209 風魔獣ウィンドラ、セルニーヤを悼む(勇者&四天王side)
「終わった……、のか?」
両断され、炎に包まれ、焼き尽くされたセルニーヤ。
残るのはわずかながらの灰ばかり。
いかに亡者と言えども、ここから甦るには不死鳥でなければ不可能だろう。
「亡者についに、消滅という解放が与えられたのだ」
同類とも言えるイダが言う。
「亡者の肉体も何百年何千年と、ゆっくり地獄の業火に焼かれることで少しずつ焼滅していく。完全に消滅した時が罪を許され放免されたということ。お前の剣は、地獄の業火が数百年かけて与える消滅を一瞬にして与えたのだ」
それだけレーディとゼビアンテスの合体技が物凄いと言うことだった。
「恐ろしい威力の技だ。私の『エインヘリヤル体』でもくらえばマズいかもしれんな」
「それって……?」
「不死身の肉体すら殺せるかもしれんと言うことだ」
それは死してなお戦いに生きるイダからの最高の賛辞と言えるだろう。
「当然なのだわ! わたくしとレーディちゃんが組めば無敵なのだわー!」
「組んじゃダメだろ本来」
他メンバーたちにも、勝利の安堵で和やかな雰囲気が広がりかけていた。
その時だった。
セルニーヤの燃え残りの灰から立ち上る煙。
それらが空中で蟠り、濃厚になって、形を成し、最終的には一体の巨大な生命体へと変化する。
緑色の輝く鱗を持った巨竜に。
「あれは……ッ!?」
風魔獣ウィンドラ。
セルニーヤと融合していた魔獣。
「なんでアイツだけ復活してくるのよ!?」
「バシュバーザに入り込んだ炎魔獣も、倒したあとに復活していた……! そういう生き物としか言えないでござる!」
「とにかくかまえろ! 戦いは続くぞ!」
魔獣を見上げ武器をかまえる戦士たち。
しかし大いなる存在はそれらを見下ろして……。
『無粋な狼狽はおよし。これ以上続ける気はない。少なくともわらわには』
「へ?」
『わらわにとっては、セルニーヤに味方したいだけの戦いだったからね。そのセルニーヤが消滅した以上、続ける意味もない』
魔獣の気のない口振りに、多くの者が拍子抜けして沈黙した。
「我々はそのセルニーヤを殺した。敵討ちという考えもあるが?」
と臆面もなく指摘するのは最強者イダ。
「ぎゃー!? 何焚きつけてるのだわ!?」
「イダ様! 向こうがやる気がないのに挑発するのは……!?」
しかし魔獣はそれでも気のない風で……。
『敵討ちか。それこそ無意味。セルニーヤは百年ほど前に既に死んだ男。今までここに残っていたのは未練だけ。お前たちはそれを解放したのだ。むしろ感謝してもいいかもの』
「魔獣たるお前が、あの男には随分気に入っていたようだな」
イダ、重ねて問いかける。
「融合が成功したのも、力強いお前の方から進んで合せてやったからだ。失敗確実で、禁呪にまで指定された魔獣融合の法にこんな抜け道があったとは……」
『出会いがしらが強烈な男だったのでね。お前の言う通り、大抵魔族どもは私たち魔獣を恐ろしい災害か、自分を強化するための触媒か、体よく利用するための道具としか思ってない』
そんな過去の四天王たちの数え切れない押しかけに、魔獣ですらうんざりしかけていた時だった。
さらに新たな四天王が彼女の前に現れて、いきなり頭を地面に叩きつけた。
『私を助けてクレ!』
と土下座して頼んだ。
『私に力を貸してクレ! お前の大きな力が必要なノダ!』
……と。
『それに毒気を抜かれてね。魔獣にお願いしてくる魔族など、結局アイツが最初で最後だったよ』
「それでお前は、ヤツを助けてやったのか?」
『礼を尽くして頼み込まれたら聞き入れてやるしかないだろう?』
竜の表情から懐かし気な感情が伝わってくる。
相手が人間でなくとも変わらないことだった。
『経緯はどうあれ、魔獣と融合した者をあやつは必ず地獄に落とす。そういう決まりらしい。セルニーヤが落とされてから虚しくなってね。わらわはあやつと関わるのをやめた。あやつのくだらぬ遊戯に巻き込まれ、戦うのが嫌になった』
「しかし今回の戦いには参戦した」
『他でもないセルニーヤの頼みだからだ。わらわはアイツにはとことん弱いらしい』
