216 新しいインフェルノ、生まれる
「おいグランバーザよ……!?」
「わかっている、いちいちせっつくな……!?」
老雄たちがなんか揉めている。
戦闘は、一瞬にふとした均衡が生まれ、動かず睨み合いの状態へと陥っていた。
「わかるかダリエル? あの赤い変質者は、我々三人の一斉攻撃を受け止め続けている。そんなことができる者が地上にいるなどと、つい最近まで思いもよらなかった」
ガシタの精密無比な射撃まで加わってるんですがね。
それも込みで凌ぎ切っているというのは本当に信じがたいことだ。
「しかしそれ以上に信じがたいのは、ヤツがまだ本気でないということだ」
「えッ?」
「思い出してみよ。『沙火』のドリスメギアンは外法に手を出し、踏み込んではいけない領域に踏む込んだがために地獄へ堕とされたのだ」
「……そうか」
そんな規格外の外法師が、これまで使ってきたのはすべて普通の魔法……!
「一つ一つ強力ではあるが、ヤツがこの戦いで使用しているのはすべて魔導士のまっとうな火炎属性魔法。ヤツが四天王の花形としてもてはやされていた時代に使っていたものだ」
それが後世に伝わって、一般魔導士の必殺魔法として扱われているのだから改めてヤツの恐ろしさが実感される。
「しかしそれすらヤツの恐ろしさの片鱗にすぎない。ヤツが地獄に堕ちてまで追い求めた魔法は、もっと恐ろしく虫唾が走るものだ」
「はい……!」
「できればそれを見せてくる前に倒したいが。心してかかれ……!」
インフェルノはまだ全然本気を出していないということだ。
怪人の底が知れない。
「……そう無闇に怖がってくれるな。オレとてお前たちのことは充分脅威に感じている」
全身を赤マントで包んだ怪人は言う。
その内側の表情は窺い知れない。
「まさかオレがここまで手こずるとは。いや防戦一方だ。防ぎきるので精いっぱいだと正直に認めよう。だから……!」
恐れていた次の段階が、来るか。
「オレも新たな手札を切らねばな」
「ようやくか、待ちくたびれたぞ早くしろ」
真っ向から挑発し返すアランツィルさん。
この人は!
「魔王すら恐れさせたのだろう、お前の術は。だから地獄に堕とされた。そのほどを私に見せてみろ。大勇者の評価を下してやろう」
「粋がるな若造が」
ヤツから見ればここにいる全員赤ん坊に等しい若造だろうが……。
「……では、小手調べとしてまずコイツを出してみるか。気に入ってくれるといいが」
「皆気をつけろ」
これまでとは異なる動きに全員が引き締まる。
ああいう手合いが『気に入る』と言ったらロクなものでないのは間違いない。
ゴトリと、音を立てて地面に落ちた。
何かが。
インフェルノの赤マントの内側から。
それはなんだ?
何かが、ざわざわと蠢いている。
ゴバン、と。
その何かから、さらに何かが伸び出て、地面を叩いた。
それは腕だった。
何かから延びる人の腕だった。
「なんだあれは人か?」
「人? でもなんか色々足りないぞ……?」
周囲の冒険者たちも、現れたおぞましいモノに魂消て、視線を釘づけにされる。
「足がない……!? いや下半身自体がない……!?」
「腹も半分近くがないぞ!? あるのは上半身だけ……!?」
「なんであんな状態で生きていられるんだ!?」
インフェルノが地面に落としたものに、居合わせた皆は怖気をふるって見悶えた。
そうもなろう。
ヤツが産み落としたなにかはあまりにもおぞましい。
これが地獄に堕とされる理由となりうる、狂気の外法なのか。
しかし俺は……。
俺と、そしてグランバーザ様は、別のことに注意のすべてを奪われた。
あまりに唐突すぎる、半分しかない人間の登場。
ソイツは誰だ?
その顔に、見覚えがあった。
俺も、そしてグランバーザ様も……。
「ば、バシュバーザ……ッ!?」
そう、あの半分しかない人間はたしかに、かつての魔王軍四天王の一人『絢火』のバシュバーザではないか!?
グランバーザの一人息子でもある。
「バシュバーザ!? 何故!? 何故お前が今……!?」
「おい待て! 敵前で迂闊に動揺するな! まったくお前はッ!?」
動転するグランバーザ様を、アランツィルさんが庇ってくれている。
あれなら大丈夫だろうが、俺だって跳ね上がる鼓動を抑えることができかねる。
なんでアイツが今更再び出てくる……!?
バシュバーザは死んだはずだ!
