボクが目指すべき目標だ! あの方に比べればアイツなど……父上など雑魚にすぎん!」
「…………」
グランバーザ様にそのような口の利き方を。
「見るがいい!」
上半身のみの歪な姿ながら、バシュバーザは両手を突き出した。
「『ファイア・ストリーム』ッ!」
両手から放たれる炎の渦は、驚くほどの高熱と勢い。
ヘルメス刀で炎を切り裂くも、そうしなければ瞬時のうちに丸焦げにされるところだ。
「見たか! この威力、この熱量! ボクの火炎魔法は格段に強くなっている! 何故かわかるか!?」
たしかに今の魔法、かつてのバシュバーザから見たら不自然な強さだ。
「ドリスメギアン様が与えてくださった秘法のお陰だ! その力でボクの魔法は何倍もパワーアップした! ダリエル! もはやお前にも遅れはとらん! 今のボクこそ真に完成したパーフェクト・バシュバーザなのだあああッ!!」
「下半身がないのにか?」
せめて肉体が完成してから名乗ったらどうだ?
「ダリエル! ここで会ったが百年目だ! 今、お前との因縁に決着をつけようではないか! 決闘だ!」
一人盛り上がるバシュバーザ。
「地獄から舞い戻ってきても、それしか考えることがないのか?」
「おおとも! お前との再戦それだけを願ってボクは地獄から戻ってきたんだ! それだけが今のボクを支えるのだああああッ!!」
めんどい。
「ダリエル! 聞くところによればお前は人間族だったそうだな!? しかも先代勇者アランツィルの息子! これぞまさに運命だ! ボクたちは戦い合う運命だったのだ!!」
「どういう意味だ?」
「グランバーザの息子であるボクと、アランツィルの息子であるお前! かつての両雄の決着は、次世代であるボクらへ受け継がれた! この運命の一戦に勝つことこそ、ボクに課せられた使命だったのだ!!」
「…………」
グランバーザ様の背負う何ものも受け継ごうとしなかったお前が。
今更グランバーザ様の宿命に乗っかろうというのか。
「ボクはお前を倒す! 偉大なる大勇者アランツィル、その後継者であるお前を倒して、今度こそボクは歴史に名を刻むのだ! ドリスメギアン様より授かった秘法の力でえええええッ!!」
バシュバーザは再び両手をかざし、大火炎を放つ体勢を整える。
そして放つ。
威力は先ほどよりさらに倍ほど大きかった。
やはりかつてのバシュバーザでは身を粉にしても出せない魔法出力。
インフェルノは、どうやってバシュバーザにこれだけの能力を授けたのか?
秘法を伝授されたなどと言っていたが……。
まさか……!?
「…………ッ!」
俺は再びヘルメス刀によって大炎を斬り裂いた。
まだまだ『凄皇裂空』を使うには及ばない。
ヤツの放ってくる火炎魔法は、大きさばかり凄まじくて密度が伴っていないからだ。
中身カスカスだから相殺するにも苦労はない。
「さすがダリエル! ボクの攻撃魔法を苦もなく退けるとは! しかしそれがいつまで続くかなあ!?」
「もういい……!」
「おや、もう音を上げるのか? 降参か!? ボクは今の攻撃魔法をまだまだ連発できるというのになあ!!」
「もういいやめろ、地獄にすら行けなくなってもいいのか?」
「へ?」
バシュバーザは、かざした手をそのままに硬直した。
呆けた表情。
今まさに放たれんとした火炎魔法は勢いを失って燻り消える。
「どういう意味だダリエル? 地獄にも行けない!? あんな場所頼まれたって行きたくないわ!!」
「前にイダさんから聞いた。インフェルノ……いやドリスメギアンが地獄に堕ちるきっかけとなった禁忌の魔法。それは人の魂を魔法の炎に変換する術なのだと」
魂の力は、魔力やオーラなどとは比較にならないほど強い。
生命を生命たらしめる根源の力なのだ。だからそれを戦いに使えば、なるほど他を圧倒できるほど超パワーを引き出せるに違いない。
「その分代償は大きいがな」
「ぐひ……ッ!?」
「魂とは、生命の最後の定義だ。肉体を失っても、魂がまだあるならその人は存在しているといえるだろう」
魂が残っていればこそ、人は地獄へも行けるのだろう。
あるかどうかは知らないが天国にも行けるだろうし、来世だってあるのかもしれない。
「しかし魂を失って人はどこに行ける? 魂を失うことは完全な消滅なんだ。ドリスメギアンが編み出した最悪の呪法は、その魂をすり減らして力に変えるということだ!」
魂を力に変えて、減らし続けていけばどうなる?
まっとうに考えればいつかはゼロになって消え去るだろう。
その時、魂の主はどうなるのか?
「存在自体が消えてなくなる」
「あ……!? ああぁ……ッ!?」
「バシュバーザよ、ドリスメギアンがお前に与えたっていう秘法とは、まさにその魂を魔力に変換する術式なんじゃないか!?」
バシュバーザは、自分自身の存在と引き換えに自身を超える力を得ていたことになる。
ドリスメギアン自身はそんなリスクは侵さない。
ヤツが魂を力に変えるとき、自分のではなく他人の魂を使う。
恐ろしいまでに卑劣で計算高いヤツなのだ。
「バシュバーザ。お前がリスクの説明もなく魂魄変換の秘法を教えられた理由。いくらバカなお前でもわかるはずだ」
「ああああああッッ!?」
「お前は捨て駒だ。お前の存在がなくなるまで暴れに暴れて、俺の足を引っ張ることを狙いにした捨て駒でしかない」
コイツが俺に勝つことなど端から当てにしちゃいない。
いかに魂を強い力に変換しようと、元がバシュバーザでは俺に届きようがないことを赤いアイツは知っている。
それを承知で、必ず自滅するバシュバーザを俺へ差し向けてきたんだ。
「もうやめろ。ここでアイツの思い通りに消え去る必要などない。肉体どころか魂まで消えるんだ。取り返しがつかなくなるぞ……!」
「うあああああああッッ! ウソだああああああッ!?」
生きていた頃から傲慢の塊であったバシュバーザ。
そんなアイツが究極的にまでコケにされている。
その様を、目の前で見せつけられることになろうとはな。