そのセルニーヤはみずからの不運に翻弄された挙句に犯した間違いで、地獄に落ち、百年という長い年月焼き焦がされた。
機会を得て地獄を脱出し、再び風魔獣の前に戻ってきて、彼女と同一となり、そのままの状態で果てた。
彼の旅は、長い長い寄り道を経てようやく終点へたどり着いたのだ。
セルニーヤの終点は、風魔獣ウィンドラの中だった。
『セルニーヤは満足ある最期を迎えたよ。お前のおかげでな』
「え?」
風魔獣の視線がレーディを見た。
『人の生の可否は、託せる者を得たかどうかで決まるようだ。セルニーヤは自分の築き上げたもの、知りえたもの、それを誰にも託せないまま終わるはずだった。敗者の終わり方だ』
しかしセルニーヤは、最後の最後で託せる者を得た。
『お前の言葉はセルニーヤに響いたようだ。あやつを倒し、今よりよい世界を作る。そこにセルニーヤの目指した夢があったのなら。ヤツが死んだあとも夢は潰えず進んでいく』
それこそが本当の不老不死。
裏切られ、絶望する以前のセルニーヤが抱いていた夢がレーディに託され続いていく。
『お前のような者こそ本当の勇者なのかもしれない。ただ敵を殺すのではなく、その心底に触れ、満足させながら終わらせることができる……』
「アナタはこれからどうするんです?」
レーディは思わず尋ねてしまった。
セルニーヤを失い、連れ合いに先立たれたような風竜に向かって。
『どうもしない。これまでと同じでいるだけさ。この森に住まい、静かに暮らしていく。時折未熟者どもとじゃれ合って、しかしもうあらゆる戦いとは縁と切る。風魔獣などではなく「ヤマオロシノカミ」としてすごすさ』
セルニーヤが真に旅立った今、彼女が戦う理由はすべて失われてしまった。
『セルニーヤは、そこまでこの森を壊さずに置いていてくれた。わらわと融合した力なら、森を丸ごと吹き飛ばすことだってできただろうに。わらわのことを気遣ってくれたんだろうねえ』
自分が消滅したあとも、相棒がこの森で健やかに過ごすために。
『……さあ、もうおいき。ここにはもうお前たちがいるべき理由はない。次の用事がもう待っているのだろう?』
「たしかにそうだ、これで取り巻きたちは全員排除した。残るは正真正銘ドリスメギアンただ一人」
イダがいきり立つ。
「エステリカを先行させておいたから既に居場所特定している可能性が大きい。我らをここへ誘い出し、取り巻きに足止めさせて、何かを企んでいるのはたしかだ。気を引き締めてかからねば……」
『…………』
この時、風魔獣ウィンドラがまだ彼らに告げていないことがあった。
告げる義理もないのだが。
最後の瞬間までセルニーヤと融合していたウィンドラは、彼の心情を共有し、引き継いだ。
最期に彼が何を思っていたかはっきりとわかる。
セルニーヤがレーディの公言に共感し、救われたのはたしか。
彼の想いは彼女の夢に託されていくだろう。
しかしもう一方でもう一つ、セルニーヤが託していったものがある。
それこそ本命で、彼はそのために命を賭して戦った。
セルニーヤは最後にこう思った。
レーディとゼビアンテスの複合必殺技を受けて……。
――『やはり主様の言う通り、魔法とオーラを複合すると凄まじ効能が得らレル。こんな小娘たちですら竜人化した私を絶命せしめたのダカラ』
――『最期に実証を得られたのは僥倖ダ。主様がこの力を手に入れれば、魔力とオーラの極限複合を果たしさえすレバ……』
――『魔王を必ず倒せるダロウ』
……それがセルニーヤの最期の思考だった。
消滅の際まで、心酔したドリスメギアンのへの忠義を忘れられなかったのである。
『……最後にお前たちの奮闘に免じて教えてやろう。……セルニーヤの共犯者、ドリスメギアンといったか』
「なんです?」
貴重な情報にレーディが駆け寄る。
『ヤツが別の場所で何をしているか、セルニーヤとの融合時に記憶が流れ込んできた。それでわかったが、時間経過を照らし合わせるにドリスメギアンとやらは既に目的を達成しているだろう』
「目的? 一体なんだ?」
重ねて問い、返ってきた答えは想像以上に恐ろしいものだった。
『我が同胞、炎魔獣サラマンドラ。ドリスメギアンはどうやらアイツを手に入れたぞ』