俺自身の手で塵も残さず消滅させたはずだ。
四天王の一人でありながら、その責務に見合った働きをせず。周囲から見限られてどんどん追い込まれ、挙句には一発逆転を狙って禁呪に手を出した。
禁呪に伴うリスクにハマり、あわや大惨事というところ俺がとどめを刺して止めたんだ。
ヤツの罪を、グランバーザ様の自責をすべて消し去るつもりでこの手を汚したのに。
まるで亡霊が現れるように、何故再び現れる?
「どうした? 知り合いなのだろう? 再会を喜んでくれると思ったがな」
インフェルノがしたり口調で言う。
「地獄から脱出する間際にさらってきた。直近地獄の蓋が開いたのは、コイツを堕とすためだったようだからな。脱出のチャンスを作ってくれたということで、大した役にもならなそうだが拾ってやった。恩返しというヤツだ」
そう言ってインフェルノは足を上げ、地面に這いつくばるバシュバーザの後頭部を踏みつけた。
上半身しか形を成していないバシュバーザは地面を這いながら、足の裏を受け入れるしかない。
「以来、役にも立たぬものを抱え続けてきたが、こんなクズでも利用するしかない状況に追い込まれてきたということだ。ジークフリーゲルもトルトリトゥも消えた。セルニーヤとアボスは、イダを抑えるのに駆り出されている。つまり今オレに動かせる駒は、これしかないということだ」
「……様、ドリスメギアン様」
地べたとまったく変わらない位置から、呻くようなバシュバーザの声がする。
アイツ……、あんな状態でも意識が……!?
「なぜボクには、こんな不完全な肉体しか与えてくださらぬのですか? もっと、足も、腹も、すべて備えた肉体を……!」
「贅沢を言うな」
インフェルノ、踏みつけた足を一旦上げ、そして杵のように再び踏み下ろす。
『ぎゃぶッ!?』と潰れるようなバシュバーザの悲鳴。
「人間族の監獄で、オレは穢れた魂と共に大量の血肉を手に入れた。それを基にセルニーヤとアボスの新しい肉体を作り出してやった。お前に使ってやったのはその余りだ」
「そんな……ッ!?」
「だから中途半端になるのはしょうがないことだ。いいか。お前はただの役立たずだ。一目見てわかった。肥大化した自尊心に実力がまったく伴っていない。自分自身が思うことの百分の一も成すことができないクズだ」
そう言いながらなおもバシュバーザの後頭部を踏みつける。
「貴様やめろぉ!」
「待てグランバーザ! 冷静さを欠くな! お前を狙った罠やもしれんのだぞ!?」
激昂するグランバーザ様を、アランツィルさんが必死に引き留める。
他の者たちも、この異様すぎる景色に圧倒されて息も吐けない。
「クズのお前を、オレが上手く使ってやる。クズでもできる簡単な仕事をあてがってやる。しっかり成し遂げられたなら、褒美にもっとちゃんとした体を与えてやってもいいぞ?」
「ほ、本当ですか……ッ!?」
「本当だとも。見ろ、素材はそこら中に溢れかえっている。鍛え上げられた冒険者の数十人、圧縮してまとめればさぞかし強靭な肉体に仕上がることだろう」
インフェルノの視線が周囲を巡る。
あまりにもおぞましい主張に、短い悲鳴がそこかしこから上がった。
インフェルノの言う『素材』が自分らのことだと思い当たり、嫌悪に打ち震えている。
「わかったか? なら行け。曲がりなりにもお前は我らの同志。最後の……六人目のインフェルノだ!」
「かしこまりました我が主ッ!!」
バシュバーザは、解き放たれた猟犬のように駆け出る。
最初は手で張って進んでいたが、ある段階から火炎魔法で体の後方に爆発を起こし、その爆風に乗って飛ぶ。
「ぐひゃあああああッ!!」
上半身しかない男が空駆けて襲ってくる様は、悪夢でしかなかった。
無作為に標的となった冒険者は、飲まれて体を動かせない。
「ひゃーっばばばばばばッ! 死ねえ! 我が主ドリスメギアン様のためにいッ!!」
その手から放たれる火炎魔法。
インフェルノやグランバーザに比べればひたすらショボいが、それでもまともに食らえば火傷で済まない。
「くッ!」
俺が無理やり間に割って入り、ヘルメス刀の軌跡で炎を散らす。
「ダリエル!? 貴様! 貴様あああああッ!?」
もはや亡者と変わらないバシュバーザの容貌。
しかし俺を認識できる程度の意識と、過去の記憶はあるようだ。
「またしても……! またしてもボクの邪魔をしおってええッ! 許さん! 許さんぞ! どうしてお前はいつもそうなのだッ!!」
「それはこっちのセリフだ」
もう二度とお前に煩わされることはないと思っていたのに。
性懲りもなく現れやがって。
お前はグランバーザ様の心身の均衡においてもよくないんだ。
二度と蘇ることのないように、ここでしっかり消えとけ!






